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その奇譚(きたん)、叶えるのは難あり  作者: あみの よもやま
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もろびとこぞりて 五

 疲れていたのだろうか、俺はベッドの上で眠っていた目を開けると、ぼんやり天井の明かりを(なが)めていた。

 手には物を持つような感覚がある、見ると目覚まし時計が握られていた。その秒針が、こつこつと(あり)の心臓のようにちいさく指先を打つのである。

 これは、たしか電池が切れて止まっていたもののはず―――そう思ったとたん、怒涛の如く記憶の波が押し寄せてくる。俺は、その目覚ましをしっかと自分の胸に抱きかかえた。


 あのうす暗い不気味な回廊――

 怨嗟(えんさ)慟哭(どうこく)のおぞましい響き――

 そして衣擦れの音も(たえ)なるに、哀れに寄り添って、涙をとどめがたく想う人―――俺はそれら一連の事柄すべてを思い出した。


「夢…、じゃねえよなあ」


 どうしたらよいのか、俺はおおきく息を吐いた。

 あれが現実ではなく、俺の独りよがりの夢まぼろしであったなら、どれほど気楽であったことか、そうしたことを期待して、客観的な裏付けを求めるも、やっぱりあの伏見宮(ふしみのみや)のお人形さまを本棚に見つけてしまうのである。

「あー、くそ、ありやがる」

 その物証たったひとつだけでも、ミカンコ幼女の云為(うんい)すべてが現実のものであったと認めざるを得なかった。


 耳を澄ますと、下からは酔っぱらった父さんたちの話声がする。

 俺が妙な世界に引き込まれている間に、もう餞別(せんべつ)会らしきものは始められていたらしく、本日御呼ばれされたお客さんたちは、会社であった様々な苦労話を打ち明けては、皆で可笑しがっていた。

 俺もさっさと成人して、ストゼロで今しがたの面倒事などぶわーっと忘れ去りたいものである。


 ただじっとしていても、ここに本来の希人たる叔父が現れるわけでもなく、俺はそこの人形を手に取って、しげしげとながめ見た。白い顔、紅い着物――、着物はおそらく和紙であろう、ひっくり返してもパンツどころか脚すらない。代わりに裏地は細かな文字でびっしりと埋め尽くされていた。


「ふん、良くできてはいるが、(ケツ)がねーのはいただけねぇな」


 このように不敬なことを堂々と言ってのけるのは、あのときにはあったはずの近寄りがたい雰囲気がまったく感じられなかったから。あくまで俺の主観であるが、そのくらいなら今の俺でもたやすく分かる。

 陰陽道(おんみょうどう)などでは、よくわからん霊的存在を術式で呼び出して用いるものを式神というらしいが、さしずめこれは式紙といったところか。自立性はなく、傀儡(くぐつ)ともまた違うようだ。


 そこへ扉が―――たいした装飾のない扉が、こつこつ鳴った。

「お兄ちゃん、起きてる?」

 部屋に陽葵(ひまり)の声が響いた。以前のように問答無用で開けてこなくなったのは、お姉ちゃんらしい(つつ)ましさも得たからなのか、おかげで俺も人形を背中に隠すことができていた。その慌てた様子ならびに動作はしっかり見られていたわけであるが。


「なに隠したの?」

「いやなんも」

「ひょっとして、エッチなの?」

 陽葵ちゃんは頬をちょっと赤くして一歩退く。

「エッチじゃありません!」


 俺はびっくりしてこう答えた。そして、背中に隠したばかりの人形をただちに陽葵の前へ突き出すのである。このわずかな間にどれだけの抗弁が俺の脳みそを通過していったのか知れないが、ただ俺はどうしてもこの人形を妹に見せねばならない気持ちにさせられていた。


「つか、なんでいきなりエッチに飛躍すんだよ」

「こう言うとお兄ちゃん、釈明するために必ずホントのこと言うからって…」

「その入れ知恵、またあいつだな」

 世間では言葉の外科医などと申す(やから)もおりますが、あの(みどり)ちゃんがまさにそれ。

「きれいなお人形だね」

 陽葵はのんきに丸い目を向けている。

 その妹のうしろで、俺は小気味よく肩を震わせ笑っている翠ちゃんの幻覚でも見るような気分だった。


「これは、うちのクラスの美人のお姉さん関連のモンだよ」

「へえ」

 俺はもう面倒になって、ちょうだいをしている妹の手にぽとんと人形を落としてやった。

 そのとき、ふと人形の白い顔が目についた。それであの伏見宮(ふしみのみや)嬢のご容姿を思い出すのである。なぜこちらのミカンコ嬢と瓜二つであったのか、それがむしょうに気になった。


「これ、売り物なの? どこで売ってるのかなあ」

 陽葵は興味深そうに精巧な紙人形を見回していた。まるで六つや七つの子供に戻ったような真剣さである。

「んで、陽葵ちゃん、いったい何の用だったんだ?」

 そうあらためて俺が聞くと、妹は今気づいたような笑顔をした。

「あ、そうそう。お母さんが、余ったおつまみをあげるから、降りてらっしゃいって」

「それを先に言えって」

「だって、お兄ちゃん、寝ているみたいだったから…」

 普段、とても食えないようなキャビアや生ハムやらを、母さんが見栄を張って奮発しているのを見ていただけに、俺は扉を開けて急いで降りていった。

 降りながら後ろを振り返って「人形はそこに置いとけよ」と、おいてきぼりをくって慌てる陽葵ちゃんに、一応のご注意をするのである。



 さて、翌日はこれまた朝早くに学校へと出向いた。

 荒川ちゃんのいた机の上にいつも挿してある一輪の清花、その花瓶の水を、誰もいない朝のうちにこっそり取り替えるのが、このところの俺の日課となっていた。

 少なくとも彼女のいた席に花の置いてある間だけは、そのくらいのことはしてみよう、そう決めてからなるべく心がけている俺さまのルーチンである。それが済むと、俺は片手に紙袋をさげて教室を出た。

 朝練のためにやってきた運動部の女子らが、俺のわきを通り過ぎながら、何か世間話をしている。

 それで日常とは無情なものだと、俺はつくづく思い知らされることになるわけである。

 なんたって友人の死を悲しみ(とむら)いすっかり気の済んだその後は、もう普段となんら変わりなく色恋の話すら聞かれるほどだから。


 旧校舎の部室へと(おもむ)いた。

 俺も悄然(しょうぜん)としてばかりいられないので、自分のすることを見出して扉を開ける。

 部屋に入ると、もうお嬢様が来ていた。

「よう、早ぇな」

 ところが、俺が声をかけても冷淡に奥の部長席でかしこまったまま―――身じろぎもせずに目を(つむ)って、息すらしていないのである。もしミカンコ嬢そっくりの傀儡(くぐつ)の存在を知らなかったら、きっと密室殺人事件だと思って、探偵でも呼びつけていたのかもしれないな。


 幸いなことに、これを説明してくれる男がすぐに現れた。

 等身大のミカンコ人形の前で俺が手をひらひらさせているのを見つけて、笑っている。

「ミカンコさんは、今日一日、その傀儡でリモート出席するらしいぞ」

「へえ、良いご身分だな」

 そうすりゃ朝も慌てず今もベッドの中で寝ていられるわけで、あの先生じゃないけど、この俺にもひとつイケメンの筐体を譲ってはいただけないだろうか。

「彼女が来ないということは、それだけ大変ってことなんだよ」

 慶将があきれ顔でいる。

「ああ、分かってるよ」


 すでに首都圏では、月詠(つくよみ)の輩が呼び寄せた(イヌ)たちの様々な怪異が頻発していた。この俺も、色々なことが手に負えなくなるまえにできるだけのことはしておきたかった。我が宿命はどこまで続くのか、もう考えるだけで憂鬱(ゆううつ)な気分になってくる。


 そんな俺の述懐(じゅっかい)など素知らぬ顔で、慶将(ちかまさ)悠揚(ゆうよう)と部屋に入ってくると、青い目の(まぶた)を緩く伏せて、椅子に座っているミカンコ人形を感心そうに眺めていた。

「この彼女も、たったひとりでよくもまあ…」

「ひとりって、お付きの人とかも家にはたくさんいンだろ」

「そういう意味のひとり、ではなくてね」

 慶将は苦笑いを浮かべて、PCの起動スイッチを押す。そして前屈みになった姿勢から、前髪を掻き上げつつ、俺を見た。


「それで、キミが公調から預かったあの写真のことだけど」

「お、なんか分かったのか?」

「先生のチームもその関連性を解きたいと考えて、いろいろ内偵を進めているそうだ。ところが、写真の人物たちは互いに面識がほとんどないというから、月詠(つくよみ)の実行役である黄泉(よみ)のグループがなにをするにしても、彼らひとりひとりが精妙な役割を担っているとは考えがたい。だから最初は、その知恵を拝借するだけの役割でしかないのではないか、そう考えていたようだけど…」


 PCの画面の中をカーソルが素早く動いて、慶将はホームページのひとつからとある人物の写真を探し出してくる。

「先生が注目したのは、資料の一覧に含まれる行政法学者のひとりの女性だ。彼女は自分の研究成果を誇示したり、ことさら宣伝するようなことなど一切しない人物で、ただ堅実に、控えめな論文を投稿していたに過ぎない人だった。またそれらは、日本法学会が発刊していた専門誌などにもいくつか掲載されている」

 そして、「ほら、これだよ」と慶将が提示してきたPDFファイルは、もう堅苦しい専門用語だらけで、俺はついと目を背けた。

「朝から疲れるモン見せんな」

「おや失敬(しっけい)

 慶将は、小さく肩を(すく)めてみせた。


「彼女自身は謙虚だったけれど、その批判者たちはまったく容赦をしなかった。なにせその研究が、今賑わせている憲法問題にも深く関わってくることだったからね。憲法を聖書のように崇拝している人たちにしてみれば、憲法は神聖にして侵すべからずもので、そうした批判は、彼女が求めていた学術の清澄(せいちょう)さとはかけ離れていた。僕は異なる意見のモザイク性こそが学術の面白味だと思うのだけど、実際、この国の学術とはそんなものらしい。それ以降、残念なことに彼女は筆を置いてしまったそうなんだ」

「へえ」

 俺の反応をじっと見ていた慶将が、また新たなホームページを開く。

「この人物、誰だか覚えているかい?」

 そこに映しだされている画像、すぐ下に官房長官と(ぎょうぎょう)々しく銘打ってある。

「官房長官だろ?」

「今は、元、官房長官だよ」

 政治の世界とは移り変わりが激しいもので、気づいたらもうその副詞を(かんむ)るだけの人になっていた。

「そういや見たことあンな、この冴えないおじさんだかおじいさん」

「ほら、あのUS・AIDマンが最初に映像に撮られたときの人物」

「そうだそれ、こりゃまた、懐かしい」

 ある意味、この人のおかげで向日葵(ひまわり)ちゃんが誕生することにもなるのだし。


「そしてまた、前述の行政法学者を政界に引き抜いた人物でもある。公調から渡された資料には、この人の写真はなかったけれど、もっとも重要な人物であることにはちがいないだろう。彼は保守とリベラルのバランスを重視する左寄りの姿勢で、自身の思想を、党の綱領(こうりょう)にまねて『リベラルとはイデオロギーではなく姿勢である』と説明することが多かった人だから、なおさら奇妙なものでね。改憲を主張するその女性を、護憲派の雄たる政治家が引き抜いたのだから、そりゃあ当時は周囲の人たちもずいぶん驚いたそうだよ」

「ふうん」

 俺はつまらなさそうに相槌(あいづち)を打った。

 そんな俺を、慶将はなかば諦めを込めた目で見てくる。

「なんだか、あまり興味はなさそうだ」

「だってよ、選挙権すらない未成年にそんなこと申されてもさ。これがまた明日にでも消費税がなくなるっつー話だったら、そりゃ俺だって興味が湧くけどな」

「ずいぶんと刹那(せつな)的だね」

「ほとんどの生活者は、明後日(あさって)のことすら考えられねぇって、タクシーの運ちゃんもそう言ってんだろ」

 俺の返答を受けて、慶将もすこし憮然とする。

「たしかに、思想では食べていけないが…」


 俺はふと、視界の隅に澄んだ瞳を見つけた。ことりと置かれた水晶のような瞳が、今は光を返している。その瞳が、柔和に微笑んでいた。

「おふたりとも、朝からずいぶんと談論風発(だんろんふうはつ)なご様子でございますこと」

 そしてミカンコ嬢は「ごきげんよう」とひとつ挨拶をしてから、自分を挟んでPCの画面を覗き見ている俺たちに、少し退いてくれるよう申し出てくる。

 それで男ふたり、あわてて退いた。

 そこの慶将くんが、熱せられたフライパンに落とされた今朝のウインナーのように身を仰け反らせていたのは、じつに滑稽(こっけい)であったが。


「おまえ、いきなり来るンだな」

 なかば驚いた顔で、俺は中身の入ったお嬢様人形を見る。

「雑念を減らして、『今のここ』へ意識を深く集中させたらすぐですよ」

「へえ、家で座禅でもしてんのか?」

「ホホ…、このくらいでしたら、呼吸を掌握するだけでも――。呼吸は自律神経と深く関わっておりますので、心を落ち着かせるスイッチにもなりましょう?」


 ミカンコ嬢は奥の間仕切りの向こう側へ行くと、さっそく白磁の器を持ってきて、紅茶を注ぎ差し出してくる。

 微笑んで給仕をする彼女に、慶将は軽く会釈をすると、自分の席に大人しく着いてティーカップを取り上げた。

「ミカンコさん、先生の方からは、あれからなにか新しい情報でもありましたか?」

「いいえ、先生の話でしたら今しがた慶将くんの申したとおりですよ。そのうちにまた新しい情報でも頂けるのでしょう。それよりも、ハンチさんのことの方が喫緊(きっきん)ですわね。私も昨晩、(おおむ)ねのことは(うかが)っておりましたが――」

 伏見宮の幼女がやってきて、俺の遠い叔父さんが現れたことは、昨晩のうちにミカンコ嬢へお伝えしている。さっさと伝えておかないと後が恐ろしいからである。

「昨晩、なにかあったのかい?」

「ああ、ちょっとな」

 それであの奇妙な体験のことを、慶将にも()いつまんで説明してやった。その間、ミカンコは壁際のポールハンガーからスクールカーディガンを取ると、手ずから肩に羽織らせた。


「――ほう、それはすごいな。心の深奥の、概念の世界というものなのか?」

 朝からあまり喋っていると、どうも脳の酸素が不足がちになってくる。関心を寄せる慶将に、俺は欠伸(あくび)をかみこらえて返答した。

「ふぁ…、俺もよく分かんねぇんだけど、そうなのかな。たしか、神洞とか言ってたぞ。えらく怖い感じのするところだったけど」

「神域とは違うのかい?」

 イケメンは青い目を輝かせて、興味津々。

 それにはミカンコが代わって応じてくれたが。

「神域に追補(ついほ)して、効果的に相手の心理を覗く技法のひとつですよ。かつて自分の妻を探すために、黄泉国(よもつくに)へ向かったという昔話もございますが、ひょっとしたら、これを模した話かもしれませんね」

 そして眠たそうな俺にも、彼女は紅茶を淹れて勧めてきた。


「それで、ハンチさん…」

 ミカンコは俺を見て、そして視線をソファに置いてある紙袋の方へと移す。すぐさま察した俺は飲みかけていたカップを皿に戻すと、少し背を伸ばしてお嬢様の机の隅にそれを置いた。

「それは?」

 慶将がさっそく訊いてくる。

「昨晩の、伏見宮(ふしみのみや)の紙人形」

 俺がそう言ったとたん、慶将は身を乗りだした。

 ミカンコは無邪気なイケメン小僧をかるく睨めていたが、すこし目つきを和らげ仕方なさそうに言う。

「これは、昔の法師たちが使っていた電信機のようなものですよ」

 そして袋から取り出した紙人形は、その白い顔になにも描かれていなかったが、俺の脳裏にはお嬢様そっくりの顔が今も焼き付いていた。

 わざわざそれを問いかけて、なかば八つ当たりに近い小言を受け取ることになっても、それが今の俺の役目なのかもしれないな。

「実はその人形、奥へ進むごとに、まるで本物の人間みたくなってきてよ―――」

 そしてこの俺が、そろそろ話を近づけようとしたとき、部長席から見ていた勘の鋭いお嬢様が、さっと口を挟んできて、

「ハンチさん、私もあの人も同じ巫女(ミカンコ)ですから、なにをご覧になったのかは知りませんが、概念の世界ではそのような姿に見えてしまうことも、ままあるのですよ」

 と、釘を刺すように言うのである。

「えっと、それってどういう?」

「つまり、すべてはあなたの認識の問題ですわね、そうでしょう?」

 念を押すようにかるく睨めるお嬢様は、それだけで俺の知的好奇心をぎゅっと抑えつけてしまった。むこうの席では慶将がぽかんとした顔でいる。

「なんの話です?」

「なんでもございません。ハンチさんの、心情の世界の話ですわ」


 その取り澄ました態度、あのご容姿に触れられることをことさら避けている節がみられる。あれを内緒ごとと知ったからには、俺も口を(つぐ)まざるをえなかった。


「しかし、いくらなんでも、希人へじかに接触を図ろうとは…」

 眉を(しか)めて、慶将は言う。

「高を(くく)って無関心を決め込んでいたはずの伏見宮の法師たちも、今は盤上の駒をもとに戻そうと躍起(やっき)になっているのでしょう。なにせ自分たちでも手に負えなくなってしまいましたから」

 お嬢様はぬるくなったカップを唇に当て、素知らぬ顔でひとくち(すす)った。

(やぶ)をつついたら、なんと神話級の魔人ですからね」

 あの海洋魔人のことを、慶将はそんなふうに評して笑う。

「笑いごとではないですよ、慶将くん。その後片付けをやらされるのはこちらなんですから。しかし月詠の法師たちも、私へ(じか)に頼むのは、さすがに面目がたちませんか」

「民族的優越を自負する彼らの宗徒たちにそのことが知れ渡ったら、それはもう、黄泉(よみ)のチームがしでかした比ではないのでは? その、弊害(へいがい)というものが」

 そして、話しについて行けない俺を見つけて、慶将は笑いかけた。

「ほら、ハンチくん、多くの宗教では、その教義を神の言葉や不変の真理といったことにして信者を集めているだろう?」

「そうなの?」


 つまり宗教は、組織を(まと)める聖職者やら法主やらの判断が間違いだったとうっかり認めてしまうと、教義の絶対的な真理の導きが間違っていたという、そんな論理矛盾にも(おちい)ってしまうのである。

 だから彼らは間違っても決して謝ることなどせずに、その誤謬(ごびゅう)をいつも平気で(つくろ)い誤魔化して、忘却しようとするわけだ。


「とくに今回は、月詠(つくよみ)を纏める法師たちすべての賛意を得ての計画らしいから、組織としても苦しいところなのだろうね。宗徒たちも彼らの歴史が無謬性(むびゅうせい)に基づいていると信じるからこそ、その誤りを一度でも認めてしまうと、組織が立ち行かなくなると思うんだよ」


 そうしたものは、なにも宗教に関わらず、独裁制を敷く国家や未熟な自由主義社会、あるいは報道の世界などでもそうらしい。


「ですから、内々に処理しようとあの方も動いているのでしょう」

 とにかく、これでしばらくは月詠の邪魔も入らない、そうミカンコは嬉しがる。

 その尻ぬぐいのために奔走しなければならないのは、まことに迷惑なことでもあるのだが。


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