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陰謀とか、作戦とか、細かくて複雑な話はよくわからない。きっと以前も、俺はそういうことをするタイプではなかったんだろう。その先の詳しい動きは、紫音さん、啓さんに一任することにした。
紫音さん、ジュリーと啓さんの3人が進める話し合いをぼーっとしながら聞き流しているうちに、一通り結論が出たらしい。
啓さんは、話から置いてけぼりになって隅で暇潰しをしていた俺と茜、凪の方にやってきて言った。
「どうせ氷雅1人きりにはできないし、ここに泊まって行ったらどうかって紫音が言ってるけど、どうする? 僕はそれでいいんじゃないかと思うけど」
「ここ、泊まれるんですか?」
そう聞くと、後ろから答えたのは紫音さんの声。
「研究所って泊まれなくても泊まる所よ。それに仮にも特殊部隊の本拠地だし、一応設備はちゃんとしてるつもり。そういうわけでどう、泊まっていかない?」
「僕も今日はここにお邪魔しようと思ってるんだけど」
「……あ、はい。じゃあ俺もお言葉に甘えて」
そんなわけで、今日は紫音さんの研究所に泊まることになったのだった。
時刻は午前1時。明日も学校だからと一旦は布団に入ったものの、眠れなくて出てきてしまった。何故か置いてあったサイズぴったりのTシャツとジャージにサンダルを履いて、廊下を歩いている。
紫音さんに、どうしてそんなものがあるのかと理由を聞いたら適当にはぐらかされてしまった。もし最初から俺の体格を知っていて、かついつ来るかもわからない俺のために準備していたんだとすれば、ベタ惚れというよりはむしろストーカーじみたものを感じる。
徹夜で作業をしている研究員もいる、という割に廊下には誰もいない。真っ暗な中赤い非常灯だけが等間隔に光っている光景は、何故か非日常的な緊張感を感じさせた。
目的地もなくふらふらと歩いているうちに、屋上へ続く扉を見つけた。鍵がかかっている様子はない。
深い理由もなく行ってみようと思ったが、何となく悪いことをしているような気分になって音を立てないように静かに扉を押し開けた。
しかし、半分ほど開けたところで俺は手を止める。
正面の手すり近くに、誰かがいるのが見えた。あの薄い金髪は……多分、紫音さんだ。
振り向いた彼女の表情はよく見えなかったが、怒っているわけではないようだ。多分。
「どうしたんですか、こんな時間に」
紫音さんの方へ歩み寄りながら、自分のことを棚に上げて訊ねた。
「今日は王子様が来るような気がしたのよ」
彼女は、そう言って悪戯っぽく笑う。
「残念でしたね。王子様じゃないのが来て」
彼女の隣で手すりに寄りかかって自嘲交じりに呟くと、心外だという顔をされた。
「何言ってるのよ、『王子様』」
それが自分に向けられているものだと気付いて、どんな表情をしたらいいかわからなくなる。
「……やめてくださいよ、小学生じゃないんだから」
「そういうところも可愛いわ」
何だろう。こう、大した理由もなく持ち上げられると居心地が悪い。
「で、本当は?」
「だから言った通りよ。氷雅が来るんじゃないかと思ってた」
教えてくれる気はないらしい。彼女にその気がないなら、無理に聞き出すこともできない。
俺と紫音さんは、そうしてしばらく黙ったまま空を眺めていた。
彼女がいなくたってそうしていただろうから、別に何か困ることがあるわけではない。……ないのだが、やはり知り合ったばかりの人と2人きりで会話もない、というのは気まずい。
「紫音さんは……どうして、そんなに俺のことを気にするんですか」
沈黙に耐え切れなくて、ついぽつりと零した。紫音さんが、少し驚いたようにこちらを見る。
「……あそこの星、見える?」
柔らかく微笑んだ紫音さんは、俺の質問には答えずにほぼ真上を指差した。
「ほら。あれがデネブで、ちょっと右側にあるのがベガ。2つの真ん中辺りの真下に、アルタイル。夏の大三角形ね。夏って言うにはまだちょっとだけ早いかもしれないけど」
今日は、梅雨時期にしては珍しく雲がほとんどない。大都市圏からはある程度離れているということもあってか、星空が綺麗に見えた。
「夏の大三角形、ですか」
確かその辺のことには恭介が詳しかったはずだ。小学生の頃に、毎年自由研究で星空の観察をしていたらしい。
俺はそういうのにあまり馴染みがないから、きっとやらなかったんだろう。
「今の季節は残念ながら、昴――プレアデス星団は、見えないんだけどね」
「紫音さんは、星が好きなんですか?」
俺が聞くと、彼女は少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「そう。私小さい頃から宇宙に興味があって……死んだお父様がそっちの研究をしてたのよ。話、聞いていく? まだ寝なくて大丈夫?」
「どうせ眠れないんで構いませんけど……」
夜更かしは体に悪いぞ~、と言われても、この状態でゆっくり寝ていられたらそいつは鋼の心臓を持っていると思う。俺には無理だ。
「うーん。いざ話そうってなると何処から話したらいいかわからないわね」
顎を指でとんとんと叩きながら、唐突に紫音さんは訊ねた。
「星彩とオッドアイの話、ジュリーから聞いた?」
「目の色が変わるって話、でしょうか?」
星彩は〝変身〟する、という例の話。魔法少女のインパクトが強烈だったからよく覚えている。
「えーと……間違っては、いないんだけど。じゃあ、機械を入れて調整する段階で、能力のスイッチを入れてるときは右目の色が変わるようになる――って話は聞いてるのね?」
こくりと頷いて、先を促した。
「星彩の適正がある子は、みんな生まれつきオッドアイなのよ。スイッチを入れるとき――増幅、って言うんだけど。増幅中の右目の色は、元々の色で。だから、『そのときに目の色が変わるようにする』と言うよりは『そのとき以外は左目と同じ色になるようにする』の方が近いの」
――じゃあ、俺の右目は?
そう口に出しかけて、この話の本題がそこではないことを思い出した。気になることではあるのだが……後で、聞けばいい。
「私はね、右目が紫なの。今は……やって見せても、ちょっと見えないかしらね」
左目が青で、右目が紫のオッドアイ。たたでさえ日本で金髪碧眼は目立つのに、紫色の右目だなんてまるでアニメか何かのキャラクターのように浮世離れして見えることだろう。
「これが原因で子供の頃は色々あったんだなあ……」
しみじみと語る彼女は穏やかに笑っているが、その言葉はとても重く感じられた。
「母親にまで不気味がられて、兄にも敬遠されて。でも、そんな私をお父様は可愛がってくれた」
しかし、不思議と彼女の声に辛そうな色はない。むしろ、それも大切な思い出の一部、というような印象を受ける。
こんな風に語れるようになるまでに、どれくらいかかったのだろうか。
「私はそんなお父様が大好きで、よく一緒に空を眺めたりしてた。でも私が19のとき、病気で死んじゃったのよね」
本当にショックだったのよ、と彼女は苦笑した。後追いすら考えたというから相当だ。
「そのとき一緒にいてくれたのが啓で。私ドイツ出身なんだけど、当時啓もあっちにいたの」
今まるでどうでもいいことのように告げられたが、啓さんは留学経験があるということだろうか。謎の多い彼にさらに仰々しい設定が増えた。
「立ち直ってから、啓と一緒に日本に来て、その後はまあ……色々あって、今この立場にいられるのは大体啓のおかげ」
そんな大恩のある人を顎で使うなんて、彼女も啓さんに負けず劣らずなかなか図太い人だ。……むしろ、啓さんに似たのかもしれない。
そう思ったことは心の中にしまったまま、紫音さんの話を聞き続ける。
どうやらこの国に来て、彼女は日本文化にドハマりしてしまったらしい。
「日本文化、と言いますと……」
「新旧両方ね。ジャパニーズポップカルチャーも好きだし、伝統文化も素敵だと思うわ」
ジャパニーズポップカルチャー。字面はいいが言ってしまえばオタク文化ということでは。モニターを見た時点でなんとなく察していたが、この人はそっちの方面の人らしい。
「『すばる』っていう名前も、プレアデス星団の和名『昴』とその由来『統ばる』――一つにまとまっているっていう意味が気に入ったから使ってるのよ」
彼女の略歴がわかったのはまあいいとして、どうして今そんな話をするのか。
怪訝そうな顔をしていたんだろう。紫音さんは俺をちらりと見て、うっかりしていたという顔をした。
「あー、話がそれたわね。『何で俺のことを気にするんですか』、だったっけ? まあそんなこんなで色々あったけど、氷雅は私と同じ匂いがする、ってことよ」
そして目を細めて星空を見上げる。
「この話をしたのは、その方が私のことをわかってくれるかなと思って。単純にお近づきになりたかったっていう下心もあったんだけど。現代文でやらなかった? その人にとって印象的な過去の出来事は、人となりを端的に表すのよ」
「現文は……ぼーっとしてるか寝てるか内職してるんで。聞いてないです」
目をそらしながら小声で言う。
この人は、そういうことには理解があるような気がした。そう思っても少し後ろめたいのには変わりないが。
「ふふ、なんとなく『らしい』と言えば『らしい』かも。授業の内容は知らないけど、現文の教科書に載ってる文章は面白くてためになるからちゃんと読んでおくといいわ」
思った通り、彼女は別に授業をちゃんと聞いていない俺を咎めたりはしない。しかし、何かを期待するように俺のことをじっと見つめている。
「……あの?」
どうにも、この人との距離感は掴みづらい。
「氷雅は話してくれないの?」
「……はい?」
一瞬何のことだかわからず、間抜けな声が出てしまった。
「私話したし、次は氷雅の番、みたいな?」
「えっと……特に話すほどのことは……」
ないですけどと言いかけて、思い出した。話すほどのことが、なくはない。
でも、この人は。もし、今から俺がする話の内容を彼女が既に知っていたりしたら、それは彼女がストーカーであるということを実証してしまう。可能性としてはかなりありそうで恐ろしい。
そう思うと、話さない方がお互いの精神衛生のためになるような気がする。
「今失礼なこと考えてるでしょ」
「考えてないです」
「話してくれたら許す」
紫音さんがニタリと笑う。そこに啓さんの面影を見た俺は、仕方がないので折れることにした。
「……わかりましたよ」
目をつぶって思い出すのは、入学してから3ヶ月ほど経ったある日のこと。
「ちょうど、今から1年前くらいですね。ほら、神社でお祭りがあったじゃないですか」
この地域一帯で有名なそのお祭りは毎年やっているらしく、今年も開催を知らせるのぼりがたくさん立っている。
「あれに、誘われたんですよね」




