第十五話 森の襲撃者
「警笛だ! 森の方から聞こえたぞ!」
「密猟者かしら!? 公妃様、今すぐ屋敷にお戻りください!」
警笛が何かの危機を伝えている。ライアン卿とローラ卿は、素早く私の身の周りを固めた。二人は早く現場に駆け付けたいであろう気持ちを抑え、私を警護してくれている。私はキリアン様が入った編み籠をぎゅっと胸元で抱きしめた。
「キリアン様、屋敷へ戻ります」
「ああ、そうしよう。気をつけて戻るんだ」
丘を降りて町中に出る。警笛を聞きつけたらしい町民たちは、何事かと辺りを見渡していた。
屋敷に向かって小走りで向かう。私の前にはライアン卿が、後ろにはローラ卿が守ってくれていた。
ピイィィィ――!
再び鳴り響く警笛。かなりの緊急事態かもしれない。目の前には屋敷の明かりが見えている。屋敷の前では、誰かがランタンを持っているのか、明かりが揺れていた。ここからなら、きっと一人でも大丈夫だ。
「ライアン卿とローラ卿は森へ! 私はこのままキリアン様と屋敷に戻ります!」
「だめです! お一人では行かせられません!」
即座にローラ卿から拒否の言葉が返ってくる。けれどこうしている間にも森では二人の助けを必要としているかもしれない。
「屋敷はもう目の前です! このまま走って帰ります! それに私にはキリアン様がいらっしゃいますもの!」
「クリスティーヌ、だめだ! 危ない!」
ピイィィィ――! キリアン様の声に重なって、また警笛が鳴り響いた。
「っ、本気で走ります!」
「あ! 公妃様!」
「屋敷の前に誰かがいます! だから大丈夫! ――何かあったら助けてくださいね、キリアン様」
「……ああっ」
抱きかかえている編み籠が激しく揺れる。キリアン様には揺れがひどくて気持ち悪いはずだ。
「ライアン! 公妃様が!」
「また警笛が鳴った……! ここは公妃様のお言葉に甘えよう! 行くぞ、ローラ!」
二人が走り去る音が聞こえる。良かった。二人が行けば、きっと森は大丈夫だろう。普段からほとんど走ることがないせいで、息切れが激しくなってきた。
「大丈夫か、クリスティーヌ!?」
「だ、大丈夫、です。あともうちょっと、ですから」
胸が熱くて、喉も焼けるようだ。本当は今すぐ立ち止まってしまいたい。それでも止まらなかったのは、キリアン様を無事に屋敷に届けたい一心からだった。
屋敷の明かりが近づいてくる。玄関に立っているのは多分アンヌだ。私を心配して出てきてくれたのだ。
「はぁっ、はぁっ、アンヌ――」
そのときだった。
「きゃあ!」
腕に鋭い痛みが走り、思わず悲鳴を上げてしまう。抱きかかえていた編み籠が地面に転がり落ちて、キリアン様が外に飛び出した。
「キリアン様!」
「おい、こんなところに女と子狼がいるぞ」
私の腕を掴んでいるのは大柄の男だった。口元は嫌らしく弧を描いている。
「あいつらが陽動している間に森狼をって話だったが、ここにいいのがいるじゃねぇか。真っ白な森狼なんて珍しいだろ」
「っ、やめて! 放して!」
「クリスティーヌ!」
キリアン様が唸りながら男の腕に噛みついた。
「いってぇ! なんだこいつ!」
男は腕を振り払うがキリアン様は離れない。男は頭に来たのか、キリアン様を地面に叩きつけるように振り下ろした。
「キリアン様!!」
ドンっと大きな音がして、私は思わず目をつぶってしまった。
「おいおい、乱暴するなよ。商品に傷がつくだろ」
横から別の男が現れる。その男はキリアン様の首根っこを掴むと、様子を見るように覗き込んだ。
「キリアン様! キリアン様!」
キリアン様はぐったりとして動かない。何度名前を呼んでも反応はなかった。
「気絶してるだけだな。今のうちにさっさと連れていっちまうか。その女はどうするつもりだ?」
「よく見たら別嬪だし、こいつも狼と一緒に高値で売れるだろ」
「クリスティーヌ様!」
悲鳴に似た叫び声が聞こえてきて、屋敷の方からアンヌが走ってくるのが分かった。
「アンヌ! 来てはだめ!」
「おい、さっさと行くぞ」
「きゃあ!」
私は男の肩に担ぎあげられる。肩がお腹に当たってじわじわと痛んだ。
「クリスティーヌ様!」
「アンヌ! 助けを! ライアン卿とローラ卿に知らせを!」
男たちはそのまま私たちを連れて走り出した。必死の抵抗をするも、男の腕はがっちりと私を押さえている。
「キリアン様を放しなさい!」
「狼なんかに様付けしてんのかよ、変な女だな」
「ちっ、うるせぇな。黙らせるか」
「う……!」
肩から下ろされたかと思えば、お腹に鈍い衝撃が走った。目の前が霞んでいく。
「キリアン、様……」
――どうか、キリアン様が無事でありますように。
そう祈ったのを最後に、私の意識は途切れた。




