第二十一話 人
ノアは気の利いた言葉一つカトレアに掛けることが出来なかった。
カトレアが腰に差した二本の剣。それが、彼女に残された兄の形見なのだ。
「ふっ……せっかく話してあげたんだから、何か言いなさいよ」
カトレアはそんなノアを見て、微苦笑しながら帰る支度を始める。ノアに話したことで、気持ちが整理できたのか、その面持ちは先ほどよりも軽くなっていた。
「……さっき、守護の壁のリーダーの人に言われて少し考えを改めたの。でも……それでもまだ、魔人を信用できないのは変わらない。だから……」
カトレアは、ノアの目をしっかりと見据えこう言った。
「だから、ベルク。貴方は、大切なものを手放さないように、離れてしまっても繋ぎ止められるように……強くなりなさい」
暮れゆく茜空に照らされた教室の中、笑っている彼女の瞳に映るノアの影は微かに揺れていた。
◇◇◇
カトレアはノアに「訓練場に行くけど付いてくる?」と尋ねてきた。
普段のノアなら、何も考えずに「うん! 行きたい!」と答えるだろう。だが、ノアは少し気になることがあった為、カトレアの申し出を断った。
「ごめん、カトレアさん、誘ってくれて嬉しいんだけど少し気になることがあって……」
カトレアは、「そう、なら仕方ないわね」と、淡々と言い、教室を後にした。
ノアが気になっていること、それは他でもない、オカルト研究という紙が貼られた部室、そこに貼ってあった魔女のイラストのことだった。
ノアは、あのイラストを見てから、頭の片隅に引っかかった小さな棘のように離れず残っていることがあった。
それは、あのイラストの片隅に書かれた文字、一瞬しか見えなかった為、確証は持てないが、アレには【人】という字が書かれていた気がする。
もし、魔女だと思っていた者が本当に人だったなら、魔女で無いなら、シェリーは助かるかも知れない。オスカーが言っていた魔女の呪いも、関係なくなる。
ノアはそう思い、あの教室へ急いで向かっていた。
──ドカッ──
向かう途中、階段に差し掛かったところでノアは一人の生徒と正面衝突してしまった。
「えっ……ノア?」
それは、寮に帰る途中のルークであった。ルークは、ノアの急いでいる様子を見て何か察したのか、どこに向かっているのかと聞いてきた。
ノアは、事の経緯をルークに話し「急いでるんだ!ぶつかってゴメン!」とオカルト研究会の部室へ向かった。
ルークは、ノアの話を聞き(また、一人で抱え込むのでは?)と、思いノアを追いかけて行った。
◇◇◇
ノアが、オカルト研究会部室の前に着くと中からなんとも言えない良い匂いが漂ってきた。
「……また、お茶会でもしてるのか?」
ノアは急に、横から声がしたため「うわっ」と声を上げてしまった。
その声に驚いたのか、いつの間にか横にいたルークも驚いたような顔をしていた。
ノアの「うわっ」という声が部室の中まで聞こえたのか、扉がゆっくりと、本当にゆっくりと、カタツムリのほうが早いんじゃないかと思うほどの速度で開かれた。
中から顔を覗かせたのは、ふわふわとした金髪で目が隠れている、透き通るような肌の少女だった。
「あの!すみません!」
ノアが少女に、魔女のイラストの事を聞こうと声を上げると、少女は「ぴゃっ!」と笛のようなか細い声を上げ、扉をバンッと閉めてしまった。
ノアは、怖がらせてしまったと思い、もう一度「あの……」と、次はそっと声を掛ける。
が、次に扉が開かれた時、そこには見知った人懐っこいの笑みを浮かべる顔があった。
「え!? オスカーさん!?」
ドアを開けたのは、オスカーだった。片手に持っているクッキーを頬張りながら、出迎えてくれた。
「いらっしゃい!ノアくん! あれぇ?ルークくんも一緒かぁ! 二人ともようこそ!オカルト研究会へ!」
オスカーは、ノア達を手招きしながら迎え入れ、二人を座らせると、オカルト研究会の皆へ紹介し始めた。
「こっちがノアくんでぇ、こっちがルークくんだよぉ! みんな仲良くしてねぇ!」
オスカーはノア達に向き直ると、オカルト研究会のメンバーを紹介してくれた。
「僕も含めて三人しか居ないんだけどねぇ……椅子に座ってるのが、トーマスくんだよぉ!そこに隠れてるのがエルナちゃん!皆オカルトとか都市伝説が好きなんだよぉ!」
自己紹介を終えると、オスカーはノア達に紅茶を淹れてくれた。外まで香っていたのは、この紅茶の香りだろう。
紅茶を淹れ終えたオスカーは、椅子に腰掛けると「それでさぁ! ノアくんはオカルトに興味ある感じぃ?」と聞いてきた。
それを聞いたノアは、なんて切り出せば良いか分からなかったが、いっそ、単刀直入に聞いてみることにした。
「……あそこに貼ってあるイラストは、魔女じゃ無いんですか?」
曲がり角でぶつかるだって?なんてベタな!




