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「ごめんなさい。そろそろだろうと思っていながら気づけなかった私のミスだった」


 顔を合わせて早々、紫音さんに謝罪された。


「やめてください、前もってわかったところでこれはどうしようもなかったでしょう」


「うん……でも最初の停電を防げたらもっと素早く動けたし……。いや、そんなこと考えてもどうしようもないか。ありがとう、氷雅」


 居心地が悪くなってそう言うと、彼女は顔を上げにっと笑顔を見せるが、すぐにモニターに向き直って忙しなくキーボードを叩き始める。


 会話が途切れてしまったので、俺は思い切って白衣の背中にその質問をぶつけてみることにした。


「あの。わざわざ呼んだのには、理由があるんですよね」


 迷いは未だ晴れないが、このもやもやをいつまでも抱えていたくない。


 俺の言葉に、紫音さんは驚いたように手を止めてこちらをじっと見た。


「……ふふっ、いい表情(カオ)してるじゃない。いいでしょう。ジュリー、こっちは任せるわよ」


『了解しました』


「じゃあ氷雅はついてきて。話は歩きながらでいいわね?」


 無言で頷くと、彼女は白衣を翻して歩き始めた。その後ろを追いかけて部屋を出る。


「私がわざわざここまで呼んだ理由。もちろん一般人に被害を出さないためっていうのもあるけど、もう1つあるのはわかってるでしょ? その顔を見るに、自分なりの答えは準備できてるみたいだけど」


 俺の半歩前を歩く彼女は、振り向くとにやりと笑ってそう聞いた。


「いや、実はまだ迷ってます。でも、俺が戦った方がいい――戦うべきなのはわかります。だから、誰かに背中を押してほしくて」


 正直に告げると、「それも1つの答えじゃない?」と彼女は穏やかな表情で俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。俺は一応顔をしかめてみるものの、不思議と嫌な気分にはならない。


「なら、お姉さんに聞かせてみなさい。中立とは言い難いけど、背中を押すだけならできるわよ」


 紫音さんの笑顔を見ていると何故か、この人がいれば大丈夫だと感じる。未だ短い付き合いながら、この年上の女性は俺のことを否定しないという確信めいたものがあるからだろうか。


 彼女と初めて会う前に凪が言っていた『頼りになる』とはこういうことだったんだろうなと思った。実際、茜や凪もきっと同じように思っているのだろう。


「ええと」


 心の裡の迷いを、なんとかまとめて口に出す。


「何ていうか、うまく言えないんですけど。1年前……記憶を失うまで、俺は一生〝人殺し〟のままなんだと思ってました。それが今では曲がりなりにも普通の高校生してて、なのにここで戦うことを選んだら……その」


「逆戻りしてしまいそう?」


「それです」


 紫音さんがうまく引き継いでくれた言葉に頷いて、たどたどしく続ける。


「それが不安で、また前みたいに中身のない人間になりたくなくて」


「なるほどね。よかった、それなら私でも道が示せる」


 安堵したように呟くと、彼女は不意に立ち止まって廊下の壁に寄りかかり天井を見上げた。


「茜や凪が普通に高校に通って、女子高生として生活してるのは知ってる? 今はいないけど、あとの2人も普段は他の人たちと同じ。私とジュリーは違うけど、それは自分自身でそういう選択をした、言わば『職業軍人』だから。すばるは、足を踏み入れたからといって二度と表に戻れないような場所じゃない。大切なのは、自分の本質を見失わないようにすることなのよ」


「……本質を?」


「そう。氷雅にとって大事なのは友達とこの街で、それを守るために戦う。で合ってるかしら? そういう理由があることを忘れなければ、〝ただの人殺し〟に堕ちることはないんじゃない?」


 つまり、肝心なのは目的。そういうことだろうか。


「ああ、でもあまりに残酷な手段を取るとかそういうのはダメよ。越えちゃいけないラインはあるからそこはちゃんと意識しないと。大事なのは動機だけど、そのためならどんな手段を取ってもいいって言ってるわけじゃないから、そこのところ勘違いしないように」


 今の氷雅ならわかってるでしょうけど、と紫音さんは付け加える。


「……なるほど。そう、ですね」


 彼女の一言一言で、心の中の不安が融けて流れていくような感じがした。


 それは、大義名分による誤魔化しでしかないのかもしれない。


 俺が今後自分の本質を見失わなかったところで、過去の――記憶を失くす前の罪が消えることはない。これから犯すかもしれない罪が、正当化されるわけでもない。


 それでも。戦うことを選んでも、俺が今の俺のままでいられるのなら。俺は、自分が誰かのために戦えるということを証明するために、そして自分がゼレイド――〝虚無(ゼロ)〟ではなく〝涼崎氷雅〟であることを証明するために、戦わなければ、いや……義務感とは違う。戦いたい、だ。


「ありがとうございます。おかげで、覚悟ができました」


「いいってことよ。私たちとしても、その方がありがたいんだし」


 小さく、しかし毅然と告げると、紫音さんはくすぐったそうに笑った。


「さて……じゃ、合意も取れたことだし」


 そう言って一気に悪い顔になった彼女に、何故か背筋が冷えるような感覚を覚える。


「手術のお時間です」

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