18
「――こんなことが、あったんです」
懐かしいなあ。まだ、1年しか経っていないのに。
あの出来事が、俺を大きく変えたように思う。〝涼崎氷雅〟を語る上では、欠かせない話だ。
あれより前の俺は、きっとジュリーが語った〝ゼレイド〟に近かったんだろう。彼女から俺の過去を聞いてからは特に……変わって、よかったと思う。これからどうなるのかは、わからないが。
懐かしさと安堵感と、少しだけの不安を混ぜたような気分でいると、隣から鼻をすする音がした。
「うぅっ……氷雅ぁ……お姉さんは、氷雅がそんな、いい友達に恵まれて、嬉しいよ……」
「何で紫音さんがそこで泣くんですか!?」
悪い人ではないのかもしれないけど、やっぱりこの人との距離感は全く掴めない。さらに滅多なことでは揺らがない俺のペースまで乱される。
2人になれたら聞こうと思っていた記憶操作の話を忘れたと気付いたのは、彼女と別れて部屋に戻り眠りに落ちる5秒前だった。
*
「そうだ、聞いてよ」
翌日の昼休み、いつもの4人で駄弁っていると、神妙な面持ちの恭介がおもむろに語りだした。
「最近変な噂があるんだ。聞いたことない?」
彼は一層声を低くして、その名前を告げる。
「『金髪の幽霊』の話」
彼の語り口から何か重大なことだと思っていたが……幽霊、ときた。霊的なものはあまり信じない俺が反応に困っていると、悠一が白けた顔で言った。
「幽霊の癖に金髪なのか? 雰囲気ねーな」
「うーん、私もちょっとそういうのは信じないけど……それソースどこ?」
怜にもつれない言葉を返されて、しかし恭介は退かなかった。
「違うんだって。ただの噂なら俺だって信じないよ。でも……目撃した人が多い上に、全員の言うことがほぼ一致するんだ」
身を乗り出して囁く彼の、ただならぬ熱意を感じる。
これは、納得するまで付き合わされるだろうな。直感した俺は、ようやくちゃんと話を聞く気になった。
「別に俺も本気で幽霊だなんて思ってるわけじゃないよ。もっと……他の事情があるんじゃないかって思うんだ」
俺と同じ判断をしたらしい悠一が、興味深そうに訊ねる。
「じゃあ、俺たちにも詳しい話聞かせてくれよ」
「うん。これは塾の同級生がしてくれた話なんけど――」
曰く。黄昏時に姿を見せる、前髪で目が隠れた濃い金髪の青年。
曰く。歩いていると進行方向に突然現れて、ただ立っている。そのまま隣を通りすぎようとすると、すれ違い様に囁く。
『Where is he?(彼は、どこだ)』『Not you.(君じゃない)』
曰く。すれ違った後に後ろを振り返ると、そこにはもう誰もいない。
「……もっぱら、誰かを探してるんじゃないかって噂だよ。本当に幽霊かどうかは別として、存在自体は間違いないんじゃないかって俺は思ってる」
「he……ってことは、探してるのは男だよな」
首を捻る悠一に、恭介は頷く。
「そう。今日はちょうど全員放課後空いてるだろ? だから、帰り際にちょっと探してみないか、って話なんだけど……どうかな?」
「興味本位で首突っ込んで大丈夫なの? 危ない奴だったらどうするのよ」
怜が眉をひそめた。
「そのときは頑張って逃げればいいよ。それか、氷雅に交渉してもらおう」
「――何で俺が」
「幽霊は英語しゃべってるって話じゃん。俺らは英語自信ないけど、氷雅はめっちゃ上手いじゃん」
確かに……間違っては、いないのだが。
あの日病院で目覚めたときから日本語と同じくらいには使いこなせていた英語は、記憶を失う前の俺の経歴から考えて〝めっちゃ上手い〟というかむしろ〝ネイティブそのもの〟なんだろう。便利とはいえ中々微妙に思うところではある。
「ね? それなら大丈夫だと思うんだけどどうかな!」
勉強もできて頭の回転も速い癖に、恭介はやはりどこか抜けている。しかし、本当に危険なら不審者情報なり何なり出ているだろう。
もし、それすらも回避してのける〝本物〟だとしたら……正直、俺たちがいくら気を付けたところで何かあるときはあるし、ないときはないと思う。
それに俺自身も興味が湧いてきたので、行く方向に話を進めることにする。
「いいと思うけど……今日の終業時間だと夕方って言うには早いんじゃないか? どこかで2、3時間潰さなきゃいけないと思うけど」
「それなら久しぶりにハンバーガーでも食べながら駄弁る?」
「賛成~! それいいね!!」
ハンバーガーという単語を聞いた途端に、怜の瞳が輝き始めた。
「ジャンクフードばっかり食べてると太るぞー」
「悠一は黙ってて!」
「ごはっ――! お前ちょっとは加減しろよ!!」
俺は、余計なことを言って本気の腹パンをされている悠一ほど愚かではない。
「乙女に太るとか言っちゃダメなの!」
「……自業自得だな」
そんなことよりも、久々に食べるあの店の量産系アップルパイが楽しみだった。乙女心がわかってないのは俺も同じかもしれない。
「……ごほん。じゃあ、放課後店に行ってから改めて作戦会議、でいいね?」
こうして、いい年こいた高校生による本気の幽霊捜索作戦が始まったのである。




