第十四話 異物
「…………」
慣れている。だから何も言わないのであろう、そんなカトレアの後ろ姿を、ノアはただ見つめていた。
「皆静かにしなさい! アッシュフォードさん、新入生を案内してくれてありがとう。身体はもう大丈夫?」
カトレアに声を掛けたのは、年配の女性教師だった。カトレアは、「ええ」とだけ言うと窓の外を向いてしまった。
「ノア・ベルク君ね、私は、このクラスの担任、エレノア・グレイヴ、よろしくお願いしますね」
「……は、はい」
エレノアは、優しい目でノアに挨拶をしてくれた。それでも、先ほど、カトレアが浴びせかけられていた言葉の数々が、脳裏に焼き付き離れず、若干言葉に詰まってしまった。
「とりあえず、簡単な自己紹介をしてもらおうかしら」
そう言うと、エレノア先生は、教卓の前へゆったりと歩いていき、ノアに手招きをした。
「それじゃあ、名前と、何かひとことお願いできるかしら?」
「はい、えっと……ノア・ベルクです。……よろしくお願いします。」
ノアが頭を下げる。目の端にカトレアがうつるが、彼女は、あいも変わらず外の景色を見ているだけだった。
「はい、ありがとう。じゃあ席は……」
「先生!」
教室の後ろから声が飛んできた。
「なんで、ベルク君は、入学式出てなかったんですか?」
エレノアは、ノアに話してもいいか、と聞いてきた。ノアは、自分の心に踏み込まれるようで、少し複雑な気持ちだったが、ここで言わなくてもいずれ、分かってしまうだろうと了承した。
ノアが了承すると、エレノアは話し始める。
「ベルク君は、意識の戻らない妹さんの為に中学校を卒業してから、一年ほど働いていました。防衛隊に入ることになり色々な手続きが重なって、今日、この日から入学になったんです」
教室内が、ざわつく
「えっ! てことは年上!? ヤバ!テンション上がる!」
「一年ってことは、リアム先輩と同い年ってことじゃん! 知り合いだったりしないかなぁ!?」
「また、恋愛脳かよ、うるせぇな」
「は!? アンタのほうがうっさいわ!」
どんどん教室内の喧騒が大きくなっていく。ノアは、皆の反応が、思っていたモノとは違うものになり少し、ホッとしていた。
そんな中、エレノア先生がひとこと
「全員静かになさい!!!」
教室内が糸を張ったように静まった。
「まったく……ベルク君が困ってしまうでしょう?
困らせるお願いは、しないように」
『は〜い』
「ごめんなさいね……ベルク君の席は、一番後ろの空いてる席よ」
「はい」
ノアは、教室の後ろへと向かう。皆の視線が刺さる少し恥ずかしさがこみ上げてくる。
そんな中、カトレアの横を通った。
「…………」
カトレアは、窓の外を見たままこちらを見向きもしなかった。
しかし、ノアが通り過ぎる瞬間、小さく
「頑張りなさい」
と言ってくれた、その後は再び窓の外へ視線を向けてしまったが、ノアは、緊張が少し解けた気がした。
◇◇◇
休み時間、ノアはカトレアに話しに行こうと思ったのだが、クラスメイトに囲まれカトレアに近づくことさえ出来なかった。
「ねぇねぇ! ノアくんって呼んでもいい?」
各々ノアに質問を投げかける中、一人のクラスメイトが、呼び名を提案してくれた。
ノア自身、こういうワイワイした雰囲気は、中学以来なので少し戸惑ってしまったが「えっ、あ、うん良いよ!」と、しどろもどろになりながらも答えることが出来た。
「じゃあノアくん! 防衛隊に入ってるって本当?」
「う、うん……」
ノアは、妹の件を深く聞かれるのではないかと、内心ヒヤヒヤしていたが、返ってきた言葉は、ノアの想像を超えていた。
「そうなんだ……ノアくん、男の子でよかったね!」
瞬間、ノアの頭の中に、はてなマークが現れた。ノアは、「…………? えっ……? なんで?」としか、言えなかった。
「えぇ~だって……」彼女が言うには、女子生徒は、負荷のかかり方のせいで、妊婦に見えることから女子生徒の中で、痴女といじめられるそうだ、その為自ら望んで防衛兵を選ぶ者もは、まず居ないらしい。
中には、自分の体の不足を補うために戦士兵と掛け持ちで防衛兵をやる者もいるそうだが……カトレアは、最初、自分から志願して、防衛兵になったそうだ。
「そう……なんだ?」
ノアの頭の中にまた、はてなマークが浮かんだ。
なぜカトレアは、防衛兵に志願したのだろう?
ノアは、レイン隊長がカトレアと話していたことを思い出す。『……どんな負荷がかかるのか説明は受けていただろ』カトレアは、負荷のかかり方も承知の上だった、そしてきっと、そのことで虐められることも……それでもなにか、カトレアは、成し遂げようとしたのだろう。それでも、耐えられなかったのだろう。
そして、今カトレアは、ノアの育成係として防衛兵に配属さている。ノアの心にグサグサと自責の念が突き刺さる。
(カトレアさんは、僕の育成係として、防衛兵に配属されてるんだ……でも本当は、戦士兵だ、なのに……自分の意思でなかったとしても過去のことを掘り返していじめられるのか……)
ノアは、ちらりとカトレアを見る。彼女は、相変わらず窓の外を眺めている。
「……でも、本当に良かったね! 戦士兵だと、色んな試験合格しないと入れないから……妹さんの為にお金、必要なんだもんね!」
「……うん」
「ねぇ、妹さんってどんな子なの?」
その言葉に、ノアの表情が固くなる。
「えっ」
ノアは、シェリーの話をあまり他人にしたくなかった。この話をべらべらと他人に話してしまったら、自分の中の大切な部分が傷つく気がしていたからだ。
「ほら、さっき先生が言ってたじゃん。意識が戻らないって」
「デリカシー…… でも、気になる……」
「どんな病気なの?」
「それって治るの?」
「えっと……」
次々と飛んでくる質問に、ノアは耐えきれず、少しなら……と、答えようとする。
「ねぇ、アンタたち」
その時、教室の端から、声が飛んできた。
「ベルクが困ってるの、分からない? 質問しすぎよ」
「カトレア……」
カトレアは、頬杖をついたまま、こちらに視線を向けていた。
「それにあなた達、少しうるさいわ。もう少し静かにしなさい」
それだけ言うとカトレアは、そっぽを向いてしまった。
「…………」
ノアは、そんなカトレアを見つめる
(助けてくれた……)
「アッシュフォードさんが、あんな事言うの珍しい」
「……そうなの?」
「あの子、人に興味ありませんって感じだし、こっちが、いくらうるさくしてても、何にも言ってこないから」
「そうなんだ……」
ノアは、そんなカトレアを見る。やっぱり彼女は、窓の外を見ている。
自分が防衛隊に入ったことでイジメが再発してしまっているのに、自分が困っているのに気づき、自分を気遣ってくれた。ノアは、そんなカトレアの優しさに救われた。
「あの……」
ノアは、勇気を出して立ち上がる。
「カトレアさん」
「……何よ」
「ありがとう」
「別に」
カトレアは、ノアを見ることなく答える。
「アンタが困ってたから、止めただけ」
「……うん」
ノアは、小さく笑った。カトレアの優しさがノアの心に染み渡る。
「ありがとう」
「…………変な奴……」
「えっ」
「なんでもない」
そう言ったカトレアの声は、ほんの少し嬉しそうだった。




