第十一話 不器用な人が愛しい
「ああ! 大公閣下! 公妃殿下! 申し訳ありません!」
「あれは……狼番か」
子狼から少し遅れて、一人の男性が慌てた様子で駆けてくる。私は体を起こして、子狼が逃げ出さないようそっと抱きしめた。すると子狼はじゃれていると思ったのか、私の口元をぺろぺろ舐めてくる。
「ふふ、くすぐったいわ」
「…………」
「あっ」
キリアン様はむっとしかめ面をしたかと思うと、むんずと子狼を抱き上げた。そしてそのまま狼番に突き出した。
「すみません、大公閣下。少し目を離した隙に脱走してしまって……」
「キリアン様。城には子狼もいるのですか?」
「ああ、厩舎の方にいる」
「はい。城の中で番っている森狼から生まれた子どもや、森から引き取った子どもなんかがおります」
「森から引き取った子ども?」
聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまった。すると狼番は子狼を抱いた腕にぎゅっと力を入れて、唇をかみしめた。
「森の狼を狙う不届き者がいまして……。親を亡くす子狼もいるのです」
「なんてこと……ひどいわ」
城での扱いを見れば、いかにフェンリエ公国で森狼たちが大切にされているかが分かる。それなのにそんな幸せを奪う輩がいるなんて……許せない。
「ねえ、キリアン様。私も子狼を見に行ってもいいかしら?」
「もちろんだ」
子狼たちには愛情いっぱいに育ってほしい。できれば私も役に立ちたい。そう思ってキリアン様に尋ねてみれば、快く許可してくれた。
狼番とともに厩舎へ向かう。彼の他にも、魔法で掃除や荷運びをしている狼番がいた。
「公妃殿下、こちらでございます」
「か、可愛い……!」
案内された一室には、夜のキリアンと同じくらいの大きさの子狼が数匹いた。ボールを噛んでいる子、他の子の尻尾を追いかけている子などがいる。そんな子狼たちは私を見るとまっすぐに駆け寄ってきた。
「まあ! そんなみんなで来られたら撫でてあげられないわ!」
床に腰を下ろせば、我先にと子狼たちが膝によじ登ってくる。一頭を撫でてあげれば、こっちも撫でろというふうに指を甘噛みされた。
「公妃殿下は狼に愛される体質の方のようですね」
「…………」
ほのぼのと目尻を下げる狼番の隣で、キリアン様は無言で子狼たちを見ていた。
「キリアン様見てください! この子、毛色がまだら模様で可愛いです!」
「……そうだな」
「キリアン様?」
眉根をぎゅっと寄せて、腕組みをしているキリアン様。お顔が怖いのはいつも通りなのだが、なんだか不服そうな顔をしている気がする。
「……そろそろ疲れただろう。城に戻って休憩しよう」
キリアン様が手を差し出す。その手を取ると、ぐいっと引かれた。子狼たちは名残惜しそうに足元にまとわりつく。
「みんな、今日はおしまいなの。また来るわね」
「キャンキャン!」
狼番と子狼たちに見送られながら城に戻る。途中でキリアン様は、使用人に夫婦の寝室にお茶を持って来るよう指示した。
キリアン様がベランダにある椅子を引いてくれたので、そこに腰かける。階下には、あのピンクの花畑が広がっていた。
「ふう……、ここは落ち着くな」
キリアン様が一息つくように溜め息をついた。先ほどの不服そうな気配はもうない。何かあったのかと、思い切って聞いてみることにした。
「キリアン様。先ほどはご気分でも悪かったのですか?」
「…………」
決まりの悪そうな顔をして、キリアン様が視線を左右に動かす。何か言いたそうに口を開いてはまた閉じるという動作を、何度か繰り返した。
「……笑わないか?」
「内容によります」
「…………」
「キリアン様。話し合う夫婦になろうと言ったではありませんか」
うっと言葉を詰まらせるキリアン様。言いにくそうに口をもごもごと動かしたあと、観念したようにため息をついた。
「……――だ」
「え?」
「……クリスティーヌに甘えていいのは、私だけだ……」
「まあ!」
片手で顔を覆ってはいるが、その隙間からキリアン様の顔が真っ赤になっているのが見える。あまりにも可愛らしくて、思わず笑いをこぼしてしまった。
「……笑ったな」
顔を赤くしたまま、そっぽを向くキリアン様。誤魔化すようにしかめ面をしているが、眉間のしわは以前より減って、雰囲気が柔らかい。
「どうしてキリアン様はこんなに愛らしいのでしょうか」
「あ、愛らしくなどない!」
「夜だけでなく、昼間も甘えてくださっていいのですよ?」
「ぐ……!」
――この不器用な人が愛しい。
ああ、私はキリアン様を愛しているのだわ。そう分かると、心が満ち足りたように今が幸せだと思えた。
「――失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
アンヌの声が聞こえてきたので部屋に通す。ベランダまで出てきたアンヌは私たちを見て、きょとんとした顔をした。
「クリスティーヌ様? 旦那様はどうかされたのでしょうか?」
「ふふっ。いいえ、なんでもないわ」
キリアン様は胸を押さえてテーブルに突っ伏している。その姿が愛しくて思わず声を上げて笑えば、アンヌが不思議そうに、けれど嬉しそうに微笑んだのが分かった。




