第二十三話 手
ノアは、電車に揺られていた。
本来、防衛隊員は、寮ぐらしになるのだが、ノアは母親を心配して、しばらくは家から通おうと思っていた。
学園から家までそう遠くはない距離だが、ノアは焦燥感に襲われていた。
(メッセージは送ったけど……大丈夫かな)
というのも、ノアはルークと別れたあと、母親に「今から帰るよ」とメッセージを送っていた。いつもならすぐ既読が付くはずが、今になっても一向につく気配がないのだ。
(嫌な予感がする……)
◇◇◇
家につきドアを開ける。
家の中は冷たく静かで、明かり一つ点いていない。
「……ただいま」
「おかえりなさい! ご飯できてるわよ!手、洗ってきなさい!」
暖かい声。夕飯の香り。
手を洗ってリビングに行くと綺麗に盛り付けられた温かいご飯。
二人でいただきますをして、今日あった他愛のない事を語らい、笑う。
そんな日々が昨日まで続いていた。
ノアの声に返事をする者は居なかった。
ノアは、(母さんが倒れてるんじゃ!?)と思い、家中を探しまわった。
が、どこにも居ない。一瞬、買い物か、夜勤にでも行ったのかと思ったが、財布もスマホも置きっぱなしだ。
「…………」
ノアは、何故母親が居ないのか考えたが、分かるはずもなく。
スマホに何か、書き置きでもあるかもしれないと母親のスマホを手に取った。
「母さん、今日仕事にも行ってなかったんだ……」
スマホの中は職場からの着信と母親を心配するメールで溢れかえっていた。
ノアは(もしかして僕が防衛隊に……入ったから……?)と思ったが、それなら帰りを心配して家にいるだろう。
──ドッドッドッ──
思考を巡らせていると、二階から重い足音が響いてきた。ノアは、二階に母親が居るのかとも考えたが、先ほどすべての部屋を見回ったばかりだ。
(猫? にしては重い音……)
ノアは、侵入者が居ると仮定し、意を決して二階へ向かった。
階段を登る途中、二階から少女の笑い声のようなものを聞き、ノアは(女の子?……魔女の可能性もあるかな)と縁筆を構えた。
(もし、本当に魔女だったら僕一人じゃ勝てないだろうな)
そう思い、ノアはルークにメッセージを送った。
◇◇◇
ルークは、駅までノアを送り届けたあと、喜びが込み上げガッツポーズを取りそうな勢いだったが、ポーカーフェイスを貫き、帰路についた。
(まさか、本当に入学して来るなんて……)
ルークは、皆と少し違っていた。ノアに対する想いも、防衛隊に入った理由も。
(あの時、ノアが高校行かずに働くって、言い出したときは焦ったが……この学園に入って正解だったな)
このルークという男、良く言えば、先見の明があり、悪く言えば、ストーカー気質な人間だった。
というのも、ルークがこの学園に入学を決意した理由が、ノアの置かれた状況を見て「ノアの性格なら、防衛隊に入りそうだ」と考えたからである。
疾風の刃にまで入ったのも、シェリーの事か、父親の事でノアが魔女に近づく可能性を考えたからだ。
(ノアも、なかなかに無理するからなぁ)
ルークは、そんな事を考えながら歩いていた。そんな中、スマホに一件の通知が届いた。
ノアからだった。
『母さんじゃない誰かがいる一人じゃ無理たすけて』
そのメッセージを読んだ瞬間ルークは、走り出した。
(ノアのことだ、助けてと言ってきたとしても、大人しく待っていないだろうな)
ここからノアの家までは、電車で行くのが一番早い。が、ルークはそんなもの待っていられないとタクシーに乗り込む。
「すみません、ベリアドルまで。急いでください」
走ってきたルークの様子に、運転手は何も言わずにタクシーを走らせてくれた。
(もし、間に合わなかったら……)
そんな考えが一瞬浮かんだが(考えたところで仕方がない)と、ルークは早く着くことだけを願った。
◇◇◇
ノアはルークの思った通り、待っていなかった。
(もし二階にいる奴が魔女で、母さんが居ないことに関係があるなら……)
ノアは、そんな焦る思いの中、静かに足音を立てないよう二階へ登っていく。
二階へ上がった時、あまりの惨状に「うわっ……」と声を出してしまった。
二階の床には、黒い肉塊がベチャベチャとへばり付いていた。肉塊の中には、生き物のようにドクドクと動いているものまであった。
(さっきまで、こんな事にはなって無かったのに……)
ノアが、進むのを躊躇っていると、ノアの部屋から青白い手がスッと伸びてきた。
(完全に、罠だ……)
このまま進むのは、危険だと理性でも、本能でも分かっている。だが、ノアはその手が気になってしまった。
駄目だとは分かっている、だがその手に触れたくて仕方がない。
一歩、また一歩と手に近づいていく。もう、手を伸ばせば触れられそうだ。
…………
「ノア!」
後ろから肩を掴まれた。
振り向くと、息を切らし険しい顔をしているルークが居た。
「ルーク……」
ルークは「どうしたんだ?」とノアに尋ねた。ノアは、これまでのことを話した。
「母さんが居なくなってて、二階から物音がしたから来てみたら、この有様で……」
ノアは、廊下を見るだがそこには先程まで床を埋め尽くさんとしていた肉塊は、綺麗さっぱり無くなっていた。
ノアは、驚いたがルークに「青白い手が!」と自分の部屋を見るが、いつもと変わらない部屋だった。
「……あれ?」
ノアは、何がなんだか、分からなくなってしまった。そんなノアを見てルークは、軽く息を吐き
「今日一日、色々あったから疲れてるんだよ、ノアのお母さんもちゃんと居たよ?」
と、安堵の笑みを浮かべていた。
カーストーカー




