びのと覧、近況との決着をつける
死後の世界があるのだとしたら、こんな霧深いところなのかもしれない。
ボクは、目を凝らして辺りを見回した。
やはりなにもない。
どこを見ても真っ白。
まるで、世界が終わってしまった後のような空間。
耳を研ぎすまて、音を探す。
なにも聞こえない。
まるで、全てが終わったみたいな静けさ。
においもない。
辺りを照らそうにも、魔法は全てキャンセルされてしまう。
ただ真っ白い空間を、ボクは1人で歩き続けていた。
近況の言ってた偽物にさえ遭遇していない。
もうすぐ、近況の言っていた時間だ。
偽物というのは、何かの隠喩だったのか?
思考を止めるな。
考えろ。
このまま何もないなんてことはないだろう。
そう思った瞬間、霧が晴れてきた。
5メートルほど先には、びの君が泣きながら、銃を持っている。
「びの君、どうしたの?」
「覧!」
びの君は、ボクに向かって銃口を向け、バキューンと撃った。
銃弾は、ボクを避けて、ボクの背後へと消えていった。
「もうっ!! その銃は、0距離でもない限り、人間のボクに当てようとしても、当たるもんじゃないんだよ? 敵ならまだしも」
ボクの説明したことを忘れているのだろうか?
「うん、そうだよね。覚えてたよ、僕。覧を信じて本当に良かった」
「ん? どうしたの? ボク、霧の中を歩いていただけで、近況と遭遇しなかったんだけど……」
「僕が、近況の偽物2人を相手にしていたからね」
言いながら、びの君は心臓をおさえて苦しそうにする。
「え? 2人? 大丈夫? 心臓苦しいの? 怪我?」
「怪我じゃないよ」
「でも、なんだか苦しそうだよ?」
「覧の姿をした偽物を銃で撃ったから、心が痛んだのかも……大丈夫、時間が経てば治るよ」
「そっか」
一時的な精神的な痛みだろう……
ボクは安心して胸をなでおろした。
「それでびの君、偽物は?」
「偽物の僕と覧がさっきまでここにいたんだけど、倒したよ」
「びの君が?」
「うん、そう」
「うわっ、偽物のクオリティ低そう……」
びの君にも見分けることができたのだとしたら、きっと、ブロッコリーとカリフラワーを見分けなさい……程度の問題だったんだろう。
「そんなことないよ。偽物に容姿は瓜二つで、記憶も、能力も一緒だったんだ」
「分かった。真実の愛があれば偽物を見分けられるってやつでしょ? それなら、ボクとびの君の愛の勝利だね」
「愛……じゃないかな」
「なんですと!! じゃあ、どうやって偽物を見分けたの?」
偽物のびの君を見分けることができたとしても、偽物のボクをびの君が見分けられたとは到底思えない。
「覧のつくったこのエア・ワンのおかげだよ」
「え? エア・ワンの?」
「うん、僕がエア・ワンを撃った時、0距離じゃなかったにも関わらず、覧に弾が5発も当たったんだ。だから、目の前にいる覧は、偽物だって気付けたんだ。本当にありがとう、覧」
びの君は、僕に抱きついてきた。
「ねえ、びの君、君、本物だよね? 偽物じゃないよね?」
「どうしたの? 覧?」
ボクは目の前にいるびの君を疑わざるを得なかった。
だって、いつものびの君だったらボクに抱き着いてなんかこないもの。
「ファイヤー」
もうすっかり暗くなってしまったので、覧が魔法を唱え、手のひらから炎を出し、辺りを明るく照らす。
「うわっ、この城、ぼろぼろじゃないか」
「新しかった城は、近況の幻術だったみたいだね」
「じゃあ、近況の幻術がとけたってことは……」
「勝ったんだよ、びの君」
「やったよ、覧」
「はやく城を出て、みんなにもしらせよう」
二人で外へと出た。
「びの様と覧様だ。二人ともご無事だぞ」
僕達は、大樹の城の前で、兵士たちと合流する。
「お怪我はありませんか?」
「うん、二人とも、ぴんぴんしてるよ」
「それで……近況は……」
「倒したよ」
兵士たちは、おおーと歓声をあげた。
「ありがとうございます」
大佐は地面にくっつきそうなほど頭を下げた。
「さすがは勇者様」
「いやー、それほどでもないよ」
久々に家族以外から褒められた。
褒められるって、なんだかこそばゆいな。
「それでは、早速、早馬を走らせて、城に報告を。王子もさぞお喜びになるでしょう」
「僕たちは、馬車の中で眠っていてもいいかな? 疲れちゃった」
「ええ、護衛はお任せください」
僕達は二人並んで馬車に乗り込む。
「覧、お疲れ様」
「よくやったね、お疲れ、びの君」
僕は、覧の声を聴くと眠気が襲い、僕は倒れるように眠り込んだ。
「びの君、びの君」
「ん? 覧」
目を覚ますと、どこかの天井が視界に入った。
あれ? ここ、どこだ?
ぼやけた視界には、覧の顔が目に入った。
そうだ、ここは、馬車の中で……
……って、これ、覧の膝?
「うわっ、ごめん、僕、覧の膝の上で寝ちゃったみたいで」
「いや、いいんだよ、びの君。久しぶりにびの君の寝顔を堪能できたから……」
「ん? 何か言った?」
「いや、何も」
「ところで何かあったの?」
「家の近くまで着いたから、ここで降りようかと思って、起こしたんだ」
「すみません、本当であれば、魔王の1人を倒した祝勝会をするのですが、もう深夜になってしまいましたので、明日ということになり、それなら、お家までお送りしますと申し出たところ……」
「ボクが断ったんだ。軍の目的は名目上は湯治だからね。誰も魔王を倒しに行ったなんて思ってない閑静な住宅街で夜遅くに馬車が来たら、ご近所さんに迷惑かけちゃうからね」
「ああ、確かに」
「ここまで送っていただいて、ありがとうございました」
「あれ? でも、サイレント・フィールドを使えば迷惑にならなかったんじゃ……」
「極力無駄なMPは使わないに越したことはないよ」
「それもそうか」
僕と覧は、帰路についた。
「おはよう、びの君。昨日はお疲れ様」
「覧も、昨日はお疲れ様」
「いや、ボクは正直、何もしてないよ。霧の中をただ歩いていただけだし」
「それでも、お疲れ様。覧がいなかったら、きっと僕は、近況を倒すことはできなかったよ……」
「そんなことないと思うけど……」
「いや、覧なしでは、この偉業は達成できなかった」
「そっか。じゃあ、もっと感謝するが良い」
「はっはー、覧様、ありがとうございます」
僕が土下座の真似をする。
「「あはははは……」」
何が面白かったわけでもなかったが、二人で笑いあった。
「ところで、びの君、もうお昼過ぎるけど、ご飯はどうする?」
「うーん、僕はいいや。夜は、お祝いに城で御馳走がでるんでしょ?」
「うん、そうらしいね」
「まだ、3体も魔王が残っているのに、祝勝会なんかしてていいのかな?」
「まあ、いいんじゃないかな? 城で祝勝会があったとわかれば、町の自粛ムードも変わるだろうしね」
本当にいいのだろうか?
「ちなみに、びの君はどんな格好で出るの?」
「え? いつも通りの制服だよ?」
「貴族が、びの君の話聞きたがるよ? ここは、燕尾服着ておこうよ」
「いやいや、そんなの着ないよ……って、覧、その姿……」
「ティアラ型のメイキャップとイブニングドレスだよ。似合ってる?」
覧は、メイキャップで青いイブニングドレスに変身していた。
上品なロングドレスで胸元には桜を含めた複数の花があしらってある。
「似合ってるよ……って、それどうしたの?」
「えへへ……奮発して買っちゃった。」
「買っちゃった……って、それ、今日買ってないよね? ミドラさんのところに行ったときに買ってるよね?」
「あれー? いつ買ったんだっけな? まあ、ミドラさんのところには、毎日のように寄ってるから忘れちゃった」
僕は知っている。
忘れちゃった……としらを切る時の覧は、絶対に忘れてなんかいないということを。




