びの、何かが落ちる音をきく
びの……びの……
女性の声がした。
重い瞼をなんとか開く。
「覧?」
「おいおい、寝起きに、他の女の名前かよ? つれないねー」
「この声は、大凶」
……ということは……
「そう、ここは、ジオフの世界の金字塔。つまりは、俺の城だよ」
「ジオフの世界」
僕は、こいつを倒さないといけないんだ。
こいつを倒さないと元の世界の家に帰れない。
右手の空気銃を握りなおす。
「はははは、うつぶせでひれ伏すとは、いいざまじゃねーか。俺を倒した後、元の世界の未来を詳しく教えてくれよ」
未来?
未来ってなんだ?
「みてきたんだろう?」
さっきの夢?
そうだ、僕は、三浪して、ひきこもりになり、会社を潰すんだ。
「……そんなの、お前がみせた幻覚だ。嘘の未来に決まっている」
「それは違うな。これは、俺の能力、畏怖の結果だ。つまり、もし、お前が元の世界に戻れば、どういう形であれ、お前は浪人になり、ひきこもりになり、会社を潰す。これはもう決定事項だ」
「そんな……」
絶望感にさいなまれ、右手から力が抜ける。
「黒歴史をこんなに作っちゃって、生きてて恥ずかしくないのかね?」
「嘘だ」
何度も何度もタイムリープをするラノベや漫画の主人公は、一生懸命努力して、頑張って、輝かしい未来を手にするじゃないか……
僕だって、頑張れば輝かしい未来が待っているに違いない。
「あ、勘違いしてるところ悪いけど、どんなに努力しようとも、どんなに頑張ろうとも、お前は三浪し、ひきこもりになり、会社を潰す。この結果は決定事項だ」
「そんなの僕は認めない」
「認めないも何も、因果を覆すことはできないからな」
「何で……」
「残酷な運命は今、定められたんだよ! 俺の能力によって」
「うわーーーー」
「ついでだ。これも食らっときな『小心者への重荷』」
僕は、体にかかる重力によって、ひれ伏させられた。
ガシャーリーン
持っていたエアワンも落としてしまう。
大凶は、二コリと笑うと、僕に一歩僕に歩み寄ってきた。
「どうだ? 俺の技『小心者の重荷』の威力は?」
「小心者の重荷?」
「そう、俺のもう一つの能力さ。坊やが心に傷を負えば負うほど体が重くなり、立ち上がることなどできなくなる。小者なら小者であるほど、その効果は強くなる」
そういえば、僕、体が重くて全然起き上がれない。
「うんうん、現実に戻ってもつらいよね?」
大凶は僕の気持ちに共感するかのように、相槌を打つ。
一体、僕の何を知っているのだろう?
「びののことなら、なんでも知ってるよ。だって、坊やの未来を見てきたからね」
そうか、大凶は心が読めるんだった。
「そんな辛い現実に自ら戻ろうなんてことしたくないよね」
僕は何も答えることができなかった。
「何も言えないくらい心に傷を負ってしまった、そんな哀れで救いのない坊やに提案がある」
「提……案……?」
大凶は何を言っているんだ?
「俺と手を組まないか?」
「手を組む?」
「そうだ、三浪し、ひきこもりになり、会社を潰すという未来は、坊やが元の世界に戻ればの話だ」
「元の世界に戻れば……」
「そう、坊やが元の世界に戻らなければ、俺がみせた未来は回避できるぜ」
蜘蛛の糸のような細い細い希望を垂らしてくる大凶。
「本当?」
「ああ、本当だ。俺の要望を聞いてくれればな」
「僕に……何をしろというんだ?」
「何、難しい話じゃない。坊やは、『大凶がもしかしたら、僕の元の世界にいるかもしれない』……って思ってさえしてくれればいい」
何故、そんなことを?
「ジオフの世界を坊やにやるから、坊やの元居た世界を俺にくれって言ってんだよ」
「僕の元居た世界をあげる?」
「ああ、そうさ。2100回以上も同じことを繰り返して、この世界に飽きてきたんだよ。だから、俺は新しい世界に進出しようかなって思ってな。悪い話じゃないだろ?」
確かに、悪い話じゃない。
「坊やが元の世界を差し出せば、俺はこのジオフの世界から消える。俺がこの世界から消えれば、坊やは、ジオフので、大凶を倒してくれた英雄だ。そうだろ?」
確かにそういうことになる。
「2100回以上も同じことを繰り返して、この世界に飽きてきたんだよ。だから、俺は新しい世界に進出しようかなって思ってんだ。坊やが元の世界を差し出せば、俺はこのジオフの世界から消える。俺がこの世界から消えれば、坊やは、ジオフの世界で、大凶を倒してくれた英雄だ。悪い話じゃないだろ?」
確かに、僕はこの世界で英雄になれる。
悪い話じゃない。
「どうせ元の世界に帰っても、元の世界の現実が坊やを襲うんだぜ? それなら、このジオフの世界で好き勝手生きたらどうだ? それなら、俺もこれ以上、因果律・畏怖は使わねーでやるよ」
ああ、そうか、そうだよな。
元の世界に戻ったって、辛いことばかりだ。
この提案を受けるのも悪くはない。いや、かなりいい条件だろう。
「そうそう、その通り。元の世界に帰ったって、苦しいもんな? 辛いもんな? だから、俺たちで世界をかえようぜ」
なんという甘い誘惑だろうか……
元の世界での勉強に人付き合いに就職という困難と今ここで決別できるのだ。
「坊やは、覧ちゃんみたいに、賢いわけでもないし、人に誇れる特技があるわけでもないんだからさ」
その通りだ。僕には何もない。
本当に何もない。
「俺が断言してやる。坊やは元の世界で生きる価値がない。俺と手を組もう」
大凶は、手をとろうともう一歩近づいた時、
キラーン
……何かが光った。




