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『ストップ。このまま進んだら鉢合わせます』


「助かる、右は大丈夫?」


 片耳のイヤホンから聞こえる声に従って、進路を変更する。ある程度の追手は凪と茜が相手をしているはずだが、抑えきれていないらしい数人が街中をうろついていた。できるだけ早く研究所に行きたいのに、先ほどから思うように進めず焦りが募る。


『問題ありません。その後2つ目の角を左に曲がれば気づかれないで抜けられるはずです』


「了解」


 1年前は部隊の俺以外の7人で茜1人相手に逃げることしかできなかったのに、どうして2人ともが戦っていて取り逃がしが出るのかとジュリーに訊ねると、彼女も納得がいかないといった風に首を傾げた。


『それが……あちらの兵士の能力が、明らかに人間の域を超えて強化されているんです。分析によると――思い出しているなら話は早いですね――ちょうど1年前のゼレイドの下位互換くらいまで。あの2人が苦戦するほどではないですが、さすがに一騎当千とはいかないようで』


 ――まさか。


「……心当たりはあるけど、対処法はない」


 きっと、昨年取った〝実戦データ〟を元に例の薬を改良でもしたのだろう。ジュリーにそう説明をするが、人工音声めいた声の返答はない。


「ジュリー?」


『ああ、すいません。紫音に連絡してレスポンスを待っていました。――状況は把握しましたけど、私がこうしてサポートしていればこの程度の数、「ゼレイド」にはどうってことないですよね?』


「皮肉を言う余裕があるなら、せめて拳銃くらいでも持たせてほしかったんだけどな」


 例え殺す気がなくたって、ただ逃げるしかないのと牽制ができるのとでは大分違う。


『茜に持ってきてもらえばよかったですね』


 お互いに軽口を叩きながら、しかし警戒は怠らずに進む。と言っても俺は彼女の指示通りに動くだけで、考えたり話したりする余裕は有り余っていた。


 茜に言われていたのを思い出して道すがら聞いた事件の概要は、大体俺の考えた通りだったらしい。


 ただ俺を暗殺したいだけならこんなに派手な騒ぎを起こす必要はないのに、と思ってジュリーに訊ねたが、茜と凪のガードは俺の想像以上に固かったようだ。プランを切り替えたのでしょう、と彼女は当然のように言った。


 その後もジュリーの指示を受けながら、俺を追う奴らと遭遇する前に大きく回り込んで回避する。俺自身が索敵をする必要が全くないので楽な反面、慣れてしまったら彼女なしではやっていけないだろうなと思うとぞっとした。


 あまり乱用したくはないが、今回に限って言えばありがたい。ヴィスタに関して言えば今さらだが、命がけで――命を捨ててまで逃がそうとした仲間たちが俺を殺そうとする光景なんてできれば拝みたくない。


 そう、ヴィスタと言えば。思い出してから改めて考えると、昨日は酷なことをしたものだ。


『最期に、もう一度話ができたらいいと思っていたのに』


 その言葉は、きっと彼の本心だったんだろう。あと1日早く思い出していればあんな悲しそうな顔をさせずに済んだのだろうか、と後悔するが、きっと今日記憶が戻ったのは昨日彼と会ったからだ。考えても意味がない。


 彼は……俺を殺すと言った。俺は、どうしたいのか。彼と、戦うことができるのか。目覚めた直後から頭の奥の方をぐるぐると回るその問いに、未だ答えは出ない。


「どうしました?」


 浮かない顔をしているのがバレてしまったのか、ジュリーに心配そうな声を掛けられた。


「……ごめん、なんでもない」


 逃避しても何も変わらないと知りつつ、しかし無理矢理彼のことを頭の中から追い出した。その拍子に思考の表層に浮かんで来ようとした怜のことも同じように抑えつけて、わざと明るいトーンでジュリーに話しかける。


「研究所まで行くのはいいけど、さすがに相手だって張ってるだろ? どうやって入るんだ、隠し通路でもあるのか?」


『――はい。研究所から少し離れた路地裏に、地下通路の入り口がありまして』


 冗談で言ったつもりだったのだが。微妙に顔を引きつらせる俺に気づいてか気づかずか、ジュリーはごく真面目なトーンで続ける。


『マンホールに偽装してあるので……いえ、大多数が下水道とはいえ人が地下に入るための穴がマンホールなのでマンホールそのものと言った方が正しいんでしょうか』


「正直どっちでもいいです」


 苦笑いしながら言うと、彼女もふっと笑った。


『それもそうですね。あ、ここで左へ曲がってください。その裏です』


 よかった。無事にたどり着けそうだ。


 俺は安堵のため息を吐いた。

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