覧、びのに作戦を伝える
次の日の夕方
「これから、増強を倒しに、業火の砦へと向かう。これは、弔い合戦だ。気合いれていくぞ!!」
外の壇上に立ち、士気を高めるキデギス様。
「うぉーーーー」
キデギスの指揮に呼応する魔王討伐軍の精鋭たち。
「今回は、近況を破った、勇者びのも参戦してくださる!!」
「どうも」
紹介されたので、頭をぽりぽり掻きながら、キデギス様の隣に立った。
「うぉーーーー」
僕が挨拶すると、テンションをあげる魔王討伐軍。
「早馬の情報によると、業火の砦にはすでに、モンスターの巣窟となっている。勇者びのの体力を温存するためにも、魔王以外のモンスターは、できる限り我々で倒していくぞ!!」
「うぉーーーー」
僕の体力を温存するというのは、僕がステータス1なのを隠すための建前で、覧の作戦なんだけど、そんなことは気付かず、テンションをあげる魔王討伐軍。
「作戦は、各々のリーダーに伝えてある。それでは出発」
「うぉーーーー」
興奮そのままに、僕と覧は、荷馬車に乗り込んだ。
「さて、びの君」
「びの君に重要な作戦がある」
重要な作戦と言われ、僕は、ごくりと唾を飲んだ。
「どんな作戦?」
「もし、増強を見たら、まずは、ボクが相手をする」
「ふむふむ。で、僕は何をすればいいの?」
僕は、与えられた役割をきちんとこなすぞ。
「びの君は、全力で逃げて欲しい」
「ふむふむ。全力で逃げる……え? 今、何て言った?」
聞き間違いだろうか、逃げるって聞こえたんだけど……
「もし、増強を見たら、びの君は、全力で逃げて欲しい」
聞き間違いじゃなかった。
「いや、ちょっと待ってよ。覧は戦うんだよね? 何で僕が逃げないといけないのさ?」
僕は用なしってこと?
「それが、作戦だからね」
「嫌だよ、魔王を目の前に逃げるなんて……」
「これも、増強を倒すためなんだよ。ボクを置いて、1人で逃げるんだ」
「何? その作戦?」
やっぱり、僕は必要ないってこと? 僕はいらない人間ですか?
「いいかい、びの君、これは、鬼ごっこなんだよ」
「鬼ごっこ?」
「そう、鬼ごっこ。びの君が増強に捕まれば負けて、捕まらなければ勝つっていう鬼ごっこ」
「それって、逃げるが勝ちってこと?」
「まあ、端的に言うと、そうだね」
「魔王を相手に逃げて勝ちなんてことあるの? 一応僕、世界を救う、勇者だよ?」
僕は、全く頼りのない勇者だけど……
「ん? 逃げるのは好きじゃないのかい?」
「好きじゃないとかじゃなくて、逃げるなんて格好悪いじゃないか」
「三十六計逃げるにしかずという言葉があってね、びの君」
「また、『敵を知り己を知らば、百戦危うからず』……でおなじみの、損死?」
僕はあえて『そんし』のイントネーションを換えて尋ねる。
「孫子とは、また違う人の言葉なんだけど、逃げることも重要な選択だってこと」
「逃げることもあり? そんなわけないよ。ラノベやアニメの主人公を見てご覧よ。どんな敵からも逃げないって言ってるじゃないか」
「逃げないことは美徳かもしれないけど、人生、逃げたほうが良い場面だってあるんだよ」
「それってどんな時さ?」
「魔王・増強と対峙した時だね」
何か、うまく乗せられている気がする……
「逃げることは悪いことじゃないの?」
「逃げるのが悪いというのは、思い込みさ」
「思い込み……」
「逃げることを否定的に捉えるなんて馬鹿げてるよ。逃げた先にあるものが、決して悪いものとは限らないんだし」
覧は、逃げることの大切さを僕に説こうとしていた。
「そうなの? じゃあ、僕は逃げたくなったらいつでも逃げていいってこと?」
「いつでもとは言ってないよ。逃げたらいけない場面でさえ逃げることは悪いことだから」
「その場面は、どう判断するのさ?」
「それは、難しいね。時と場合によるし。でも今回に限って言えば、びの君、お逃げなさい」
歌を歌うかのように、僕にお逃げなさいという、覧。
「そう言われると逃げたくなくなる」
「いいの? 逃げないで? 人生で逃げることを人に推奨されるなんてめったにない貴重な体験だとボクは思うけど」
いや、貴重な体験かもしれないけど、そんな体験したくない……っていうのが本音だ。
「びの君、今回だけお願いできないかな?」
頭を下げる覧。
「今回だけだからね」
僕はしぶしぶ承諾する。
「当たり前だよ。びの君に逃げ癖がついても困るし。まあ、逃げ癖がついて困るのはびの君なんだけどね」
逃げ癖がついて困るのは僕自身か……
「逃げるって選択は、難しいんだね」
「安易には選択できないけど、勇断で逃げるという選択しなくてはいけない時もあるってことを覚えておけばいいんじゃないかな?」




