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ハンバーガーの有名チェーン店でしばらく時間を潰した後、俺たちは学校を中心としたかなりの広範囲をふらふらしていた。
恭介曰く、『幽霊』が目撃された場所には、『下校中の通学路』という以外に全く関連性がないらしい。この街はそこら中に学校があるから、通学路なんてものじゃ全く絞れない。路地裏を対象から除くのがせいぜいだ。
「もしその幽霊さんが人探しをしてるとして、探し人がどこにいるか見当もついてないってことだね」
つまり、俺たちも『幽霊』がどこに出没するか見当もつかないということである。
「でも、時間は決まってて大体5時から6時半まで。だから今日は6時半に解散しよう」
しかし捜索と言ったって、ただ歩くだけ。店の中でかっちり決めたルートを守っているとはいえ、しばらくしたらすっかりただ歩きながら雑談しているだけになってしまった。
「でさぁ、芽衣子ちゃんはあいつが好きらしいんだけど」
「趣味悪っ……氷雅の方がずっといーだろ」
「本人がいる前で俺を比較対象にするんじゃねぇよ」
経路をカラフルに書き込んだ地図とにらめっこしながら歩き続けて、1時間ほど経っただろうか。
「……待って、あれ。もしかして、あれじゃない……?」
広い直線の道の、見えるか見えないかくらいのところに人影があった。
「……へ、変な冗談言うんじゃねーよ。びっくりするだろ」
立ち止まった恭介を茶化すような発言をしながらも、自身も引きつった笑みを浮かべて立ち止まってしまう悠一。俺と怜も歩みを止める。
50メートルほど先だろうか。黒いフードを目深に被ったあれは、多分青年と言うのが一番ぴったりだろう。
そのフードの隙間から覗く茶色っぽい金髪が、彼の瞳を隠していた。日本でもよく見る、染めたような不自然さはない。
まさか、こんなに早く本当に出会うことになるとは。
「……嘘でしょ」
しかし彼女の言葉に反して、誰もこの状況を何かの冗談だとは思っていなかった。
かなりの距離を隔てているのに、こうして見ているだけで背筋が冷えるような感覚を覚える。前髪に隠れて目が見えないのが一層不気味だった。
「……どうするんだよ」
自然と言い出しっぺの恭介に視線が集まった。
「確認するしかないよ! そのために来たんだから」
気丈にそう言う彼はしかし、声も足も震えている。
「どうやって?」
俺が問うと、恭介はひとつ深呼吸をした。数秒後にはもう、俺に答えるその声には普段の落ち着きが戻っている。
「そうだな……写真は撮れないかな? 万が一普通の人だったら勝手に撮るのはまずいけど……かといっていきなり話しかけるのは、ちょっと怖いよね」
ここはただの歩道なので、あまり変な行動は取れない。そう思った俺が辺りを見回すが、そこで初めて気づいた。
「……なあ。どうして誰もいないんだ?」
俺たちがいる道には、見渡すかぎり自分たちとフードの青年以外誰もいなかった。青年のずっと先も、振り返った俺たちの後ろにも。
この時間に、これほど大きな直線道路に誰もいない。明らかに異常だった。
「……恭介、すごく嫌な感じがするんだけど今から引き返すのはなし?」
恐る恐るといった様子で怜が訊ねたが、恭介は首を振った。
「……ダメだよ。見つけてからすれ違わないで引き返したらダメなんだって……」
「おい!? そういう大事そうなことをなんで最初に言わねーんだよ!」
彼の言葉を聞いて真っ青になってしまった怜の代わりに、悠一が小声で怒鳴るという器用な芸当をしながら恭介の肩を揺さぶる。
「た、多分普通にすれ違えば大丈夫だよ……ね? ただの人かもしれないだろ?」
「ただの人だったら引き返しても大丈夫なんじゃねぇの?」
恭介自身も混乱してきたらしく支離滅裂で矛盾だらけのことを言い始めたので、思わず口を挟んだ。
「どっちにするにしても、さっさとしよう。この状況が心臓に悪いから」
他の3人が普段の姿からは想像できないくらい慌てているせいか、心臓こそ早鐘を打っているものの俺自身は自分でも驚くほど落ち着いている。
「うん、そうだね……俺は、進んだ方がいいと思う。悠一と怜は? 氷雅は?」
「恭介がそう言うなら……いや、できれば戻りてーけど……」
「私はどっちでもいいかな……氷雅は?」
身長は俺と5センチも変わらないはずの彼女が、随分小さく見える。気がつけば、俺のシャツの裾を彼女の右手がきゅっと掴んでいた。
「……怜?」
勝ち気なところがある彼女のことだから、しおらしくしているのは変な感じがした。……俺の冷静さの方が異常なのかもしれない。
「あの……ごめん。迷惑だったら、離すから」
「いや、大丈夫」
前方の青年に視線を戻す。その身体が誘うように揺れた気がしたが、もしかすると気のせいかもしれない。
誰もいないせいか周囲は異様に静かで、自分の心音が辺りに響いているような感覚を覚えた。
「……どうするか、だっけ。俺は、進んだらいいんじゃないかなって」
しばらく考え込んだ後、そう提案する。不気味に思わなかったわけじゃないが、不思議と好奇心の方が勝ったのだ。
こくっと頷いた恭介が、俺たちにというよりはむしろ自分に言い聞かせるように呟く。
「全員でゆっくり進む。すれ違ったら……どうする? 振り返る? いや、どうしよう……呟いてるっていう言葉くらいはちゃんと聞きたいよね……」
「俺は振り返りたくねーよ……無理……」
青ざめた顔で囁くのは悠一。最初に話を聞いたときはあんなに笑い飛ばそうとしていたのに、案外『そういうの』は苦手なタイプなのかもしれない。
まあ、実際にここまではっきりと見て、見かけだけでも平然としていられる俺みたいな奴の方が変だ。別にお化けが平気、というわけではないと思うんだが、どうしてだろうか。
「オッケー。じゃあ、すれ違ったら振り返らない。絶対……絶対だからね」
普段ならそれは振りかと茶々を入れるシーンだが、そんな余裕はない。
全員で、普段歩くよりも少しだけゆっくりと歩く。
今まで俺たちが散々話し合っている間微動だにしなかった青年は、俺たちが動き始めてもやはりその場を動くことはなかった。
静寂の中、4人分の足音だけが響く。他の3人の息遣いまで聞こえる。俺はごくりと唾を飲んだ。
やはり、おかしい。人通りのなさ、全く動かない青年、そして無音の街。しかし、そんなのは最初からわかりきっていたことだ。今さらどうこう言うものではない。
近づくにつれて、青年の姿がはっきりとしてきた。俯き加減の彼は、やはり動かない――いや。
顔を上げた青年が、にやりと笑った。その目は未だ前髪に隠れて見えないが、それが余計に不気味だ。
半歩後ろで、俺のシャツを掴んだままの怜がびくりと跳ねる気配がした。
しかし俺は、他のことに気を取られていた。
……なんだろう、この感覚は。恐怖とも緊張とも違うそれは、何かが引っかかっているような感覚だろうか。掴み取ろうとしても、〝それ〟はするりと逃げてしまう。
その何かを捕まえようとしている間にも、俺たちはゆっくりと歩き続ける。お互いの距離が段々縮まっていく。
あと10メートル。5メートル。それでも、彼はそのまま立ち尽くしている。
このまま、何事もなくすれ違って終わりなのではないか?
全員がそう思ったであろうとき、真横から声が聞こえた。
「It's you.(君だ)」
よく通るその声に、全員が一瞬硬直する。
俺の微かな違和感も一気に強くなる。彼の一言とその声だけで、何故か心が乱れた。
事前に恭介から聞いていた話と、彼の言葉の内容が違う。つまり4人の中の誰かが青年の言う『君』だということだ。
今すぐ彼を問い詰めたいような衝動に駆られた。誰が、と。
思わず足が止まりかけた俺の手を、悠一が強く引っ張る。おかげではっと我に返った。
大丈夫、と言うように彼の手をとんとんと叩いて、また歩き出す。
一歩、二歩、三歩。4人全員の視界から青年が消える。
「ふぅ……」
怜が、張り詰めていたらしい息を少しだけ吐いた。
「……そこの角曲がるまで、だからね」
もう少しだけ、と恭介が囁く。
何事もなく通り過ぎたからか、さっきよりは弛緩した空気が流れていた。
しかし俺の心のさざ波は未だ静まらない。このもやもやした気分は何だろう。
無性に青年のことが知りたかった。知らなければいけないような気がした。
――気がつけば、俺はゆっくりと振り返っていた。振り返ってしまった。
「氷雅……っ!?」
〝曰く。すれ違った後に後ろを振り返ると、そこにはもう誰もいない。〟
本当に? 本当に誰もいないんだろうか? 『君だ』というイレギュラーが発生したなら、あるいは。
果たして、俺が完全に振り返って後ろを見れば彼はまだそこにいた。彼もまた、振り返って俺の方を見ていた。
「きゃああああああっ!?」
「ひぃいいいいいいっ!!」
「うわぁあああああっ!?」
釣られて振り返った3人の悲鳴が聞こえる。すれ違った後振り返ればそこに人がいるのはごく自然なことなのに面白い奴らだな、と頭の片隅でぼんやりと思った。
「Who?(誰?)」
特に何も意識していないのに、俺の口からそんな言葉が零れた。
「Who do you think I am?(さあ、誰だろうな)」
しかし青年は口元に笑みを浮かべたまま、煙に巻くような返事をする。
歩み去る彼を、俺はその場に立ち尽くしたままずっと見つめていた。




