第十二話 新婚旅行に行きましょう
「そろそろ新婚旅行に行ってきたらどうかしら?」
ある日の朝食の席で、お義母様はさらりと言った。
「旅行……!」
「それは良い提案だね。二人きりで蜜月を楽しむと愛が深まるよ」
キリアン様は目を見開いて「旅行」という言葉を繰り返している。お義父様はにこにこ微笑みながら私たちを見ていた。
「新婚の内にしか感じられない雰囲気というものがあるんだよ。それを楽しんでくるといい」
「し、しかし父上。私には政務が……」
「少しくらいなら僕が代役できるよ」
「そうよそうよ、行ってきなさいな」
お義父様とお義母様の強い後押しに、キリアン様は何も言えなくなったようだ。考えるように顎に指を添えて俯いた。
「場所はどこがいいかしら? 海辺の街? 商業都市なんかもいいわね!」
「僕たちは公国内を一周したよね」
「ふふっ。あのときのルイったら、私と旅行に行くことが嬉しいって大はしゃぎしていたわね」
「うっかり桟橋から落ちたこともあったっけなあ」
「ルイのそういうちょっとおっちょこちょいなところも可愛いと思っていたわよ」
「僕はオルタンスのそういう懐の深いところにも惹かれたんだよ」
お義父様がお義母様の手を握る。アトランシア王国の両親もそうだが、こうも仲睦まじい様子を見せつけられるとこちらが少し恥ずかしい気持ちになる。
「……そうだ。フォリの町なんてどうだろうか?」
考えごとをしていたらしいキリアン様が口を開く。もしかして、旅行の行き先をずっと考えていてくれたのかしら。
「フォリの町ですか? どんなところですか?」
「森狼の森の近くにある町だ」
「まあ! もしかして野生の森狼が見られるのかしら!」
「クリスティーヌが見たいなら森の中を案内しよう。それに今の時期なら、確か夏祭りがあったはずだ。きっとクリスティーヌも楽しめる」
「素敵です! お祭りなんてわくわくしますわ!」
お祭りの明るい雰囲気を思うと笑みがこぼれる。キリアン様はそんな私を見て、優しく目尻を下げた。
「フォリの町か。あそこは大公家とも親密にしているから良い選択だね」
お義父様が頷く。その手は変わらずお義母様の手を握ったままだ。
「善は急げだよ。来週から行くというのはどうだい? その間に政務の引継ぎをしよう」
「父上!? それは急すぎやしませんか!?」
「大丈夫。なんとかなるよ」
「アンヌ! アンヌ! クリスティーヌの荷造りを始めてちょうだい!」
「かしこまりました、大奥様!」
あれよあれよという間に、新婚旅行の準備が進められていく。アンヌは鼻歌を歌いながら、着替えのドレスの準備をしていた。
「公国民にクリスティーヌ様のお披露目となるのです! しっかり準備して行かないと!」
「これは旅行なのよ、アンヌ。気楽なドレスで楽しみたいわ」
「もちろんです! 着心地を重視しつつもデザインは洗練されたものをご用意します!」
「……ふふ。ほどほどにね、アンヌ」
そして新婚旅行に出発する日。城の前にはトールと、同じく森狼に乗った護衛騎士二名が待機していた。
「トールが連れて行ってくれるのね、よろしくお願いするわ」
「グルル」
トールの顎下を撫でる。「任せろ」と言わんばかりに返事をしてくれた。
「クリスティーヌ。手を貸して」
キリアン様の手を借りながらトールにまたがる。キリアン様も私の背後にひらりとまたがった。背中がキリアン様の体温に包まれる。カッと頬が熱くなるのが分かった。
アンヌも護衛騎士の森狼に乗る。キリアン様に侍従を連れて行かないのかと尋ねれば、自分のことは一通り自分でできるという答えが返ってきた。行軍中などは、実際に一人で身の回りのことをやっているそうだ。
「それでは父上、母上。行って参ります」
「ああ、いってらっしゃい。城のことは任せて」
「気をつけて行ってらっしゃいね、キリアン、クリスティーヌ」
トールが地面を蹴って走り出す。とても力強い走りで、お腹に響く足音が心地よいくらいだ。
「怖くないか、クリスティーヌ」
キリアン様が後ろから声をかけてくれる。息が耳をくすぐって、思わず身をよじってしまいそうになる。
「全然怖くありませんわ! 私、森狼に乗るのが好きなんです!」
「そうか。じゃあ旅行から戻ったら、魔法の練習もして、森狼に乗る練習をしてみよう」
「本当ですか? それは楽しみです!」
「二人で遠乗りするのも楽しいだろうな」
公都を出て、低木の生える草原を駆け抜けていく。次第に茂みが増えてきて、私たちは林の中を抜けた。
「フォリの町までは公都から五時間ほどだ。あと一時間ほど走れば到着するだろう」
しばらく走っていると、視線の先に町が見えてきた。石造りの城壁が見えて、壁の向こう側に色とりどりの屋根が見えている。街門に到着すると一人の老人が立っていた。
「大公閣下! よくいらっしゃいました!」
朗らかに笑う老人は口を大きく開けてキリアン様を歓迎した。
「急な訪問、すまないな」
「なんのなんの。閣下ならいつでも大歓迎ですぞ。屋敷は町の者に準備させておきました。いつでもお使いいただけますぞ」
「感謝する」
「して、そちらが――」
「ああ、私の妻のクリスティーヌだ」
トールの上から挨拶をする。老人はこの町の町長だそうだ。
町の中に入る。ゆっくり歩くトールたちを見て、最初に子どもたちが声を上げた。
「わあ! 森狼だあ!」
「かっこいいねー!」
子どもたちの声に大人が振り返る。そしてキリアン様の姿を認めると、顔に笑顔が広がった。
「大公様! ようこそ、フォリの町へ!」
「おかえりなさい、閣下!」
森狼のこともあり、この町は日頃から大公家とつながりが深いのだろう。町民たちの表情を見れば一目瞭然だった。
町の奥にある屋敷の前に着く。公都の大公城と比べるとかなり小さいが、それでも私たちが泊まるには十分な広さがあった。
「ご苦労だったな、トール」
「グルゥ」
屋敷の隣に広く作られた庭にトールたちを放つ。トールたちはお尻を上げて前足を伸ばすと、思い思いにくつろぎ始めた。
「クリスティーヌ、疲れていかないか?」
「ええ、ちっとも。キリアン様は大丈夫ですか?」
「ああ、これくらいなんともない」
早速、町を散歩してみよう。屋敷を離れようとしたとき、町の方から騎士服を着た二人の男女が現れた。




