旅乃びのという人間
あれは……五円玉?
何で五円玉がここに?
ああ、さっきエアワンを落とした時、一緒に落としていたのか……
はあ、僕も、この五円玉と同じだ。
元の世界のどこにでもある、五円玉と……
同じ……
同じ?
……いや、違うだろ。
この世界では、貴重なものじゃないか。
僕は覧と異世界に来て、何を学んだんだ?
自分の価値は、自分で決めろ。
覧が忘れるなと言っていた言葉じゃないか。
きっと、自分の人生だって……
「……けない」
「え?」
「お前の提案なんか受けないっ!!」
「は? おいおい、落ち着いて考え直せ、な?」
「僕は元の世界に帰るっ!!」
大声で自分を奮い立たせる僕。
「なんでだよ? 帰っても、いいことなんてないぜ」
「そうかもしれない」
僕は、右腕をゆっくりと動かす。
「わざわざ、黒歴史を作りに元の世界に帰るのかよ?」
「黒歴史かどうかは、僕が決める」
僕は、左手をゆっくりと動かす。
「俺と取引して、このジオフの世界に居たほうが、坊やにとって一番いい未来をつかめるんだぞ?」
「そうかもしれない。でも、僕は元の世界に帰る!」
僕は、右手をゆっくりと動かす。
「落ち着けって。浪人・ひきこもり・倒産で不幸のトリプル役満だぜ?」
「それがどうしたっ!!」
僕は左手をゆっくりと動かす。
「帰ったって、生きてく価値なんかないって」
「そんなの分からないじゃないか!!!」
僕は、四肢をゆっくりと同時に動かすことに成功した。
「なんで、立ち上がろうとする? くそみてーな人生で、坊やは満足するのかよ?」
「僕の人生の価値を、お前が決めるなっ!!!!」
僕は、重い体をひきずって、なんとか四つん這いになろうと試みる。
「なんでだよ? 何故、俺が提案する未来を受け入れない? 勇者と呼ばれたから、それに応えようとしているのか? それとも、俺を倒すという、ただの意地か?」
「そんなんじゃ……ないさ」
四肢に力を入れるだけで、息は絶え絶えだ。
「びの、お前は、何度も絶望するんだぞ」
「分かってるよ。君に経験させられたからね」
なんとか、四つん這いになった。
「何故だ? 何故、お前はそれでも俺に立ち向かおうとする?」
「僕の人生は失敗した論文と同じだ」
「失敗した論文? 失敗した論文に何の意味があるんだ? 論文というのは成功してこそだろ? 成功していない論文なんてなんの価値もない」
「いいや、失敗も大切な研究なんだ」
「失敗が大切な研究? 笑わせんな。そんなわけないだろ」
「僕も昔はそう思っていた」
「昔? 今は違うのか?」
「覧が教えてくれたんだ……」
「覧は新しい人型ロボットを作った時、大失敗をしたんだ。僕にも自慢するような自信作だったのに、大失敗さ。その時、覧は、大号泣しながら叫んだんだ。『論文に失敗したって書かなきゃ』……って」
「失敗した研究を残した? 自暴自棄か?」
「自暴自棄なんかじゃない」
「失敗した研究を残すなんか、正気の沙汰じゃない。俺なら全部破り捨ててやるね」
「失敗した研究を破り捨てるんだとしたら、大凶、それは失敗だ」
「なんでだよ? 失敗した研究なんて、なんの価値もねえ」
「違うな。失敗を残すということには意味がある」
「どんな意味があるっていうんだよ?」
「覧は失敗を失敗だと認め、次に研究する人に託したんだ。失敗を失敗で終わらせないために」
赤ちゃんがするハイハイの体勢で、一歩、また一歩と空気銃へと近づく。
「はあ? 自分の研究を他者に押し付けたってことかよ?」
「いや、それも違う。次に研究する人というのは、覧自身も含んでいるんだから」
「覧自身も含まれている?」
「ああ、覧は、覧自身も含め、同じ研究をする全人類のために論文を残したんだ。同じ失敗をしないようにね」
そう、僕を含む全人類のために残したんだ。
「その残された論文はどうなった?」
「ほどなくして、覧の失敗した論文を参考にした大学の研究チームが成功させた。そして、覧はその研究者たちを心から祝福していた」
「覧は、自分で研究を成功させてないのに?」
「ああそうだ」
「分からんな。自分の成功でもないのに、何故?」
「一時的にみれば失敗は悪いことだろう。でも、失敗が成功への1歩なんだ。失敗がいずれは成功へと誘うんだ。その成功は自分じゃない誰かだって、全然かまわないんだ」
「ふん、人間とはくだらん生き物だな。自分の成功じゃないのに、何故そんなにも喜べるのか……全く理解できない」
「もちろん、自分の力で成功したなら、それは尊いことなのかもしれない。でも、自分が成功したかどうかなんて関係ないんだ。人類として成功すればそれは成功だ。つまりは、失敗を伝えることの方が大切なんだ」
「坊やの人生は失敗した論文と同じだということか?」
「そうだ。君は、僕に僕の悲しい未来を見せた。確かに、そこだけを見れば悲しいものだろう。でも、その悲しい運命に意味を持たせることはできるはずなんだ。価値を与えることができるはずなんだ」
「坊やのくそみたいな人生を意味のあるものに変えるというのか?」
「君からみたら、くそみたいな人生かもしれない……。でも、それは紛れもなく僕の人生なんだ」
「受験に失敗して浪人するなら、同じく失敗した人の気持ちがわかる。ひきこもってしまったなら、どうすればひきこもりから抜け出せるのかを伝えることだってできる。会社が倒産したあとでも、立ち直る方法があるかもしれない。それを誰かに残すことができれば、僕の人生は成功だ。いや、大成功さ」
「坊やの経験なんか、誰も見向きもせず、誰の役にも立たないかもしれないぞ?」
「大凶は、いつも『今』の現状ばかり気にするんだね。もっと、長い目で見ればいいのに」
「長い目?」
「僕の経験が、すぐに役立つ人もいれば、人生の終盤で役に立つ人もいるんじゃない? 別に『今すぐ』じゃなくたっていい。僕はただ、僕の経験を伝えるだけだ。」
そうだ、今でなくたっていい。
「坊やは、想定しうる最悪の因果を受け入れるというのか?」
「ああ。君が、何度も何度も因果を操って僕を失敗させるなら、僕は、何度でも、何度でもその失敗を自分自身も含めた誰かに託して、何度でも何度でも成功に導いてやる!!」
笑われようが、馬鹿にされようが、僕は後の人のために、何かを残すんだ。
「まさか、自分の人生に価値を与えるという考え方だけで、くそ弱い人間が俺の因果律・畏怖を破ろうとするとはな……」
「人間は弱くなんかない!!」
僕はなんとか落ちていた空気銃を手に取った。
「なんだと? 人間は弱い存在だろ? モンスターや動物よりステータスも低いし、精神だって強くない。いい加減這いつくばれよーーーーー」
なおも、心に傷を負わそうとする大凶。
「まあ、ステータスだけをみればね」
「ステータスだけ? ステータス以外にどんなものさしがあるってんだ?」
「覧が言ってたんだ。弱いから戦わないんじゃない。戦わないから弱いんだって」
「戦わなければ弱い? じゃあ、俺に戦いを挑んだ坊やは強いとでもいうのか?」
「強い……とはいえないけど、でも、強くなくったって、僕は立ち向かう」
「なぜ?」
「後悔をしないようにさ」
そう、今は逃げる時ではない。戦う時だ。
「負けるかもしれないのに?」
「ああ。僕はいつだって後悔をしないように、立ち向かう。君にも、運命にも」
「運命にも?」
「抗うためではなく、後悔しないように立ち向かう」
僕は、銃口を大凶に向け、右手の空気銃の引き金をひいた。
バキュン。
「お前の運命は決定しているんだぞ? それでも戦うというのか?」
「ああ、そうだ。例えば、未来の僕がする大学の受験。受験先はいくらでもある。なんなら受験をしないで就職したっていい。でも、未来の僕は、自分で大学受験に立ち向かうことを選んだんだ」
僕は続ける。
バキューン。
「受験中、お腹が痛くなったのか、学力が足りないのに挑んだのか、落ちた理由は分からない。一生懸命勉強して、準備をしたにも関わらず、結果的に僕は失敗するんだろう。でも、それは後悔しないように自分で立ち向かった結果だ」
僕は続けるっ。
バキューンッ。
「そして、ひきこもり。友達に裏切られたのか、何か嫌なことがあったのか分からないけど、未来の僕はひきこもるんだろう。ひきこもりの立ち直り方なんて様々ある。他の友達の家にお世話になってもいいし、更生プログラムや病院に行って、トラウマを治そうとすることだってできる。でも、僕は自分の家にひきこもるんだ。それは確かに僕が後悔しないように自分で立ち向かった結果だ」
僕は続けるっ!
バキューンッ!
「それは会社の倒産も同じだ。頑張ってもうまく経営が立ちいかなかったのかもしれない。急に、景気が悪くなったのかもしれない。理由は分からないけど、まあ、倒産するんだろう。例え結果が分かっていたとしても、僕はいつだって後悔しないように、立ち向かい続ける」
僕は続けるっ!!
バキューンッ!!
「僕は、僕であるために立ち向かい続けるっ!!」
バッキューンッ!!
「それが、人間」
「そう、それが、人間だ!!」




