肝
14話の続きです。
昼過ぎに目を覚ました。
スマホにはユーからありがとうと白色のハートの絵文字が送られていた。
なんで白色のハートなのかよくわからなかったけど特段意味を追求するほど気になりはしなかった。
こちらこそありがとう
癒されたよ
ユーは前の私の言葉がよほど気に入ったのか
よかった
またお話ししたいです
らぶです
と返信が来た。
次にメッセージを送ったのは2日後だった。
らぶと言っている割には連絡をよこさないのだなと少し驚いたちょっぴり悲しくなった。
お酒飲むぞ
と送信した。
今日はお酒を飲むと決めた。
(と、言いつつも最近は毎日飲酒しているのだが。)
今日は家で缶ビールを飲むのではなく、気分を変えて家の近くにある大衆居酒屋に行くことにしたのだ。
月曜日だというのに店の中に入ると会社終わりに来ているであろう会社員がわんさかいた。
そこに数組大学生と思しきグループも座敷の席で盛り上がっている。
案内されると、私はそそくさとカウンターのひとり席へと腰を下ろした。
メニューを見てすぐに目星をつけて店員さんに生ビールとねぎまと肝を2本ずつ塩で頼んだ。
頼んだものが届くまで、スマホで縦動画をスクロールして流し見たり次の仕事の予定が入っているか確認しながら待った。
ものの数分で生ビールが運ばれてきて私の目の前に置おかれた。
ものすごくおいしそうに黄金色に光り輝いている。思わず唾をのむ。
餌を前にした犬のように我慢できず一口運ぶ。
「くう~」
人目に憚らず声が漏れる。やはり冷えたグラスに入った一口目は何にも代えがたいうまさがある。
また一口、一口と体の渇きを潤していくように喉に流し込んでいく。
すると左の席のほうから声が聞こえた。
「お嬢ちゃん、いい飲みっぷりだね!」
声のほうに目線を向けると小太りで生え際の後退した50にも60にも見える男性が微笑みながらこっちを見ていた。
一部始終を見られていたのかと思うと恥ずかしくていたたまれなかったが、軽く会釈を返した。
アルコールのせいか恥ずかしかったせいか妙に体が火照る。
「ほんとね、おいしそうに飲むわね」
先ほどの小太りなおじさんの背後から小奇麗な品の良さそうな女性も微笑みながら私を見つめていた。
おじさんの後ろに隠されていたのでいることに気づかなかった。
ありがとうございますとおずおずとしながら小声でつぶやいた。
焼き鳥が来る前に二杯目を頼んだ。
賑わっているおかげで大忙しらしく学生のバイト子たちが慌ただしくしている。
二杯目を頼んだ際に食べ物の提供が遅くなると言われた。
二杯目もぐびぐびと飲んでいると、やっぱり様になってるよ嬢ちゃん。
と小太りのおじさんが言う。
常に視線があるのが恥ずかしいが、アルコールが回ってきたせいか上機嫌になり
「おじ、、。お酒は飲まれないのですか?」
とその隣席のおじさんに絡み始めた。
(空いたコップにはアルコール飲料ではないことを意味する赤色のマドラーが何本もさしてあった。)
すると声高らかにはっはっはと笑い始めた。
ひとしきり笑い終えると、おじさんでいいよと笑いながら言ってくれた。
そしておじさんがお酒を飲まない理由を教えてくれた。
「実はな肝臓が悪くなってしまってね、飲みたいんだけどおじさんは我慢してるんだ」
がははとまた笑って教えてくれた。
はたから見たら病気などとは無縁なほど元気なのに。
具体的な病名を言及しないのは患っている自分を認めたくはないのか、はたまた私に想像させないようにするやさしさなのか。
すると背後にいる小奇麗な女性が口を開いた。
「うちの夫がごめんなさいね、迷惑でしょ?全然気にしなくていいからね?」
夫というワードを暫く理解するのに時間がかかった。
正直全く夫婦ということが感じられなかったからだ。少なくとも私が席に着いてからはおそらく一言も会話は交わしていなかったと思う。
ましてや風合いも異なり、方や白Tにベージュのハーフパンツ足元はビーサンに対しどこかのブランドものなのだろうかきれいなワンピースを纏い足元はパンプスを履いて全身黒でまとめられていて統一感があった。
「妻が、お酒が好きでね。よく外で飲むのさ。僕ももともとお酒は好きだしね。一口だけ妻のをもらってるんだ。医者が聞いたら一口でもダメと口うるさく言ってくるだろうけどね。」
苦笑しながらおじさんは続けた。
「けど僕はこういう空間が好きでね。学生のころから空間にお金を払っていると思っているんだ。」
なんかいいなと思った。私も見習っていきたいな。
「すごくいいですね、その考え方。」
「そんなことはないさ、ただ歳を重ねると段々と感謝できることが多くなってくるんだよ。」
「私もそうなれるんですかね?」
未来ばかり憂いている私たちに感謝の念など抱けるのだろうか。
「きっと大丈夫よ、一日を大切に生きなさい。」
ビスコースのように優しい声色で女性が言う。
この二人が一緒にいることに納得がいく気がした。
暫く素敵な夫婦と話しているとようやく注文していたねぎまと肝がテーブルの上に到着した。到着と同時に4杯目となる角ハイボールを頼んだ。
そろそろ生ビールは控えよう太ってしまうし、もうお腹がタプタプだった。
(この前痩せようと思ったのに。)
あくびをしながら肝を盛ってある塩の小山に当てていく。
油と塩が交わり居酒屋の明かりを吸収して茶色く照っている。
口に運ぶと塩味が一瞬にして広がっていく。
塩分を体が欲していたからよりおいしく感じる。
そのまま夫婦とお話ししながらアルコールの力もあって楽しい気分が続いていた。
そのおかげか、どこかで気まずさを覚えていたのか自分でもわからないが杯数がどんどんと増えていった。
気づけば数えられないけど恐らく10杯近く飲んでいるだろう。
いい気になりながらも段々と意識が保てなくなってきた。
(まずいな、そろそろお暇しないと)
と思いながらもなかなか切り出す踏ん切りとタイミングが見つからないまままた一杯注文していた。
隣の夫婦はもう飲まずにつまみにすら手を付けていないというのに。
次に意識が戻ってきたのは、なじみがある布団の上だった。
「あ~、頭が痛いし気持ち悪い」
完全に二日酔いだなと感じつつ上体を反らせることもままならない。
人間の帰省本能に感心しながら白い天井の模様をぼんやりとみる。
瞬きもせずに見続けているとじわりじわりと黒く視界が狭まってくる。
(昨日あの後どうしたんだろう、何も覚えてないな)
時間を確認しようとスマホを探すけどどこにやったか覚えていない。
仕方なくゆっくりとカタツムリにようにスローに床を這って昨日持って行ったメッシュのジャパニーズトートの方へと体を移動させる。
途中吐きそうになって動きを止めながらもリビングのドア付近に無造作におかれているバックにどうにかたどり着きガサゴソと中身を確認する。
スマホと財布とかの貴重品はしっかりと持ち帰っていて安心した。
スマホで時刻を見るともう14時近かった。
通知欄にはユーから「?!」と来ていた。
(全然気づかなかった)
通知のバイブレーションが嫌だから切っている。
気づきにくいのはあるが。
今は返信する気力は起きない。
財布の中身も確認しておくと銀行で下ろしておいたはずの偉人たちのコンポジットカードがなくなっていた。
気分が良くなったせいで隣の夫婦の分も払ってしまったのだろうなと大体の察しすぐについた。
私は酔いすぎると奢り癖がある上に元来だれが払うとか計算とかしている時間が嫌いなのが拍車をかけている。
目上の人なら払ってくれよとも少なくとも年下から奢られるのを断ってくれていたらなとも思った。
自分の酒癖の悪さを後悔しながらもしばらくお酒は飲みたくないなと考えていると
急に吐き気が戻ってきて、やばいと思い舌で塞き止めながら小走りでお手洗いへと駆け込む。
最悪な気分になりながらお手洗いで30分くらい苦闘していた。
段々とましになってきたのでお手洗いをよろめきながら出てキッチンにある冷蔵庫から2Lの水をがぶがぶと喉を鳴らしながら飲んでいった。
あっという間に2Lを飲み干し少しずつ体調も回復してきた。
16時くらいまでボーっとして特に何もしないままお手洗いとリビングの行き来をしていた。
そのくらいかにユーから新しくメッセージが来ていた。
「次はかならず」
良く意図が理解できなかったが、へろへろになっちゃったと返信した。
そんなに飲んだの?と聞かれた。
私はボイスメモを送信した。




