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 ぱちり、と音がしそうな勢いで目を開けた。


 ……目を開けた? あれ、俺は今撃たれて……その後、どうなった?


 目の前には真っ白な天井。ベッドに寝かされていると今さら気がついて、慌てて身を起こす。視界がくらりと揺れたような気がしたが、ただの錯覚だったようでそれはすぐに消えてしまった。


 ここは保健室らしい。どうして俺はこんなところにいるんだろう、と記憶を辿る。ある一点まで遡ると、そこでふつりとチャンネルが切り替わるように脳内の映像が変わった。


 そうだ。教室移動で廊下を歩いている途中、怜の言葉がきっかけになって1年前の出来事が一気に溢れてきたんだった。だとしたら、そのまま倒れてしまったとかそんなところか。


 ……そうだ。俺は、思い出したんだ。『ゼレイド』の生き方を、彼の戦い方を、彼の考え方を。


 何とも言えない気持ち悪さに、思わず頭を抱えて俯く。『思い出した』と自覚してしまったことで、あれだけ忌避していた〝人殺し〟とそうではない自分が脳内でぐちゃぐちゃに混ざり合っているような感覚を覚えた。


 でも、今になってやっと知った……思い出した〝人殺し〟の思考回路は、想像していたのとは随分と違った。


 別に、大義や意志があったわけではない。守りたいものがあったわけでもない。しかし、彼は……俺は、最初からその行動が正しいだなんて思わなかったし、ましてや楽しいなんて思ったことは一度もなかった。


 相応の覚悟を持って、自分の業を理解して。相手だって、後ろ暗いものが何もなければ最初から殺されるようなことはないのだ。


 ただの高校生である『涼崎氷雅』には、「だったら仕方がない」と言い切ることはできない。それでも、少しだけ安堵するような感覚を覚えた。


 我が事ながら、単純にも程がある。そう揶揄するのは――いや、自嘲するのは、〝ゼレイド〟か。


 ゆるゆると顔を上げて、大きく深呼吸した。眠っていたとはいえ夢の中では体感で半日以上が過ぎていたため、精神的な疲労感が押し寄せてきていた。


 正直、今日はもう帰って寝たい。あれだけ酷かった頭痛もすっかり治まってしまったが、気分が悪いと言って早退したところで誰も疑わないだろう。


 金髪の彼――その裏にいた、俺の双子の兄。最後の瞬間、彼の顔に浮かんだ恐怖の色は、きっと〝ゼレイド〟の空虚さを恐れたが故だったのだろう。あのときはわからなかったことだが、今なら理解できる。と同時に、今の俺にはもうそれはないということもわかる。


 帰ったら、紫音さんに話をしなくてはいけない。黒幕のこと、その最初の目的……この事態が、俺の自業自得と言われても仕方がないこと。


 しかし、その後だ。こうして全てを思い出した俺は、これから何がしたいんだろう。


 『戦うこと』に対する忌避感は薄れたとはいえ、元の仲間たちと殺し合いたいとは思わない。しかし、逆もまた然りとはいかないらしい。おそらく、何も行動を起こさなければ昨日のようなことがまた起きるだろう。


 もし、次それが起きたときに俺が〝裏〟の関係者ではない誰かと一緒だったら? そのとき、茜や凪がすぐに駆け付けてくれるとは限らない。俺を心のない兵士から1人の高校生に変えてくれた友人たちが、傷つくことになるかもしれない――ひとえに、俺が個人の心情で戦いを拒否したがために。


 『私たちと一緒に、戦ってくれませんか』。紫音さんの言葉を反芻する。


 俺にはそれができるだけの能力があるのに、逃げるのか? 茜と凪に押し付けて? そんなことはできない。それに、これは俺の問題なのだから俺が自分で決着をつけるべきだと思う。気は進まないが、きっと兄ともちゃんと話をするべきだ。


 でも……せっかくまともな世界に戻ってきたのに、それをまた捨てて裏社会に身を投げるのか? そう思う気持ちが邪魔をする。


「……はぁ」


 張り詰めていた息を長く吐きだす。このまま考え続けても、延々と堂々巡りを繰り返すだけだ。帰ったら誰かに相談しよう。


 そんなことをぼんやりと考えながらベッドを降りて上靴を履いていると、ふと違和感を覚えた。


 ベッドの周囲を仕切るカーテンの向こうから、何も気配がしないのだ。普段は養護教諭の先生がいるはずなのに。


 閉め切られたカーテンを少し引っ張って隙間から外を覗くが、やはり誰もいない。


 『今日辺り何かありそうな気がして』。啓さんの言葉を思い出す。嫌な予感がした。


 焦って立ち上がった次の瞬間、突然部屋の中が暗くなる。見上げると、蛍光灯の明かりが全て消えていた。


 このタイミングで停電なんて、出来すぎている。台風が来ているとかならまだしも、今日はまだ雨すら降っていなかったはずだ。


 居ても立ってもいられない気分になってカーテンの外側に出ると、窓の外を誰かが走っていくのが見えた。あれは確か、グラウンドから玄関へ行く方向だ。


 一瞬の出来事でよく見えなかったが、この学校のジャージを着ていたのはわかった。そのあまりの慌てように何事かと開いていた窓から身を乗り出した瞬間、怒鳴り声が響く。


「馬鹿! 伏せなさいッ!!」


 何か考える前に身体が反応して、窓から離れ伏せる。頭のすぐ上を何かが掠めたと思ったら、真後ろの壁に弾丸がめり込んだ。


 それを認識した途端、混乱と焦りはそのままに、しかし脳内の別の部分が冷静に思考し始めた。


 啓さんの予感は、正しかったらしい。詳しいところはわからないが、何かが起こっているのは確かだろう。


 銃声とは違う轟音と、ガラスの砕けるような音が響く。割れた窓の向こうで、不自然なほど鮮やかな真紅の火の粉が散っている。昨日凪が言っていた、彼女の固有能力だろう。


「研究所で紫音さんが待ってる!! こっちはあたしが抑えてるから、何があったのかは道中ジュリーに聞いて!」


「――了解、頼む」


 あまり余裕のなさそうな彼女に短くそれだけ返事をすると、振り返らずに保健室を出た。


 駆け抜ける廊下にも、やはり人影はない。しかし、角の先からはざわざわとした声が聞こえて来た。


 「全員揃ってるか」「誰々がいない」「あいつどこ行った」。聞こえてくる言葉の端々と先ほどの出来事から推測するに、1年前の大規模テロに類するものが起こっているのだろう。ただし、その目的は前回とは違って『涼崎氷雅』の殺害――そんなところだろうか。


 せっかく思い出したというのに、わずかに遅かったらしい。思い切り悪態を吐きたいような気分になったが今はそんな場合じゃない。


 早く、ここを離れないと。意味もなく一般生徒に手を出すような連中じゃないのは一緒に仕事をしていたからわかっているが、目的を達成するのに邪魔だとなれば躊躇はしないはずだ。


 おそらく避難するのだろう、体育館へ向かう人の波をすり抜けるようにして進む。玄関へ行くにはここを通るしかないのだが、真っ直ぐ進めないのがもどかしい。


 やっとのことで玄関前までたどり着いた俺は、履き替える時間も惜しいと上靴のまま外へ飛び出した。正門の方へは行かず、保健室とは反対側を通って校舎の裏へ回り込む。研究所へ行くなら、裏門を出た方が早いだろうから。


 途中校舎の反対側で何度も響く銃声に追い立てられるように走ってくる生徒たちは、グラウンドで体育の授業でもしていたのだろうか。自分たちのことで精一杯らしい彼らは、すれ違う俺のことなど気にも留めず走っていくが、もし先生と鉢合わせたらそうはいかないだろう。どう言い訳しようか……と考えかけて、思い直した。強行突破する。後が面倒かもしれないが、この際なりふり構っていられない。


 と、ごく短い間でも余計なことを考えたのがいけなかったのかもしれない。


 生徒の1人にすれ違いざまに手首を掴まれほぼ無意識に振り返って、その行動を後悔した。無理にでも掴まれた手を振り切って、走り去るべきだったのだ。


「……氷雅? どこ行くの?」


 疑念の表情で俺を見つめていたのは、怜だった。

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