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 屋上から屋上へ、目的地に向かって跳び渡りながら、ふと思った。

今はホルスターに収まる純白の拳銃。いざ彼と顔を合わせたとき、本当に俺はそれを抜けるんだろうか……増幅(ブースト)のおかげもあってかほとんど重さを感じないはずの小さな拳銃が、そう思うだけでずっと重く感じられる。


〈心配ですか?〉


 音声として聞くのとはまた少し違う声が脳内に響いた。


 本当にこのAIは察しがいい。「隠し事はできそうにないな」と俺は笑った。


〈心配だよ、すごく。紫音さんが俺のことを信頼しきってるのも少し重い〉


〈氷雅さんの実力を甘く見ているわけじゃないですが……紫音ったら本当に氷雅さんのことを過大評価してますよね。全く、どう拗らせたらあんな風になってしまうんだか〉


 ジュリーがため息を吐く姿が目に浮かぶようだった。そんな彼女にさらに負担を掛けるのは例えAIとわかっていても忍びないが、しかし俺はジュリーに言わなくてはいけないことがある。


〈あのさ、ジュリー。あいつを見つけたら、全部終わるまで通信を一切遮断してもいいかな〉


 数秒の間の後、落ち着き払った声が聞こえてくる。


〈何故です?〉


 俺は深く息を吸ってゆっくりと、説明するというよりは自分に言い聞かせるような調子で告げた。


〈いざヴィスタと会ったら、俺はどうなるかわからない。けど、ジュリーが相手でも情けないところは見せたくない。……あとは、何ていうか。ただ単に、2人にしてほしいっていうか〉


〈1年振り、でしたよね。確かに、その場にはいなくとも他人が様子を窺っていたら嫌ですね〉


 どうやら受け入れてもらえそうで、俺はほっと息を吐いた。


〈ありがとう。あ、それから〉


〈紫音には内緒、ですか?〉


 くすくすと笑う彼女に「心配するだろうから」と肯定の言葉を返して、前方に目を凝らす。彼の金髪の色が、モノクロの廃ビル群にぽつりと浮いて見えた。


〈ジュリー〉


〈はい〉


 そこは、1年前の――そして昨日の、あの屋上。


〈……じゃあ、また後で〉


〈待ってます。行ってらっしゃい、()()


 不意に変わった呼び方のことを問う前に、ぷつりと音がする。それっきり、あの敏いAIの声が聞こえることはもうなかった。


 しかし……ああ、これでいい。彼女がいたら、俺はきっと甘えてしまうから。


 軽く音を立てて、屋上に降り立つ。振り返る彼は、俺が来るのをやはり待っていたらしい。


「……ゼロ?」


()()()()、ヴィスタ」


 首を傾げてかつての愛称で俺を呼ぶ青年に、肯定の言葉を返す。


「遅かったな。大分待ったよ」


 その微笑みは、今日も寂しげだった。


「悪かった。色々立て込んでてさ」


 にやりと笑うと、彼は驚いたような顔をして、


「……ゼロ。冗談なんて言えるようになったのか」


「馬鹿にしてるだろ?」


「とんでもない」


 俺の態度こそ以前とは全く違うものの、束の間のやり取りはかつての日々を思い出させる。が、郷愁を断ち切るように俺はその言葉を告げた。


「あのさ、ヴィスタ。やっぱり、それでも……お前は、俺と戦うか」


 口に出した途端、一瞬でその表情を消した青年の背中から何かがゆらりと立ちのぼったような気がした。


「――馬鹿に、してるだろ?」


「いや、ごめん。……わかってたさ。一応確認――未練も躊躇もなく、俺が本気を出せるように」


 そう、今さらどうしようもないことなんて、最初からわかっていたんだから。それを改めて確認してなお心が痛むのは、俺が背負うと決めた以上仕方がないことだ。


「なるほど。なら俺も遠慮する必要は、ないよな」


 まさか、と顔を上げる。彼らは副作用のある薬で無理に戦っているのだ。茜や凪が相手をしている奴らはおそらく主作用副作用を共に抑えたものを使っているが、ヴィスタは今「遠慮する必要はない」と言った。


 俺の予感は、次の瞬間に確信に変わる。彼が取り出したその錠剤の数は、かつて俺が使ったのよりも明らかに多かった。


 馬鹿みたいにポップな色合いをした〝それ〟を、彼に飲ませてはいけない。そうなれば、勝つとか負けるとかそれ以前に、彼はきっと〝帰れなくなる〟。


 それでも、わかってしまった。彼我の距離数メートル。増幅された感覚と取り戻した勘と頭の中のチップが告げる。もう、間に合わない。



 がりっ、と、嫌な音がした。

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