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 部屋に入るなり、口の中にわらび餅を突っ込まれた。


「大丈夫? 怖かったでしょ、これ食べて元気出しなさいな」


 犯人である紫音さんは、涼しい顔で俺が咥えた後の楊枝を舐めていた。楊枝が1本しかない以上別に気にすることはないと思うのだが、やたら見せつけてくるのは正直やめてほしい。


 大量のモニターはやはり半分ほどがネットサーフィンに使われているが、残り半分の中にさっきまで俺たちがいた場所の映像がある。


 最初から最後まで、ばっちり見ていたのだろう。


 それでいてちっとも取り乱したり慌てたりといった様子がないのは、凪が信頼されているということなんだろうか。


 そのとき、扉の向こうからどたどたと足音が聞こえてきた。


「ん、やっと来たのね」


 わらび餅の最後の1個を頬張りつつ、紫音さんはのんびりとした声音で言った。


「氷雅! 生きてる!? 生きてるわね!?」


 扉を蹴破る勢いで入ってきたのは茜。その後ろから、啓さんも付いてきていた。


「よし、全員揃ったわね」


 最後にモニター群の隅にジュリーが現れたのを確認して、紫音さんは大きく息を吐いた。


 先ほどの出来事のせいかもしれないが、どことなく緊張感が漂っている。


「まず、最初に確認。氷雅……何か思い出したりしてない?」


 その言葉を聞いて、少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「……してないです」


 あの何かが引っかかるような感覚は、未だ残っていた。それは記憶が戻る徴候かもしれないが……あの青年とあれだけ話し込んで何も思い出さないのだ。あまり、期待しない方がいいかもしれない。


「そっか、まあ仕方ないわ。ジュリー、さっきの金髪の彼のデータある?」


『以前ゼレイドと同じ部隊に所属していたヴィスタ、だと思われます。この地点のカメラは解像度があまり良くないので断定はできないです。が、もし本人であれば他にもゼレイドの元チームメイトがいるんじゃないでしょうか』


 ジュリーの分析に、紫音さんは呆れたように嘆息する。


「『裏切り者』を仕留めるのに元チームメイトを抜擢するなんて、合衆国は中々悪趣味ね」


「その点に関してはうちが『悪趣味じゃない』のがむしろ異常なんじゃないの?」


 揶揄する茜を鼻で笑って、彼女は考え込むように顎に手を当てた。


「やっぱりあっちはもう動くか……そうよね……」


 そのまま黙り込んでしまう。俺からも何か言った方がいいのかと思って茜と凪の様子を窺ってみても、2人はただリラックスした様子で紫音さんの答えが出るのを待っているだけだった。


 少しは不安になりそうなものだが、全く口を出さないのはそれだけ紫音さんが信頼されているということか。


「今回失敗したから、次はもっと大きく出てくるのは確定ね……残りの部隊メンバーも全部引っ張り出してくるとしたら、去年と同じくらいの騒ぎになりそうだし……いや、氷雅が狙われてるなら研究所の方じゃなくて学校に来るだろうから、もっと大きくなるかもしれない。諦めてもらうなら、完璧に叩き潰さないといけないかな……」


 彼女が呟く内容は当然というか何というか物騒で、俺は若干顔を引きつらせながら聞いていた。


 昨年と同じくらい、もしくはもっと大きな騒ぎ。俺は当時を知らないが、下手したら死者が出るというのはわかる。


 しかも、俺の傍は余計に危ない。俺のせいで大切な誰かに何かあったら……と考えると、気が重くなった。


「今からする話はちょっと酷かもしれないけど」


 さらにしばらく考えた後やっと口を開いたがどこか躊躇いがちな彼女の言葉に、真剣な声音でジュリーが割り込んだ。


『――紫音、本当にそれでいいんですか』


「別に構わない、っていうか……そもそも、元から選択権は本人にあるものじゃない?」


 その一言で、場の空気が一層張り詰めたものになった。茜も凪も何かを察して苦い顔をしているし、啓さんは相変わらず苦笑いをしているが纏う空気がいつもと違って鋭い。


 状況がわかっていないのは、俺だけらしい。


「あの……何でしょうか」


 居心地が悪くなって思わず訊ねると、紫音さんがぐっと顔を寄せてくる。


「薄々気づいてたんじゃない? その右目。……氷雅は、星彩(スターライト)の適正がある」


 俺の瞳を真っ直ぐに覗き込む彼女に言葉を失って、それでも俺は心のどこかで納得していた。


 日曜日のジュリーの思わせぶりな言葉。そして紫音さんの『星彩(スターライト)とオッドアイの関係』の話。


 そして今改めてそれをはっきり告げる意図は、一つだけだろう。


「すばる・部隊長、紫音から涼崎氷雅へ、正式な依頼です」


 しんと静まり返る部屋に、背筋を伸ばした紫音さんのよく通る声が響く。


「――私たちと一緒に、戦ってくれませんか」


「――っ」


 大切な人を守りたいと思うなら、迷うべきではなかったのかもしれない。しかし、金髪の彼――ヴィスタ、というらしい――のあの泣きそうな顔を思い出した俺は、迷ってしまった。


「あ、別に今決めなくてもいいの。早い方が助かるけど……無理して決断しても、ね」


 一瞬の迷いの間に、紫音さんに制される。


「……わかりました、すいません」


 「俺も戦います」とは、言い出せなかった。

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