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「……氷雅? どこ行くの?」


 疑念の表情で俺を見つめていたのは、怜だった。


 焦りと驚きを咄嗟に押し隠そうとするが、上手く隠せたかどうかは自信がない。それに、表面を取り繕ったところで彼女の質問には答えられない。


「戻らないの? 早く行かないとみんな心配するよ」


「じゃあ……先行ってて。俺は後から行くから」


 辛うじてそんな言葉を絞り出した俺に、怜は困ったような、それでいて嫌悪するような、複雑な顔をして言った。


「……氷雅、いつもと違う。何か怖いよ、どうしたの?」


 内面の焦りを見透かされてしまったからか、ただ単に友人に負の感情を向けられたからか。気がついたときには、無表情の仮面は簡単に剥がれ落ちていた。


「――っ」


「ねえ、戻ろう」


 こんなことをしている暇はないのに。早く、1秒でも早くこの場を離れないといけないのに。


 でも、今彼女の手を無理矢理振り払ったら、いけない気がする。何か大切なものを失う気がする。


「……放せよ。俺、行かなくちゃいけないんだ。ここにいたらダメなんだ」


「どうして?」


 理由があることを断言すれば諦めてくれるかという意図があった俺の言葉は、そのただならない様子が逆に彼女を焦らせたらしい。間髪入れず聞き返されたが、俺は何も答えられなかった。


 グラウンドにいたのはもう彼女で最後らしく、後ろから他の生徒がやってくる様子はない。ただ俺たちの間には沈黙が流れ、時折思い出したように銃声と爆音が聞こえてくる。


「答えられないの? 答えて、くれないの……?」


 お互いに黙ったまま、さらに数秒が過ぎる。怜は最早彼女自身の指先が白くなってしまうほどに俺の手首を強く握りしめていて、いくら男女で力の差があると言ってもすぐには振り解けそうになかった。


 縋りつくような彼女の表情に、苛立ちが募る。


 怜は何故わかってくれないんだろう。俺はただ、彼女や他のクラスメイトたちを危ない目に遭わせたくなくて、それにこんなところで無意味に時間を費やす意味なんてなくて、


「ねえ、どうしてっ!?」


「放せって――」


 強引な手段を取るべきではないとわかっていたはずなのに、気がつけばその苛立ちを隠そうともせずに怒鳴っていた。


「――言ってんだろッ!!」


 彼女の肩がびくりと震える。同時に、手首の力が少しだけ緩んだ。少し引っ張れば、あんなに強く掴まれていたのが嘘のようにするりと抜けた。


「……怜には、俺のことなんて、何もわかんねぇよ」


 ぽつりと呟いたのは、あの日屋上で言いかけた言葉。しかしあの日と違って、肩は痛まない。俺の言葉を止めてくれるものは、ない。


 俺の言葉に呆然とする怜が、我に返らないうちにと駆け出す。


「あっ、待っ――」


 震える声で呼び止める彼女の言葉は、聞こえない。そう、聞こえなかったんだ。自分自身に言い聞かせて、振り返らずに走った。

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