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魔法使いは唱えない  作者: 0
一章 門出
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十話 別れと未来(前)

本日は三話投稿があります。本話はその一話目です。


 カーカスとの死闘を越えたルピスは、アセビに背の上で揺られていた。


 サファイア家の屋敷を後にするルピスたちを止める者はいない。

 ルピスの魔法により目を焼かれていたアセビであったが、彼女の回復力は凄まじいもので、あれから時を待たずにその視力は回復していた。


《これからぼくたちどうなるの……?》

「さぁな? とりあえず町は出なくちゃならんだろうなぁ……。寂しいか?」

《ううん、アセビと一緒なら寂しくない》

「へへっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。ま。例え寂しくても連れて行くんだけどな」

《……じゃあ、なんで聞いたの?》

「なんとなくだよ、なんとくなく」


 ルピスを背負ったアセビが向かったのは、これまでに宿泊していた宿ではなかった。


 アセビが足を向けた先というのは――

《魔法、協会……?》

「あぁ、今日はよくがんばった。後は私に任せろ」


 ルピスを背負ったままアセビは器用にも扉を蹴破った。

 魔法協会の正面扉は、その向こう側に立っていた冒険者たちを巻き込み、激しい音を立てながら室内へと吹き飛んでいった。

 

 アセビが室内に足を踏み入れたとき、中にいた冒険者たちは固まっていた。


 中には素早く得物に手をかける者もいたが、

「おい――抜いたら、コロス」


 人を殺せそうな視線に射抜かれると、冷汗を流しながら手をかけていた得物から手を離した。


 室内の注目を一身に集め、静まり返った魔法協会をルピスを背負って歩くアセビ。


 やがて、カウンターに辿り着くと、

「ファトス家から出された護衛の依頼は失敗に終わった。ファトスとサファイアの婚約は破談で、このルピスがファトスの当主をぶちのめした」

 背負ったルピスを揺らすと、室内の注目がルピスに注がれる。

 

 

「これ以上、私たちに関わるな」


 

 部屋の奥から一人の男が出てきた。

 他の協会の職員と似た基調の服装だが、一目で立場のあるものだとわかる装飾品。


 アセビが、

「おっと、支部長のお出ましだ」

 ボソッとそう呟いた。


 ――あれが支部長。


 支部長と呼ばれた男は、典型的な文官といった容姿の持ち主であった。

 ふくよかな体型の持ち主で、肌は白く、その佇まいには戦士の気配は感じられない。

 魔法協会の冒険者たちを束ねるというのだから、どこか無意識的にすごい実力者を期待していたので少々肩透かしをくらった気分になった。

 

 支部長は、左右に二人の男を従えてアセビとの距離を詰めた。

 支部長はともかく、彼らは本物(・・)であった。それは経験の浅いルピスでも肌で感じることができた。

 

「また貴女ですか”理不尽の権化(ノールール)”……。魔法協会もずいぶんと舐められたものです――おい」


 彼らが噂の魔法協会御用達と言われる凄腕の処刑人(スイーパー)だろうか。

 たしかに彼らの周囲に浮かぶ光の輝きは他の冒険者たちと比べても格別の輝きを放っていた。


 ルピスを背負っているために、両手を塞がれている中、アセビはどうするつもりなのだろうか。

 彼女の実力を疑うわけではない。それでも、彼女の足かせにはなりたくなかった。


 そんなルピスの心情を察したのか。

「大丈夫だ――すべて私に任しておけ」

 余裕綽々の表情でそう囁いた。


 ふと上空に巨大な気配を感じた。


 おまけに何か唸り声のようなものまで聞こえてきた。

 そして、それは明らかにこの魔法協会に近づいていた。


 それに気がついたのはルピスだけではないようだ。


 魔法協会が騒めきだす。

 最初に処刑人、それから、冒険者の中でも腕利きと思われる者。最後に、その他大勢。


 気づいた者から順に天井を見上げる。その瞳に浮かぶのは緊張と不安。

 

「そうそう。一つ言い忘れていたけどな。この前の竜種の撃退の依頼。お前たちは撃退したとはしゃいでいるようだが、それは間違いだ――」

 

 タイミングよく、はっきり聞こえてきたそれは獣の咆哮。

 窓が、食器が、筆が小刻みに震えだす。


「――ほら、また遊びに来たようだぞ? どうする? 私とルピスなら穏便にことを治められるんだが、んん?」


 支部長は天井を仰ぎ見ると、

「ばかな……。このタイミング――? 狙ったのか? どうやって?」

 驚愕の表情でアセビに視線を移した。


 アセビは余裕の笑みを崩さない。


 ただルピスを背負ったまま肩をすくめると、

「考えるのも結構だが、時間はあまりないようだぞ? ――ほら?」


 轟音と共に、魔法協会の建物全体が揺れた。

 ナニカが天井に着地したようで、その衝撃で天井の一部が崩れ落ちる。


 室内から上がる怒号と悲鳴の数々。

 

 崩れ落ちた天井の影響でモクモクと煙が室内に立ち込める中、穴の開いた天井を見上げると、本来は空へと続く穴の奥に――金色の瞳が輝いていた。


 人の体ほどある金色の瞳、縦に鋭く割れた瞳孔がギョロギョロと何かを探すように動く。

 

 悲鳴を上げていた者も、本能か、口を抑えて声を抑え込んだ。目を付けられればお終いだと。

 空の覇者が、圧倒的強者がそこにはいた。


 支部長は天井を見上げ、その金色の瞳を見つめると、腰を抜かして倒れ込んだ。

 

 アセビは煽るように口を開く。

「楽しみだな。ほら、どうした処刑人(スイーパー)? 行かないのか?」


 処刑人たちは他の者たちと違い怯んだ様子はなかったが、それでもためらいがあった。実力者ゆえに彼我の実力差を理解したのだろうか。

 そもそも竜退治は、選りすぐりの実力者が装備と時機を見計らい、入念な準備を踏まえた上で挑み、やっと成功するどうかの土俵に立てる叙事詩(サーガ)


 彼らは雇い主である支部長に視線で判断を仰ぐ。

「お、お前たちをこんなところで無くしてなるものか! わ、わかった! 今回の件は多めにみよう! だから、なんとかしてくれッ!」


 すがりつく支部長の言葉を鼻で笑ったアセビは、

「今回の件は? おいおいやる気を削いでくれるなよ。私は流れ者。この町がどうなろうが知ったこっちゃないんだが?」

 ものすごい悪い顔を浮かべていた。


 鼻白む支部長は返す言葉に詰まる。損得勘定でもしているのだろうか。


 しかし、支部長に考える時間は与えられなかった。


 頭上で再び竜が吠えた。地響きを伴うような咆哮。

 室内では気を失う者も現れ始める。魔法協会の外からも悲鳴が飛び込んできた。

 

「わかった! わかった! 全面的に貴女の言い分を飲もう!」

「契約成立だ。よし。ルピスいくぞ」

《え? いくって?》


「眠たいこと言ってんなよ。竜のところだよ。ルピス、あいつはお前へ会いにきたんだ」

 言うが早いかルピスを背負ったまま、アセビは勢いよく宙へ跳んだ。


 二人の体は竜が開けた天井の穴に吸い込まれていく。


 視界に飛び込んできた太陽の光にルピスは目を細めた。

 曇天に覆われていた空も、今や本来の色を余すことなく晒していた。

 

 カラっとした熱さが肌を焼く。


 陽の光を影が覆った。

 影は次第に大きくなり、すっぽりと二人の影ごと呑み込む。


 影の次に、風を感じた。

 大きくなる影と共に強くなる風。

 

 目を覆いたくなるような風が二人の体をうった。


 影の正体は赤の鱗に覆われた竜。

 竜は屋根に降り立つと、それだけで魔法協会は揺れ、室内からは悲鳴が聞こえてきた。


 天井に立つのはアセビと背負われたルピス。そして、同じ場所に降り立った赤竜。


 目の前の竜にルピスは不思議な既視感を覚えていた。

 

 竜の輪郭と、そこから溢れ出る強い光の奔流。


 視線を竜からアセビに移すと、

《彼は、この前の?》


 どこがどうとは言えない。ただ、その姿にどこか見覚えがあった。

 竜と出会ったことは一度しかない。そこから導き出される簡単な推理。

 

 アセビがその頬を綻ばせると、 

「おっ、やっぱりルピスにはわかるんだな」

《なんとなくだけど……》


 竜はゆっくりとその大きな巨躯を折り曲げ、その長い首を伸ばしてルピスへと顔を近づける。

 相変わらずのド迫力。その金色の瞳だけでもルピスの背丈よりずっと大きい。

 ルピスを丸呑みにできるほどの大口、そこに並ぶ剣のような牙。吐く息は炎のように熱く、呼吸に合わせて口の切れ端からは漏れ出す火の粉。

 

 だが、やはりそれを怖いとは思わなかった。

 

 生暖かい鼻息がアセビの、ルピスの髪を後ろにたなびかせた。

 そこまでの距離になっても、目の前の竜からは敵意や悪意という者をまったく感じなかった。


《えっと、どうしたら……?》

「とりあえず撫でてやったらどうだ?」


 この頃になると、どうにか腕を持ち上げるくらいには体調も回復していた。

 それでも万全とは程遠い。鉛のように感じる腕をゆっくりと持ち上げると、ゆっくりと竜の鼻面へと差し出した。


 ぷるぷると震えるその手が竜の鼻面に触れたとき、ルピスの世界は光へと包まれた。

 

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