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「……お前、さ」
「うん?」
俺の呼びかけに応えて穏やかに笑う彼の顔に、雨粒が落ちる。
「最後の、わざとだろ」
あるいはそれは、俺の涙だったかもしれない。
「やっぱり、わかるか」
眉間に銃口を突き付けられて、それでも彼はただ穏やかに笑う。
「ごめん。俺さ……最初からその気だった」
「だろうと、思った」
力ない吐息に血が混ざる。
あの一瞬、彼はわずかにその狙いをずらした。
結果、光線はヴィスタの胸を貫き、銃弾は俺の身体をわずかに掠めるに留まった。ヴィスタは冷たい床に横たわり、俺はそんな彼を見下ろしている。
「俺に、裏切ってもいない君を殺せるわけがないだろう。例えそれが任務だったとしても」
「……知ってたのかよ。なら、自分には無理だって、言えばよかった」
「俺に、そんな心無いことを言えるわけがないだろう。あいつがあんな酷い顔をしてたんだ」
あいつ。きっと――裏で全部を仕組んでいた兄のことだ。
そういえば、ヴィスタは彼とも親しくしていたっけ。2人の間でどんなやり取りがあったかは知らないが、もしかしたらヴィスタは全てを知っていたのかもしれない。
俺は奥歯を噛みしめてぎゅっと目をつぶった。この青年は、優しすぎる。
「そんなんだから……お前は損ばっかりなんだよ」
「自分が甘いことくらい、わかってるさ」
責めるように言っても、彼はただ笑うばかり。
思えば、彼はいつも笑っていた。きっと、その笑顔の下に色々なものを抱え込んで隠していたに違いない。
どうして俺は、今まで気づかなかったんだろう。どうして俺は、今になって気づいてしまったんだろう。
俺が彼を殺す気で戦っていたことは確かだ。確かだが、こんな形で決着が付いてしまった以上、ここでヴィスタを殺すことに意味なんて見いだせなかった。
今すぐ病院に担ぎ込んだら彼は助かるだろうか――という考えが一瞬よぎる。
「……ダメだよ。俺はもう、ダメだ」
しかし、そんな俺の考えを読んだかのように、彼ははっきりと告げた。
でも、と反論したくても、彼の言っていることは正しいとわかってしまう。
目の前の青年がもう助からないとわかってしまう自分も、それを為すだけの力があった自分も、今この瞬間はただただ恨めしかった。
勢いを増す雨が、屋上の血だまりを洗い流していく。ヴィスタの存在が、その証拠が、希薄になっていく。
「ごめん……酷いこと言ったりして」
この期に及んでそんな小さなことを気にする彼がおかしくて、俺は場違いだとわかっていながら小さく笑った。
「誰が今さら、そんなこと責めるかよ。別に……本気でそう思ってたわけじゃなくて……ただ、俺を挑発するためだったんだろ?」
「本気で――戦ってほしいと、そう思ったのは確かだけど……少しだけ、本音だった。俺も、自分がそう思ってるなんて気づいてなかった、けど」
申し訳なさそうに語る彼の言葉を、俺はただ黙って聞いていた。
「一度言い始めたら、止まらなくて。自分が自分じゃなくなったみたいに――考えがまとまらなくて。もし……さっき、雨が降り始めなくて、その冷たさで我に返らなかったら……俺は、本当に君を殺していたかもしれない」
そうならなくて本当によかったと、琥珀色の瞳が細められる。
だけど、俺は。
「全然、よくねぇよ。どうして……どうして。それしか、なかったのかよ」
「言っただろ。俺は、甘さを捨てられなかった。1人の友人を殺す覚悟も、もう1人の友人を見捨てる覚悟も、できなかった」
やるべきことは全て終わったとばかりに満足げな笑みを浮かべるヴィスタを見ているのが悲しくて、辛くて、何故だか無性に腹立たしかった。
「だからって、自分が死ぬのかよ!? そんなの、間違ってる……だろ」
こうやって彼にその苛立ちをぶつけることは、全くの無意味だ。言いながら虚しくなってきて、俺の言葉は頼りなく消えていった。
この状況の何もかもに、意味がない。もう何かをする意思がない彼に、決着が付いたその瞬間からタイミングを失って向けたままになっている銃口にも。
そう思って銃を引っ込めようとすると、震える手に銃身を押さえられた。
「……殺してくれよ」
「――っ」
何も言えない俺の目を、琥珀色の視線が強く射貫く。
「なあ、殺してくれ」
もう一度、はっきりと。
「……結構、辛いんだ。もう、楽にしてほしい」
どうせ死ぬんだから、と。その言葉を、俺は否定できない。
自分の弱さを痛感した。こうなってしまう可能性だって考えていたはずなのに、いざとなってから覚悟など何もできていなかったことに気づく。
その弱さのせいで、彼を長く苦しめるのか? そんなわけにはいかない。
ぐっと歯を食いしばって、心が痛いのを無視して、深く息を吸った。
「わかった。何か、言い遺すことは」
「ああ……そうだな。じゃあ、君の兄貴に――」
目を閉じて彼の言葉を聞く。それはどうしようもないくらいに自分のことなど考えていなくて、彼らしいと言えば彼らしい言葉だった。
「直接、伝えればいいのに。どうせ来てるんだろ?」
「最期にさっさと死にたいってわがままくらい、許されるだろ」
「…………」
肯定も否定もできずに、黙り込む。
死にゆく親友にもっと言いたいことが、伝えたいことがたくさんあるはずなのに、言葉が出てこなかった。
この1年どんな人と出会って俺がどんな風に成長したかとか、どんな素敵な発見をしたかとか。〝ゼレイド〟では言えなかった、感謝の言葉とか。
せめて、最後だけでも。
「ヴィスタ」
微笑む彼の顔が段々青白くなっていく。
「ごめん、ありがとう」
そんな短い言葉では、到底足りそうもなかったけど。
「ん、こちらこそ――ありがとう。君に……会えて、よかった」
気持ちを切り替えて、すっと目を細めた。心情に引っ張られてしくじったりしたら、余計に彼を苦しませることになってしまう。
「……動くなよ。すぐ、終わるから」
「動きたくても、動けないさ」
その引き金は、今までにないくらい重かった。しかし、手が震えることはない。
「おやすみ、ヴィスタ」
「……おやすみ、氷雅」
おやすみ。彼を貫く光線は、その言葉にふさわしく静かに消えた。




