第六話 仏頂面の本音
「え? 出会ってない?」
「はい。私が初めて旦那様にお目にかかったのは結婚式の日でした」
「……え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔のお義母様。あれ? 私は何か変なことを言ったのだろうか? と思ったのも束の間。お義母様の顔はすぐに晴れやかに戻った。
「そう! じゃあキリアンの一目惚れなのね!」
どうしてそうなるんでしょうか! 思わずそう言いたくなるのをぐっと堪えた。
「ねえ、ルイ! やっぱり血は争えないのよ!」
「うんうん、そうだね。まるで若い頃の僕たちを見ているようだ」
テーブルの上に乗せられたお義母様の手を、お義父様が上から包むように握りしめる。二人は見つめ合いながら、ふふふ、と笑い合った。
「あ、あのお義母様? 一目惚れというのはない気がしますが……」
「あら、どうして? あの子、政務でアトランシア王国に何度か行ったことがあるのよ?」
「でも旦那様とお会いするような機会がありません」
「一目惚れなら、あの子がどこかであなたを見かけたという可能性があるじゃない!」
「なるほど一目惚れだったかあ。それならキリアンが結婚を申し込んだ理由も分かるなあ」
「えええ……」
お義父様とお義母様は、すっかりキリアン様一目惚れ説を確信されたようだ。私はそんなふうには思えないが、盛り上がっている二人にこれ以上水を差すようなこともできない。
「おっと。噂をすればキリアンがこちらを見ているぞ」
「え?」
お義父様が城の方を見上げて笑っていた。その視線を追えば、二階の窓にキリアン様の姿が。ガラス越しでも分かるほどの鋭い目で、こちらを見下ろしていた。
「もしかして、執務のお邪魔になったんでしょうか?」
父ではないけれど、普通の令嬢なら怯えてしまいそうな険しさだ。もしかしたら、私たちの話し声がうるさかったのかもしれないと反省する。
「いやいや。気にしなくていいよ、クリスティーヌ。あれは、うらやましがっている顔だ」
「そうね。あなたと仲よくしている私たちがうらやましいのよ」
もう一度キリアン様を見上げる。あれが? うらやましがっている顔? どう見ても、賑やかな話し声を不快に思っているようにしか見えない。
「そうだわ、クリスティーヌ。あの子にも、お茶を持っていってくれないかしら?」
そういえばまだ、昼間のキリアン様とはちゃんと話したことがない。彼を知る良いきっかけになるかもしれない。
「もちろんです。――アンヌ、旦那様の分を準備してくれる?」
「かしこまりました」
「あの子のびっくりする顔が目に浮かぶなあ。直接見たいくらいだよ」
「ちょっと、ルイ。あんまりキリアンをからかっちゃだめよ」
お義父様もお義母様も、キリアン様のことが大好きなのね。幸せそうな二人の姿を見て、フェンリエ公国に嫁いできてよかったと思った。
お茶会を一足先に退席して、準備を整えたアンヌと一緒にキリアン様の執務室を目指す。
「旦那様のお邪魔にならないといいけれど」
「クリスティーヌ様を邪魔に思うような方は、旦那様に相応しくありません」
「もう、アンヌったら。旦那様はお忙しい方なのよ。公国を背負っていらっしゃるんだから」
相変わらずキリアン様に厳しいアンヌを横目に、執務室へと到着する。扉をノックすれば、低く無感動な返事が返ってきた。
「失礼します」
扉を開ければ、こちらを見て目を見開いたキリアン様がいた。
「なっ、き、君は……っ」
ガタン! キリアン様が慌てて立ち上がった勢いで、インク壺が倒れた。じわりじわりと、インクが机の上に広がっていく。
「インクが!」
「近寄るな!」
キリアン様の鋭い声に思わず体を震わせてしまう。そんな私の姿を見て、キリアン様の眉間のしわが一層深くなった。
「す、すまない。インクが君についてしまうと思って……」
「……アンヌ、片付けをお願い」
「かしこまりました」
「旦那様もどうぞこちらに。インクがついてしまいますわ」
「あ、ああ……」
正直、キリアン様の声には驚いた。しかし私のことを気遣ってのことだと分かると怖くはない。
「まさか……君が来るとは思っていなくて……」
「驚かせてしまい申し訳ございません」
「いいや! 君は悪くない!」
そうは言うが、キリアン様の表情は険しいままだ。表情と言葉が一致していない。けれど、お義父様とお義母様から話を聞いた今なら分かる。
「キリアン様。よろしければお茶はいかがですか?」
「……ああ、いただこう」
きゅっと引き締められた唇も、本当は喜んでくださっているはずだ。……たぶん。
アンヌが零れたインクを片付けてくれている間に、私は部屋の中央にあるテーブルにお茶をセットする。
「わ、私がやろう!」
「いいえ。旦那様のために私がしたいのです」
「……う、うむ」
キリアン様は所在なげに私の動きを見つめていたが、やがて自分を落ち着かせるようにソファーに座った。
「クリスティーヌ様。インクの拭き取りが終わりました。手が汚れてしまったので、少し席を外させていただきます」
「ええ、ありがとうアンヌ」
アンヌが執務室を出ていき、二人きりになる。そわそわと、キリアン様が私の様子を伺っているのが分かった。
「……き、君も一緒にどうだ?」
「よろしいんですか?」
「……一人で飲んでも退屈だ」
「ではご一緒させていただきますわ」
キリアン様と反対のソファーに座る。お茶を淹れたティーカップを差し出すと、キリアン様は無言でお茶をすすった。
「熱っ」
「大丈夫ですか!?」
「っ、大丈夫だ」
どうやらキリアン様は猫舌らしい。ティースプーンで何度かかき混ぜてお茶を冷ましたあと、慎重に口に運んだ。
「旦那様はぬるめのお茶がお好みなのですね。覚えておきます」
「う、うむ。情けないところを見せてすまない」
ぎゅっとキリアン様の眉が吊り上がる。眉間を押して、ほぐしてあげたいくらいだ。
「情けなくなどありません。どんな些細なことでも、旦那様のことを知れてうれしいです」
「そ、そうか……」
「そうだ、旦那様。今夜は一緒に寝ますか?」
「――ぶっ」




