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「――お祭り?」
「そう、お祭り! 最近色んな場所に旗が立ってるでしょ。場所も結構近いみたいだから、私たちも行ってみたいなあって」
あまり馴染みのない言葉に俺が聞き返すと、クラスメイトの彼女は目を輝かせた。
「そっか、この辺が地元なのは俺だけだもんね。あのお祭りはいつもすごいよ、この辺りで一番大きいし」
「マジ!? じゃあ4人で行こーぜ、なあ氷雅?」
急に話を振られて戸惑いながら、気になっていたことを問う。
「その、お祭り? って、みんなで行くものなのか?」
「あー……」
すると3人は目を合わせて、それっきり黙り込んでしまった。
「以前の記憶がない」と言ってから、同じようなことが度々起こるのは何故だろう。
「その、何だ。みんなで行った方が楽しいだろ? 美味いもん分け合ったりできるし、さ」
少し焦ったような彼――確か、悠一って言ったっけ――の言葉で、とりあえずは納得がいった。なるほど、実利的で理にかなっている。
「そっか」
祭り。知識としてもよく知らないから、多分記憶を失う前にも行ったことはない。ならば、勝手を知っているらしいこの3人について行ってみるのも、悪くないかもしれない。
「――今思えば、本当は楽しみだったのかもしれませんけど……あのときは、そういう気持ちってよくわからなかったから」
隣の紫音さんに伝えると同時に、自分の気持ちを整理するように語る。こうして誰かに話すなんて初めてで、あまり上手に話せないということも相まって少し恥ずかしかった。
「へえ、みんなでお祭りなんていいじゃない。青春って感じ?」
そんなんじゃなかったですよと笑って、俺はまた目を閉じる。
「で、当日になって――」
「あれ、何?」
俺が指差す度に、眼鏡の彼――多分、恭介――が教えてくれる。
「あ、りんご飴だね。誰か買う?」
「えっ、りんご飴!? 私欲しい! 食べたい!!」
りんごと言うには小さいような気がするのだが、周りの反応を見るに一般的なものらしい。
弾むような足取りで屋台へと走る彼女の後についていって、俺も1つ買うことにした。
「……美味しい」
微妙に火が通ったりんごの甘酸っぱさと、飴の甘さがちょうどいい。思わず零すと、怜という彼女は嬉しそうに笑った。
「ね! 私初めてなんだ、りんご飴。氷雅もかな?」
「そうかもな」
素気なく返事をすると、俺たちが飴を買っている間後ろで待っていた2人がやってきた。
「祭りも初めてっぽいし、英語もすげー上手だし、もしかしたらガチで海外出身だったりしてな?」
「でも、りんご飴は雰囲気違うけど海外にもあるらしいよ? そういうのと無縁だったって考えた方が自然――じゃ、ないかな」
また、あの沈黙だ。まあ……誰も口に出さないなら大したことじゃないんだろうと、気にしないことにする。
それにしても、この雰囲気。騒がしくて賑やかなのに、どこか儚くて寂しげな空気。人混みのざわめき。客引きの声。
いつもとは違うその雰囲気に呑まれて、ふわふわとした気分になる。初めて見るもの、目新しいもの、新鮮なものがあちこちにあって目移りする。そんな状態でぼーっと人の波に揉まれて、
「……あれ」
気がつけば周りには誰もいなかった。
どうやら、いつの間にか屋台の裏に出てしまったらしい。
ほんの少しの距離で、祭りの声がどこか遠く聞こえる。
振り返ると、小さな社がぽつりと佇んでいた。一歩参道側へ出れば賑やかにお祭りをやっているのに、喧騒から離れて放っておかれる神様もいるなんて気の毒だと思った。
初夏の暑さの中でもひんやりとした石段に座って、りんご飴を齧る。
そういえば一緒に来た3人とはぐれてしまったな、とぼんやり考えながら、別に探しに行こうとは思わなかった。
俺みたいなのが一緒にいたところで、彼らは楽しくないだろう。別に、俺がいなかったところで困らないだろう。
だったら、俺はこの寂しい神様の隣でのんびりしていよう。そう思った。
日が暮れ始める頃には、りんご飴はすっかり串だけになった。屋台には灯りがついて、明るいうちとはまた違う賑やかさに包まれている。
いつ、帰ろうか。
そんなことを考えながら惰性で串を舐めていると、この3ヶ月間よく聞いている声が聞こえたような気がした。
「――っ! ――氷雅っ!!」
顔を上げると、走ってくるのはミディアムショートの彼女。俺の目の前までやってきた彼女は、肩で息をしながら言った。
「どこに行っちゃったのかと、思ったじゃん。何――してた、の?」
俺はただぱちぱちと瞬きを繰り返すことしかできない。彼女のただならぬ様子に、何と言ったらいいのかわからなかった。
「……携帯、見た? 私たち、氷雅のことずっと探してたんだけど」
呼吸を整えた彼女は、不機嫌そうな、がっかりしたような、そんな顔をしていた。
怒っている。さすがにそれはわかる。けれど、その理由がわからない。そして、彼女が俺を探していた理由も。
下手なことを言えば、きっともっと怒らせてしまう。そう思うと何も言えなかった。
「氷雅。立って」
言われるがままに立ち上がって、少女をじっと見つめる。俯いた彼女の表情は見えない。
しばらく、そのまま2人とも黙っていた。
このままではまずいということはわかっているのに、どうすればいいのかわからない。しかしわからないならわからないなりに、と俺が口を開きかけた、そのとき。
ぽたり、と石畳に透明な雫が落ちた。
息を呑んで言葉に詰まっていると、パッと彼女が顔を上げる。その肩越しに、姿が見えなかったあとの2人が走ってくるのがスローモーションのように見えた。
赤く腫れた目で俺を見上げる少女。
「……あの、」
そのときの俺が、何を言おうとしたかはわからない。
次の瞬間、ばちん、と乾いた音がした。
突然の衝撃にふらついて、頬の熱く痺れるような痛みで叩かれたんだと気づく。
「本当に、ずっと、ずっと探してたんだよ!? はぐれないようにって私言ったよね! 氷雅ってどこか抜けてるところあるから、何かあったらどうしようって、事件に巻き込まれてたらどうしようって、私、本当に……本当に……うっ……」
溢れる涙を拭って俺を睨みつける彼女を見ていると、何故だか胸が痛くなった。
「心配、したんだから……っ!!」
その言葉で、心臓がどきんと跳ねる。
不意に、視界がぼやけた。頬を押さえた手を流れ落ちるそれが、涙だと気づくまでにしばらくかかった。
目の前の少女も、いつの間にかすぐ傍で立ち止まっていた後ろの2人も、唖然として俺を見ている。けれど、俺自身が一番驚いていた。
どうして。どうして、こんな気分になるんだろう。どうして、涙が止まらないんだろう。
「あっ……え、と――氷雅? 私、何かまずいこと言った……かな?」
さっきまであんなに怒っていたのが嘘のように慌てる彼女。違うと言いたくても、唇が震えて上手く言葉にならなかった。
「怜!? お前、氷雅のこと泣かせて――え、怜?」
「ええと……ど、どうなってるのかな? 2人とも……大丈、夫?」
理由もわからないのに、次から次へと涙が溢れる。どんな顔をしたらいいのかもわからない。
胸が痛いような、それでいてどこか温かいような。
何も言えないままただ涙を流し続ける俺を、彼女――怜は戸惑ったように見つめた後、その手をぽんと俺の頭に乗せた。細くて繊細な指先で、そっと撫でられる。
彼女の掌からじわりと滲むような温かさに、自然と言葉が零れた。
「違、うんだ。俺……『心配した』、って――初めてで。嬉しくて……っ」
息を詰まらせながら、途切れ途切れに。
そう、きっと初めてだったのだ。何も覚えていなくともわかることはあるんだと、俺はその日知った。
「氷雅。……もう、今日は帰ろうか」
ふわりと笑った彼女の言葉に、こくりと頷く。




