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「じゃあ、気を取り直して。ジュリーに話は聞いた? うん、1年前の事件の話ね。私からちょっと補足があるから、聞いてちょうだい」


 先ほどまでとは雰囲気をがらりと変えた紫音さんが、優雅に足を組みながら切り出した。


「ジュリーと茜・凪は、気になることがあってもちょーっと我慢してね。我慢したところで文句は後からでも受け付けないから、そのまま忘れるのが一番よ」


 そこまで高圧的な感じはしないのだが、随分と一方的な言い草だ。凪の言っていた『滅茶苦茶』、とはこういうことだったのかな、となんとなく納得する。


「……で、あの日茜と凪は外に出てあちらさんとやり合ってたって話は聞いたわね? そのとき、残り4人の星彩(スターライト)のうち2人は遠征で空けてて、残りの2人――ジュリーと私なんだけど――は侵攻と同時に仕掛けられてたサイバー攻撃に対応してたわ」


 彼女はさらっと衝撃の事実を告げた。目の前の紫音さんはともかく、ジュリーまで星彩(スターライト)だったとは。詳しく話を聞きたいところではあるが――今は、黙って聞いているべきか。


「ジュリーの奮闘のおかげで大分何とかなってきたくらいのとき、ちょうど外では混乱を極めてる辺りで、ね。そのとき、ちょっとおかしな反応を感知したの」


 そこで彼女は俺に意味深な流し目を送る。しかしどう反応したらいいか迷っているうちに、目をそらされてしまった。


「茜と凪がいる所と見当違いの地点での実弾の発砲。って言ったら、なんとなくわかる?」


 光線ではなく、実弾。つまりそれはアメリカの兵士のものということだが、交戦地点とは全く違う場所で、となると……?


「結論から言うと。何かおかしいと思って私が駆け付けたら、ゼレイドが倒れてたわ」


「紫音さん、あんた知って――っ!」


 椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった茜が声を荒らげるが、紫音さんはそれを手を挙げて制止する。


「要するに〝すばる〟は、その点に関しては何も関わってない。分かってたことだとは思うけどね。強いて言えば――」


 紫音さんはそう言って悪い笑みを浮かべた。


「私がゼレイドの記憶を消して後の世話を啓に全部丸投げしたくらいね。『捕縛されたら自決せよ』って規則でもあったら困るじゃない?」


 はぁぁぁぁぁぁぁ――!?


 心の中で全力で叫ぶが、実際には頬を引きつらせるだけに留める。


 拍子抜けというか、何というか。以前のことを知るまでは記憶のないことに悩み、知ってからはその過去について悩んだ、俺の今までは一体何だったというのか。特に約束や何かをしていたわけではないが、手酷く裏切られたような気分だった。


 俺が愕然としながら紫音さんの方を見ると、彼女は「何か文句でも?」と言うように笑った。


「僕もあのときは本当にびっくりしたんだよ。突然連絡が来てさ――『これからそっちにゼレイドが運ばれると思う、記憶を消してあるから後は何とかしてちょうだい』って。断ることもできないしさあ……」


 啓さんは、当時のことを語りながら苦虫を噛み潰したような顔をした。


 そもそも、記憶を消すってどういうことだ。そんなことが可能だなんて話聞いたことがないから、これも秘匿技術の一つなのだろうか。……この国は本当にこれで大丈夫なのか。


 最初の衝撃から立ち直った俺は、すっかり呆れ返っていた。


 記憶操作に関しては後で問い詰めるとして、今は他の話だ。


「断られるってわかってたら頼まないわよ。――で、続きなんだけど」


 紫音さんは、聞かれたくない話をするように俺たちに顔を寄せて声を潜めた。そんなことしなくても、誰も聞いていないだろうに。


「――私が駆け付けたとき、誰かが走って逃げるのが見えた。一瞬だったから顔とかはわからなかったけど、氷雅を撃った奴でしょうね」


 ……俺を、撃った奴。彼女がそう言うからには、俺が撃たれたということはほぼ確定事項なのだろう。


「じゃあ、やっぱり……氷雅は、裏切られたってわけ?」 


「多分、ね」


 茜の問いに、紫音さんは真顔のまま答えた。


「アメリカ側では、ゼレイドが裏切ったことになってるって話聞いた? でも、私が見たものがある以上、その可能性は薄いわよね」


 俺の瞳を見つめて、言い聞かせるように、ゆっくりと語る。


「それで、撃った奴なんだけどね。こちらではないんだから、アメリカ内部の奴が裏切ったか、それとも完全な第三者かに絞られてくる。でもその後アメリカ側に何もなかったなら、『ゼレイドが裏切った』って情報が流布するはずがないから、ゼレイドを撃ったそいつはアメリカ内部の奴の可能性が高い――元の所属が何処にせよ、ね」


 その場にいる全員が、しばらく黙った。


「別に私は氷雅のために色々するのはやぶさかでないから、疑いを晴らしてあっちに戻るなりそのままこっちに住むなり、氷雅の希望がどっちでも手伝うわ。ただそれにしても問題があって――」


 さらに続く紫音さんの言葉に、まだあるのか、と思わず頭を抱えたくなる。


「――この前貴方たちが派手に騒いだから、アメリカ側の諜報員に〝涼崎氷雅〟の存在が知られたかもしれない。ああ、別に責めてるわけじゃないわ。私の伝達不足が招いたことだし」


「ということは、氷雅が『裏切り者』として暗殺される可能性がある?」


 凪が、独り言のように呟く。背筋が冷えていくのを感じた。


「そう」


 紫音さんはこともなげに頷いた。


「で? だったら〝すばる〟はどうするのよ」


 茜が椅子のひじ掛けを人差し指でトントンと叩く。睨まれた紫音さんはというと、不敵な笑みを浮かべていた。


「真正面から迎え撃つに決まってるでしょ。ここでコソコソやったら、すばるの名が廃るわ」

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