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魔法使いは唱えない  作者: 0
一章 門出
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九話 枷との決別(後)

本日二話目の投稿になります。


 妖精たちによる間接的な攻撃の通じないカーカス。

 ルピスは震える足を叱咤してカーカスに近接戦を挑む。


 四肢に、全身に妖精(ひかり)を宿して。


 妖精を宿すと同時に体は熱をもつ。

 燃えるような体の熱にうなされ、ルピスは駆けた。


「小癪な……」


 それを迎え撃つのは過去の枷(トラウマ)

 体内から漏れ出した魔力が、その赤みがかった金髪を浮き上がせるほどの熟練の魔法使い。


 カーカスは大きく息を吸ったかと思うと、

「<燃え盛る息吹(フレイムブレス)>」

 吐き出した息はルピスの丈を大きく越える炎となって襲い掛かる。


 勢いよく炎へと向かうことになったルピス。

 火傷はまぬがれないだろう。それでも――もう逃げない。


 腕で顔を覆うと、その足を止めずに迫り来る炎へと立ち向かう。

 

「<火竜の息吹(ドラゴンブレス)>」

 

 火傷を覚悟して歯を食いしばったルピスを追い越すように、熱線のような赤の閃光がそのそばを駆け抜けた。


 それはいつぞやの平野で見た灼熱の光線。

 あのときと違うのは、それがルピスに向けてではなく、ルピスを守るように放たれたということ。


 アセビの魔法はカーカスの魔法に突き刺さったかと思うと、そのすべてを吹き飛ばした。


「なぬッ……!?」

 

 目を見開くカーカスにアセビは、

「おいおい、子どもが勇気を出して拳を振るってるんだ。お前も大人なら付き合ってやれよ」

 茶化すように笑った。


《ありがとうアセビ!》


 後ろを振り返らずに、感謝を告げるとそのままカーカスへと肉薄する。

 

「近づけばどうにかなると思ったのか……ッ! このッ、愚か者がッ!」

 

 カーカスの体も光を帯びる。強化魔法を使ったようだ。

 素早く腰を落とし、構えを見せるカーカスは体術にも心得があるようだった。


 状況は圧倒的にカーカスに分があった。


 技術、経験、体格。そのどれをとってもカーカスには遠く及ばない。

 精霊を体内に取り込んだことにより、爆発的に力が増しているルピスだが地力が違った。

 

 振りかぶったカーカスの拳には光がひときわ集まっていた。一撃で決めるつもりのようだ。

 体術の心得もないルピスは、まともに喰らえばひとたまりもないだろう。


 迎え撃つようにルピスも拳を振り上げる。

 体格差から、上から拳を振り下ろすカーカスと、反対に下から拳を振り上げるルピス。


 歴史(カコ)を背負った大人(カーカス)と、未来(ミライ)を望む子ども(ルピス)

 愛を与えぬ者と、愛を渇望する者。その両者の右の拳が交差する。


 互いの拳が相手に届く距離。

 

 世界の流れが緩やかになったように感じる。

 目の前に迫るカーカスの拳。その奥の表情がよく見える。


 視線の先では、勝利を確信したのか、カーカスの口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。


 タイミングが重なれば、体格差でカーカスの拳が先にルピスへと届くのが自明の理。

 

 それがカーカスの描いた想像する未来なのだろう。

 だが、ルピスは違った。ルピスの想像する未来で笑うのはルピスだった。


 魔法とは創造であり、想像。ゆえにその形は人それぞれ。


 アセビは言った。

 『正解に辿り着く方法は一つじゃない』


 あのときはその意味がわからなかった。

 だが、いまルピスにはその意味がはっきりとわかった。


 ――これがぼくの、ぼくだけの魔法。

 

 想像するは、太陽。

 世界を、闇を、すべてを照らす開闢の光。


 ルピスは振り上げた拳を突如開いたかと思うと、

照明(ライト)ーーッ!!》

 

 

 世界が白に包まれた。

 

 

 ルピスの手を起点に世界が白以外の色を失う。

 地平線の彼方でもそれとわかるような圧倒的な光によって。

 

 至近距離でそれを受けたカーカスは両目を抑えて、

「目が、目がぁ、目がぁぁぁぁあっ!!」

 その体を仰け反らせた。

 

 強すぎる刺激は痛みさえ伴う。

 光は二人の間にあった技術、経験、体格の格差もそのすべてを塗りつぶした。


 両手で瞳を抑えるカーカスが苦悶の表情で顔を上げる。

 そこに先ほどまでの余裕も威厳もなかった。ただ、痛みに悶える男がいるだけ。


 ルピスは開いた右の拳を再度固めると、

《これで、終わりだぁぁあああああーー!!》

 思いの丈を込めて、渾身の力でカーカスの顎を打ちあげた。


「がっ……!?」


 拳に残る確かな痛みがその手ごたえを教えてくれた。


 打ち抜かれた姿勢で空を見上げる形で固まるカーカス。

 肩で息をしながら後退るルピスには、もう余力が残されていなかった。

 

 立っているだけでも精一杯。膝はもう既に笑っている。

 本能で分かった。いま腰を下ろしてしまったら当分は立ち上がれないことを。


 いまのルピスにできるすべてを出し切った。


 曇天の空の切れ目から光がルピスを照らし出した。


 光の中でルピスはよろよろと後退ると、視線の先でいまだに雲の影に覆われているカーカスを見据える。

 やれることはやったと。これでだめならどうしようもない。

 

 二人の間を一陣の風が吹いた。それは優しく頬を撫でるそよ風。

 

 カーカスは両目を抑え、天を仰いだ姿勢のまま、そよ風に押されるようにその場に崩れ落ちた。


 一拍、二拍、三拍。崩れ落ちたカーカスが立ち上がることはなかった。

 その体からは光が抜け落ちていくのが見えた。完全に気を失っているようだ。

 カーカスと共にルピスの枷は崩れ去った。過去はようやく過去となったのだ。


 ルピスは自身を捕えていたトラウマを、ほかでもない自分自身の力で打ち壊したのだ。

 

 ――やっ、た……? やった……やったやった……!


 ルピスはこみ上げてきた喜びに身をまかせ、その場で飛び上がろうとして――失敗した。

 

 その思いに反して、ルピスの体にはその余力は残されていなかった。

 糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。


 不思議な感覚だった。

 気力は漲り、喜びに体は踊り出しそうな心地。しかし、体はピクリとも、指一本たりとも動かない。


 視線だけを動かして自身の体を見下ろすと、体内に取り込んだ光が堰を切ったように抜け出していた。

 

 体から溢れ出る光を見送る瞳には涙がにじむ。

 ――みんな、本当にありがとう……!

 

 光の正体である妖精たちは、ルピスの勝利を祝うようにルピスのすぐそばを楽しそうに周回する。

 妖精たちの中には、体が動かないルピスを心配そうに寄り添うものもおり、それがなんだか妙に人間臭くて頬が緩む。


 それをしばらく楽しげに見ていたルピスだが、

《アセビ。ちょっと助けてくれない? ぼく、もう動けないや》

 いつまで経っても体が全く動かせないのでアセビに助けを求める。

 

 その念波に呼応してルピスの視界の隅で、ゆっくりと近づいてくる人影。

 その足取りはどこか少し覚束ない様子だった。


《アセビ……?》

 

 地面へ仰向けに倒れ込んだルピスを覗き込むように影が差す。

 その顔を覆う赤と黄のグラデーションカラーの奥にある、いつも勝ち気な整った顔立ちの様子がいつもとは違った。

 

 何かあったのかと心配そうに見上げるルピスだが、 

《あっ……》

 その顔を見るとすぐにその理由を悟った。

 

 腰に手をあてたアセビは、

「……おまえ。次からは事前に教えておいてくれるか?」

 眉根をひそめ、ギュッと目を閉じて立っていた。


 アセビもまたルピスの放った規格外の魔法により、その瞳を焼かれてしまっていた。

 

明日で完結します。

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