第十三話 幸せな結婚生活
「「閣下! おつかれさまです」」
「ああ、お前たちもご苦労」
騎士服を着た男女二人が、キリアン様に敬礼をする。
「キリアン様、彼らは?」
「ライアンとローラだ。森狼の森の警護を担当している」
「そうでしたの。初めまして、クリスティーヌですわ」
クリスティーヌを見たライアンの目がきらりと光る。ローラも口元が弧を描いた。
「おお! 噂の公妃様ですな!」
「お噂はかねがね」
「う、噂ですか……?」
一体どんな噂がフォリの町まで届いているというのか。不安に思った気持ちをローラ卿が察してくれたのか、にこりと微笑んでくれた。
「ご安心ください、奥様。いかに閣下が奥様を愛されているかの噂を――」
「ごほん! 余計なことは言わなくていい。それで? 森の警護について変わりはないか?」
「それについて、閣下。のちほど報告の場をいただけませんか?」
ライアンの顔がきりりと引き締まった。
「分かった。あとで連絡を入れよう。引き続き警護を頼む」
「はっ。ありがとうございます」
「さあ、クリスティーヌ。行こう」
「ライアン卿たちとのお話はよろしいのですか?」
「あとで話す。大丈夫だ。気にしなくていい」
キリアン様の手が腰に当てられ優しく押される。敬礼するライアン卿とローラ卿の前を通って、町へ向かうことになった。
「大公様! お祭りには参加されるんですか?」
「ああ、そのつもりだ」
「閣下! 今日は良い肉が入ったんで、祭りはおいしい肉串が出せますよ!」
「楽しみにしている」
町へ降りると、町民からキリアン様に向けて次々と声がかかる。どの町民も屈託なく笑っていて、それだけでフォリは明るい町なのだと感じられた。
「キリアン様、あれは何をしているのですか?」
家の庭先で腰を下ろして、町の女性たちが何かを作っている。周りには鮮やかな花が置かれていた。
「あれは夏祭りで使う花飾りを作っているんだ」
「お花を町に飾るのですね!」
反対側では、男性たちが天幕を張っている。横に置かれた木箱には、森狼をモチーフにした小物や旗が入れられていた。
「とても活気づいていますね。この雰囲気だけでもう楽しいです。私も何かお手伝いをしたいわ」
「本当かい、公妃様!」
「え?」
気づいたときには、私の目の前にご婦人が二人迫ってきていた。
「ちょうど人手がほしかったところなんですよ」
「ほら、大公様も!」
「え? あ? キリアン様?」
「くくっ」
ご婦人方に手を引かれる私を、キリアン様はおかしそうに笑いながら見ている。そのまま連れて行かれたのは、花飾りを作っている女性たちのところだった。
「はい、公妃様。こちらに座ってくださいな」
「こちらがお花ですよ」
「あ、はい」
女性の集団の中に座らされ、花を渡される。隣には、キリアン様が座った。
「見目よく花を束ねたら、ここに茎を一本通すんです」
「こ、こうかしら?」
「そうです! 公妃様は手先が器用ですね!」
「大公様、お花がゆがんでいますよ。まっすぐお持ちにならないと」
「む、むぅ? こうか?」
眉間にしわを寄せて、花を相手に悪戦苦闘しているキリアン様。怒っているというよりは、ご婦人に圧倒されて困惑しているという様子だ。そんなキリアン様の表情がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
「ねえ、この花飾り、一つもらってもいいかしら? 屋敷に飾りたいわ」
「もちろんですよ! せっかくなら、大公様がお作りになったものを持ち帰られますか?」
「ええ、そうするわ」
「ク、クリスティーヌ! もっと綺麗なのを持って帰ってくれ!」
キリアン様が慌てる。その様子を見て、私と周りの女性たちが声を上げて笑った。
「公妃さま! これあげる!」
花飾り作りを手伝っていた子どもが、私の頭に花輪を乗せてくれた。ふわりと花の香りが近づく。
「これをくれるの? ありがとう」
「わあ! 公妃さま、お姫さまみたい!」
「公妃さま、きれいー!」
はしゃぐ子どもたちに向けて、キリアン様が視線を向ける。そのゴールドの瞳は、柔らかく揺れていた。
「君たちにはバレてしまったか。クリスティーヌは私のお姫様なんだ」
「きゃー! 大公さま、王子さまだー!」
キリアン様は子どもたちの頭を撫でる。その顔はいつもより穏やかだ。
町を散策して日が暮れる前に屋敷に戻った私は、子どもたちが作ってくれた花輪を胸に抱えていた。
「せっかく子どもたちが作ってくれたのに……。枯れてしまうのは嫌だわ」
「少し色あせてしまうが、保存の魔法をかけようか?」
「そんなことができるのですか?」
目を見開いてキリアン様を見る。彼は薄く微笑んで頷いた。
キリアン様が花輪に向けて指先で魔法陣を描く。花々から色が少し抜けて、パリッと乾燥させたような感触になった。
「これで枯れないだろう」
「まあ! ありがとうございます、キリアン様!」
お礼を言うとキリアン様は目を細めた。そして顔を寄せてきたかと思うと、額に一つ、口づけを落とした。
「キ、キリアン様!?」
「君があまりにも嬉しそうだったから、つい」
「つ、ついって……」
そういえば結婚式のときの口づけも額だったことを思い出す。あのときは唇に口づけるのが嫌なのかと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。
「クリスティーヌ。私はこれからライアンとローラと話をしてくる。今日は歩き回って疲れただろう? ゆっくり湯浴みをしてくるといい」
「はい、そうします。また夕食で、キリアン様」
「ああ」
アンヌに手伝ってもらって湯浴みをする。知らない間に、子どもたちが歌っていた歌を口ずさんでいた。
「随分と楽しかったようですね、クリスティーヌ様」
「そうなの、アンヌ! キリアン様ったらね、町民にとても愛されていらっしゃるのよ!」
アンヌはにこにこしながら私の話を聞いてくれる。髪を梳きながら、アンヌがしみじみとした様子で言った。
「初めはどうなることかと思いましたが、クリスティーヌ様がお幸せそうで何よりです」
「ありがとう、アンヌ。私は幸せよ。ついて来てくれてありがとう」
「こちらこそ連れてきてくださりありがとうございます。――そうだわ、クリスティーヌ様。お祭りの間は、くれぐれもお一人で出歩いたりなさらないでくださいね」
「もちろんよ。でもどうして?」
「夏祭りには、フォリの町の住民以外も来るそうですから。何が起きるか分かりません。十分に気をつけてくださいね」
「わかったわ」
今頃キリアン様たちはどんなお話をされているかしら?
明日のお祭りを楽しみにしながらも、何か言い知れぬ不安が胸をよぎった。




