びのと覧、サンダードラゴンのイフリート焼きを食す
5月8日、誤字を修正しました。
「僕たちは観光にきたんじゃないんだよね? 覧?」
「そりゃ、そうだよ。魔王を倒しに来たんだから」
「じゃあ、なんで、こんな現地で有名な観光用の高級レストランに入ってるんだよ!!」
「それは、魔王を倒すための、腹ごしらえだよ、びの君。目標を見失ったらいけないよ」
くっそー、色々言いくるめられてる気がする。
「ほら、ここなら、メニューの値段を見ながら計算して食べれば、大きなお釣りはいらないわけだし。」
いや、それはそうかもしんないけどさ。
「実は、ボク、ミドラさんに予約がなくても行ける、高級レストランの情報、聞いておいたんだ」
「抜け目ないな」
「そりゃ、ボクは、先の先まで考えて行動しているからね」
『先の先まで考えて』……というよりは、『異世界の高級料理はどんな味か知りたいという覧の好奇心』……の方が適切な表現だと思う……
「ただ、アイスキャンディーがないのが、残念。裏メニューとかであると思ったのに……」
「もしかして、裏メニューにアイスキャンディーがあるかどうかを確認するためだけに、高級レストランまで足を運ばせたの?」
「普通に高級レストランの話しを切りだしたら、びの君は貧乏性だから、反対するでしょ? 元の世界でもそうだったし」
「いやね、僕も高級レストランの料理は好きだよ。マナーが面倒だから行かないだけなんだよ」
「それって、ジオフの世界でも、マナーが面倒だからって理由で反対するってことだよね?」
「まあ、しただろうね」
100パーセント。
「アイスキャンディーがなかったんだから、腹いせに異世界の名物を食べまくろう」
やっぱり、覧、観光気分だよね?
…………
……
「はい、ご注文の品、サンダードラゴンのイフリート焼きアル」
チャイナ服を着たお姉さんが、マンガで出てきそうな原始人の肉を持って来た。
「ほら、イフリート焼きだって」
多分、イフリート焼きとは、ただの丸焼きのことを言うんじゃないだろうか。
僕の視線の先にある厨房でおんなじものを丸焼きにしていたし。
「ほら、びの君、そんな難しい顔しないで」
そんな甘えたような表情で言っても、誤魔化されないからね。
「……あーん」
覧が厚く切り分けたサンダードラゴンのイフリート焼きを僕の口の前に持ってくる。
覧の「あーん」なんかで、僕のご機嫌なんか戻らないんだからね。
まあ、あーんされたら、食べるけど。
覧が差し出しているサンダードラゴンの肉を僕の目が認知した。
見た目は、牛タンを厚く切ったような形。色はマグロの刺身のように赤身を帯びている。
煙のようにわもわとでてくる蒸気が、僕の眼鏡を曇らせ、視界を遮ろうとする。
例えるなら、マグマから噴出された赤い溶岩のようだ。
噴出している蒸気とともに漂う香り。香辛料と肉の焼いた香ばしい香りが、僕の脳に直接語りかけ、僕に空腹を思い出させる。
ぐぅと鳴ってしまった僕の腹時計を皮切りに、僕は、あーんと口を開けて、ぱくりと口の中に入れた。
肉を口の中に入れた瞬間、香りは僕の口の中に閉じ込められ、逃げ場を失った蒸気は、鼻から抜け、僕の鼻孔を内側からもくすぐる。
得も言われぬ感覚に満たされると同時に、舌の上でサンダードラゴンの肉の脂がとろけだした。
一噛みすると、噛む必要などないくらい柔らかいお肉とあふれ出す肉汁。
表面をただただ豪快に丸焼きをしただけでは、この柔らかさはだせない。サンダードラゴンを何日も熟成させてから焼いているに違いない。
焼き方にもこだわっている。分厚い肉の中心まで火を通すために、何時間もとろ火にかけていたのだろう。肉の内部までしっかりと火が通った後、厨房へ持っていき、豪快な火を使い、パフォーマンスをすることで、お客の目を楽しませると同時に、表面を焦がしうまみを凝縮させているのだ。
料理の名のとおり、火の精霊イフリートのように火力を微調節できなければ、できない逸品。
ん? 味以外にも口の中全体に感じるぴりっとした感覚……
これは、胡椒?
いや、違う。胡椒であれば、舌先だけがぴりっと辛くなるはずだ。
口の中全体をぴりっとさせている正体は、なんなのだ?
僕は、ゆっくりと咀嚼をした。
……そうか! これは、サンダードラゴンの肉を噛むことによって表出する食感だ。
サンダードラゴンは死してなお、その肉に電気を溜め込んでいるのだ。
噛むごとにしみ出してくる肉のうまみとともに、蓄電された微量の電気が放電されることによって口の中全体に広がるアクセント。
脂がのっていて溶けそうな食感なのにも関わらず、決してしつこくない脂とジューシーな赤身。この比率を黄金律と称してもいいのではないかと思えるくらい、絶妙なバランスのお肉だ。
そして、ずっと噛み続けていられるのではないかと錯覚してしまうほどの噛み応え。
ああ、まだ、僕は味わい続けていたいんだ。このお肉を。
僕の気持ちとは裏腹に咀嚼をするたび、じわじわとちょっとずつ、ちょっとずつ口の中で小さくなっている。
何だろう? この感覚は?
そうだ。昔、お父さんとお母さんと覧と僕、みんなで楽しんだ最後の線香花火を髣髴させるような寂寥感だ。
まだ、終わってほしくない。この時間で、永遠に止まってしまえばいいのにと願わずにいられなかったあの夏の日を思い出させる味……
もはや、咀嚼が不可能な小ささになり、仕方なく、肉をごくりと飲み込む。
炭酸飲料を飲んだ時のようなしゅわしゅわ感が僕の喉を襲った。
なんということだろう? のどごしまで素晴らしい。
消えてしまったと思っていた線香花火が、まだ生きていた時のような驚きと感動がこのサンダードラゴンのイフリート焼きにはあった。
筆舌に尽くし難いほどの圧倒的美味しさ!!
僕は、今、幸せだー
「びの君、すごく幸せそうだね?」
覧が意地悪そうな顔でにやりと笑って僕に聞いてくる。
「覧、筆舌に尽くし難い美味しさだよ。全然言葉に表せないや。こんなの初めてだ。感動した」
こういう感動を味わった時、どう表現すればいいのかな?
あ、そうだ、感謝の気持ちを店員さんに伝えるとかしたほうがいいんだろうか?
店員さんにチップを握らせるとか?
異世界の文化だからよくわかんないぞ。
「あ、ちなみに、ここのレストランはチップ要らないらしいよ」
さすがは覧、僕のこと良く分かっている。




