10
翌朝。とりあえず学校に行ってきなさい、話は放課後になってからだと2人(3人?)に言われて、何がなんだかわからないうちに追い出されてしまった俺は、仕方なく通学路を1人で歩いていた。
突然俺の記憶が戻って〝ゼレイド〟と敵対するようなことになったら、あの2人はどうする気なんだろう、とか、監視も付けずに学校に行かせていいんだろうか、とか、色々思うところはあるのだが、今となっては聞きようがない。
いや、もしかして――?
淡い期待を抱きながらスマートフォンを開く。
「やっぱいないよなぁ……」
そこに昨日まであったジュリーの姿はなく、俺は微妙にがっかりした。過去の話を聞いたまではいいものの、その後3人がどうする気なのかは全く聞いていない。
大怪我だったはずの肩は、もう多少なら動かせる程度まで治っている。光線だから無駄な損傷が少なかったのか、などと勝手に推測しているが、傷の治りが早いのは生まれつき――と言ったら語弊があるかもしれないが――のことだ。
普段は数人で登校しているから、1人の通学路は新鮮だった。が、やはり話し相手がいないと余計なことを考えてしまう。
過去に人を殺したことがあるかもしれないこととか。それを、覚えてすらいないこととか。
今までのうのうと暮らしていたのだから、相応の報いなのだろうか。
そうだとしても、いい加減に精神が参ってしまいそうだった。
「氷雅ー! おはよう!!」
そのとき聞きなれた、しかし数日ぶりに聞く友人の声が聞こえてきて、俺は沈んだ顔をいつもの無表情の下にしまい込んだ。
軽やかに走ってきた彼女は、勢いを止めきれずに俺の数歩先まで行ってから振り向いた。ミディアムショートの黒髪がふわりと揺れる。
「ん、怜。おはよう」
さらにその後ろから、のんびりと歩いてくる生徒が2人。
「急に何日も休んでどうしたの、俺たちも心配してたんだよ?」
「そのうえ昨日まで音信不通だもんなあ……何かあったんじゃねーのか? 怪しい奴め」
怪我した右肩を叩かれたりしないように、さりげなく3人の右側に回り込む。
「あー……ちょっと、まあ色々。――恭介お前相変わらずちっせえな、縮んだ?」
「うるさいな! 縮んでないよ! これから大きくなるんだよ!!」
あまり追及されたくなくてあからさまに話をそらしたが、選んだ内容がよかったらしい。
「そういやさー、こいつこの前保健室に身長測りに行ってきたんだって。氷雅は何センチだったと思う?」
「やめろよ悠一!! ああもう、どいつもこいつも馬鹿にしやがって……」
「えっ、それ私も気になるなあ」
紅一点の怜、見た目小学生の恭介、お調子者で悪戯好きの悠一。4人でいつものように馬鹿騒ぎしていると、暗く沈んでいた心が軽くなっていくようだった。
「うーん、そうだな……まだ160は行ってないだろ? 155、くらいか?」
「…………」
視線を泳がせる恭介を見ながら、俺はくすくすと笑った。
「わかりやすいにも程があるだろ、つまんねーなあ。氷雅、大体当たり。156だってさ」
「当たりじゃねえよ156だよ! 1センチ違うんだぞ!! 1センチは大事だぞ!!」
「いつになったら私のこと超えられるの? 卒業しても私よりちっちゃいとか何か嫌だよ」
「俺も嫌だよ!!」
唇を尖らせる怜に、むきになって噛み付く恭介。俺が始めた話とはいえ、顔が真っ赤になるのを通り越して最早涙目になってきた彼が少しだけ不憫になってきたので、また別の話題を振ることにした。
「ところでさ、次の物理の小テストいつだっけ?」
「漢は黙ってノー勉だよなー!!」
「聞こえないなあ!! 私範囲知らない!」
耳を塞ぐ振りをする怜に、聞こえてるじゃねぇか、と笑う。
「でも悠一はいつもノー勉詐欺してるよね。俺知ってるよ、悠一いつも9割以上取ってるだろ」
「毎回満点の恭介サンに言われてもなー……」
「で毎度毎度俺と怜だけズタボロなところまでテンプレだよな」
そんなどうでもいい話をしている間に、昇降口まで着いてしまった。のんびり歩きすぎていたせいか、響いた鐘はおそらく始業5分前。
「ヤバいヤバい、急がないと怒られちゃうよ」
「あの生徒指導担当いつも怒ってるから俺的には怒られてもそんなに怖くないっていうかー……」
今年の生徒指導の先生は、確かに怖くはないが怒らせると中々面倒臭い。
「そんなこと言ってないで、ほら急ぐ急ぐ!」
何だかんだ言って、このノリが一番だ。怜に急かされながら騒がしく階段を上りつつ、俺は心の中で呟く。
しかしそう思う一瞬、俺の表情は陰っていたかもしれない。俺は、ここにいていい人間なのだろうか、と。




