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「準備はできた? 忘れ物はない?」
研究所の屋上で、深呼吸する俺に紫音さんが問いかける。
「……はい。大丈夫、です」
ゆっくりと答えると、彼女は「よろしい」と満足気に言って耳に手を当てた。
〈茜、凪。こっちはOKよ、今そっちはどうなってる?〉
なるほど。この通信は、複数人で同時に繋げることもできるらしい。
〈あたしの方はこのままで大丈夫。さっき1人無力化して拘束したのをその辺の廃ビルに放り込んだから、後で回収よろしく〉
〈ん、私も1人で支えられる〉
2人の報告を聞いて、部隊長はにんまりと笑う。
〈了解、でかしたわ、茜。――それから〉
緑の瞳がちらりと俺の方を見た。少し間を置いてその意図に気づいた俺は、慌てて彼女の言葉を引き継ぐ。
〈――あの。2人とも、ヴィスタのことは見てないか〉
「へぇ」「ん」と少し驚くような思考が伝わってきた後、茜が納得したように言った。
〈さっき学校で会ったとき、雰囲気が今までとちょっと違うと思ったんだけど……そういうことだったわけ、ゼレイド。昨日の金髪ならこっちにはいないけど?〉
〈私の方にも〉
2人の言葉に、俺は口の端を釣り上げた。予想通り、だ。
〈わかった、助かる。そっちは任せるから、よろしく〉
〈言われなくてもわかってる。あんたも気張んなさいよ!〉
相変わらず刺々しくも、初対面のときより少しだけ柔らかくなったような気がするその物言いに苦笑いしながら通信を切る。
隣を見れば、今や俺の司令官である彼女は大きく頷いた。
「どうせだし、派手にやっちゃいましょう。〝彼〟にも見えるように」
「そうですね」と俺も頷いて、先ほど紫音さんに渡されたそれを取り出す。
純白の拳銃。色以外、細かいカスタムに至るまでも以前俺が使っていたものとほぼ同じなのは、少しばかり恐ろしい気がしないでもない。けれど、手によく馴染むその感覚が今は頼もしかった。
瞼を閉じて、大きく息を吸う。努めて恥ずかしいと思わないようにしながら、その言葉を口に出す。
「増幅――」
身体の中で、何かがぞわりと頭をもたげたような気がした。
「――凍結彗星」
ぱちり、と目を開けた瞬間、目に飛び込む情報量の多さにくらくらしそうになった。はるか遠くの景色まで、はっきりと見える。
「うん、問題なし。五感の情報量がかなり増えてて辛いかもしれないけど、その分脳のキャパも上がってるからあとは慣れの問題よ。はい、次どうぞ」
眩しさにも似たその感覚に何度も瞬きしていると、いつの間にか取り出したタブレット端末でモニタリングしていたらしい紫音さんが言った。
「了解しました」
拳銃をしっかり握って、銃口を斜め上へ向ける。
大事なのは、イメージすること。ここに来るまでに紫音さんに言われたことを頭の中で復唱するが、焦り、逸る気持ちのせいで集中できない。
上手くやれるだろうか。早く、早く彼のところに行かなくてはならないのに。
「落ち着いて」
内心が表情に出ていたのだろうか、彼女はそう言ってぽんと俺の肩に手を置いた。
「試し撃ちができればそれでいいんだから、変に気負わなくても大丈夫」
こくりと頷いて、もう一度深呼吸。こうしていても時間は過ぎていくばかりなのだから、いつまでも悩んでいるくらいならさっさとやってみた方がいい。
思い切って引き金を引いて、その反動の軽さに驚いた。続いて、想像していたよりもずっと鮮やかで透き通ったその青に驚く。
青い光線は尾を引くようにしてあっという間に見上げるほど高くまで達した。曇り空とのコントラストがまるでCGのようだった。
これなら、いけるかもしれない。
そう思った瞬間、ぱきぱきっという微かな音が聞こえてきた。と同時に光線が一気にその輝きを増し、弧を描くように下降する。
それは、まさしく〝彗星〟だった。
その光景を生み出したのが自分であることも忘れて、銃を構えたままその彗星に見とれる。隣で紫音さんがうっとりしたようなため息を吐くのが聞こえてきて、はっと我に返った。
そういえば星彩の技術は機密事項だと言うが、こんなに目立っているようでは機密も何もないのではないか。
「あの……」
どう言ったものかと彼女の横顔を見つめていると、俺の心を読んだように――もしかしたら本当に読んだのかもしれない――紫音さんは言った。
「大丈夫。今この状況で空を眺められるような一般人はほとんどいないんだから、例えこれを見た人がいて誰かに話したところで信じてもらえないわよ」
なるほどそういうものかと納得する気持ちと、そんなに適当でいいのかという気持ちが混ざり合った複雑な心境でいると、紫音さんが「あ」と声を上げた。
「ほら、聞こえる? 届いたみたい」
適当に話をそらされたのかと疑いながらも思わず耳を澄ますと、次は俺にも確かに聞こえてきた。
銃声が、一発、二発、三発。戦闘時の銃撃音とは明らかに違うリズム。そして音が聞こえてくる方向も、茜や凪が戦っている場所とは別方向のように聞こえる。
間違いない、〝彼〟だ。
身体が震えるのは彼と相対するのが怖いからか、それとも武者震いなのか。どちらだって構わない。俺がやることは、変わらないのだから。
「氷雅の星彩、初めての起動だけど全て問題なし。私からできることは、以上よ」
きっとここまで急な実戦投入は今までになかっただろう。にも関わらず俺の意志を尊重してくれる彼女に感謝しながら、拳銃を腰のホルスターに収める。
「……行ってきます」
この場面で、他に言うべきことはないだろう。俺の静かな言葉に、紫音さんも落ち着いた調子で返す。
「いってらっしゃい。ちゃんと帰ってきてね」
何も答えずに、屋上の塀に足を掛ける。
決着を、つけに行こうじゃないか。




