第十六話 密猟の裏側
「う……、ここは……」
目を覚まして一番に飛び込んできたのは、埃っぽい床の上だった。辺りには錆びた鉄罠や色あせた太い縄が置かれている。
「っ、キリアン様は!?」
慌てて横たわっていた体を起こそうとする。殴られたお腹と、縛られた手足が痛んだ。
「キリアン様……!」
なんとか体を起こして見渡せば、少し離れたところに横たわるキリアン様の姿があった。お尻を引きずりながらキリアン様に近づく。首元を鎖でつながれ、口輪がつけられていた。
「大丈夫ですか、キリアン様……っ」
背中を向けて、後ろ手に縛られた手でキリアン様のお腹のあたりに触れる。ゆるやかに上下していた。大丈夫だ。キリアン様は生きている。
「キリアン様、ごめんなさい。私が油断しなければ……」
私のせいでキリアン様を危険に巻き込んでしまった。目頭がじわっと熱くなるが、唇をかみしめる。キリアン様の温もりを確かめるように柔らかな体を撫で続けた。
「――ん、クリス、ティーヌ……?」
「キリアン様!」
金色の瞳がゆっくりと開く。体を起こそうとしたキリアン様は痛みにあえいだ。
「ここは……猟師小屋か? 随分と使われていないようだが」
そしてなんとか体を起こしたキリアン様は、縄で縛られている私を見て愕然としたように目を見開いた。
「クリスティーヌ! なんてことだ! 私が君を守れなかったから……!」
「いいえ、私が油断していたのです。キリアン様のせいではありませんわ」
「すまない、クリスティーヌ……。痛むだろう?」
縛られた手首を労わるように、キリアン様が顔を寄せてくれる。しかし口輪に邪魔をされて、触れることは叶わなかった。
「キリアン様に比べれば少しも痛くありませんわ。――それよりキリアン様。まずは脱出することを考えましょう。手首の縄を解くことはできますか?」
「……やってみよう」
キリアン様の前足が手首に触れる。縄の結び目を遠慮気味に引っ掻かれた。
「キリアン様、それではいつまでも解けませんわ」
「し、しかし……。爪でクリスティーヌを傷つけてしまうかもしれない」
「そんなこと、捕まっていることに比べれば些細なことですわ」
キリアン様の戸惑う様子が背中から伝わる。それでも意を決したのか、次の瞬間には強い力で縄が引っ張られた。
「……っ」
「すまない……っ」
「平気ですわ」
手首に鋭い痛みが走る。縄が少し緩んだのが分かった。
「その調子ですわ、キリアン様」
キリアン様が前足を駆使して、なんとか縄を解いてくれた。そのまま足の縄も解いて自由になった手足でキリアン様をぎゅっと抱きしめた。
「キリアン様! ご無事でよかった……!」
「クリスティーヌも。離ればなれにならずに済んでよかった……」
そっとキリアン様の口元に触れて、口輪を外す。首に巻かれた鎖も外そうとしたが、頑丈な鎖はとても素手で外せるような代物ではなかった。
「時間さえ稼げれば、ライアンたちが森狼の嗅覚を使って私の匂いを辿ってくるはずだ」
「それまで時間を稼げれば良いのですね」
そのとき乱暴な足音が聞こえてきて小屋の扉が開かれた。――私たちを連れ去った男二人だ。私はキリアン様を守るように、ぎゅっと抱きしめた。
「あ? 女の縄が外れてるじゃねぇか。しっかり結んだのかよ、お前」
「おっかしいなぁ。たしかに結んだはずなんだが」
男二人が近づいてくる。その後ろに、もう一人、黒い軍服を着た男が立っていることに気づいた。
「……珍しい森狼とはそれのことか?」
「は、はい! 白い森狼なんて見たことねえでしょう?」
「白というより、銀毛に見えるが……ふむ」
軍服の男の鋭い視線がキリアン様に向けられる。その瞬間、キリアン様がカッと目を開いた。
「その軍服! グルドガルド帝国の者か!」
「……喋った? なるほど、これは確かに珍しい森狼だ」
ニィと軍服の男が笑う。その笑みを見た瞬間、背筋に悪寒が走った。
「おい。あの森狼をこちらへ」
「はい!」
男一人の手がこちらへ伸びてくる。私は抱きしめたキリアン様を隠すように、男たちに背中を向けた。
「連れていかせません!」
「その森狼を寄越せ!」
「きゃあ!」
「クリスティーヌ!」
強い力で乱暴に体を押され、バランスを崩して床に倒れてしまう。それでも両腕の中のキリアン様は離さなかった。
「さっさと渡せ!」
「嫌です!」
男が再び手を伸ばしてくる。私はその手を跳ねのける。男の手が鎖に当たり、ガチャンと鈍い音を立てた。
――キリアン様を連れては行かせない! 私が守らなくちゃ!
キリアン様を抱きかかえたまま立ち上がり、男をキッとにらみつける。男は苛立ったように眉を吊り上げ、大きく舌打ちをした。
「しかたねぇな。女の方から連れていくか」
「クリスティーヌに触れるな!」
キリアン様が今まで見たことのない形相で大きく牙をむく。
「おい、お前も手伝え」
「はいはい」
男たちは二人がかりでじりじりと迫ってきた。背中が壁に当たる。もう逃げ場はない。
「ほらよっと!」
男の一人がキリアン様をつないでいる鎖を勢いよく引っ張った。その勢いで、私の腕の中からキリアン様が抜け落ちる。
「キリアンさ――きゃっ」
「お前はこっちだ」
もう一人の男に、キリアン様に伸ばした手とは反対の腕を引っ張られる。私のところに戻ろうと足掻くキリアン様。
――必死な金色と、目が合った。




