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第62話 魔王の望み


  取り敢えずラビエラには僕の対面に座って貰い、さっそく話を進める事にした。

「考え事、とはやはりグレイス帝国との戦いについてでしょうか?」

 うん。察しが良くて助かる。

「まさにその件でね。どうにも僕の望む状況と現実に差異があってね。なんとか埋めたいと思っている訳だよ」

「現在敵戦力は先の敗戦での損耗を取り戻そうとしているとか。ダーウェス様には敵戦力に不安がお有りになるのでしょうか?」

「いや、この際グレイス帝国の兵力が元に戻ろうが桁が一つ増え様があまり問題視はしていないんだ。実際の話、北からリュクトス、南からリーヴァス殿とそれぞれ打って出て貰えれば問題は解決さ。グレイス帝国には申し訳ないのだけれど、彼我の戦力差は埋め様も無いからね」

「その折りにはわたくしが敵本陣に斬り込み全てを薙ぎ払って御覧に入れましょう」

「ははは」

 確かにそれも可能だろう。

 四恐に数えられるモノ達は別格であり別次元に居るだろうし、僕の目を宿したラビエラもそれに並びこそすれ後塵を拝する事は無いだろう。

 正直、グレイス帝国が頼りとするオーク兵団などは僕等にとっては張り子の虎でしかない。

「実際オークは問題にもしていないんだよ。言ってしまえばゴブリン同様ゾンビでも放てばそれで済んでしまう程度の問題でしかない」

 たったそれだけの事で勝手に自滅する程度の存在だ。

「では何がお気に?」

「問題はオークを別とした帝国をどう処理するかという事さ」

 人間の兵を排してオーク兵を擁しているグレイス帝国は、それを排除してしまえば残るのは騎士団と準騎士団しかないというのが現状だ。

 で、そこからどうするかという事が悩みどころ。

「ダーウェス様の方針は第二皇太子を帝位に付け帝国を統治させる事。であれば準騎士団やレジスタンスを支援する形で現皇帝を排し、そのままミリウド殿下を帝位に据えるのが手順としては無難かと」

 まぁ彼等のネックはオークの兵力なのだろうから、それを僕等が担ってあげれば彼等が帝位を奪取する事は出来るのだろうけれど……

「帝位を第二皇太子に移す。この規定路線に変更は無いのだけどね。僕としては皇太子を推す勢力が全面に出て事を起こす事は避けたいと思っているんだ」

「それは現帝を排除するまでをダーウェス様が行い、空位を用意して座らせると?」

「干渉し過ぎかな」

「どうでしょうか……わたくし達にとっての労はそれほどでも御座いませんが、まるで下賜(かし)されたかの様な玉座にどれほどの意味があるのかとは疑問です。自分達が血も汗も流さずに得た権力にどれほどの価値があるのでしょうか」

「まぁ、ラビエラの言いたい事も分かるんだけどね」

 至れり尽くせりのお飾り皇帝では、と思わないでもないんだけれど。

「レジスタンスはもとより準騎士団にも平民が多いからなぁ。圧政暴虐の支配体制を武力蜂起によって打倒するという場合、往々にして民衆は行儀が悪く成りがちなんだよ」

「行儀、とおっしゃいますと?」

「あぁ……つまりは略奪や暴行が繰り広げられるという事かな」


 暴虐に耐えた。圧政を強いられた。

 それを自分達の力で打倒した時、人々はかつて自分達が嫌悪した行為に自ら溺れ易くなる。

 力こそが正義で力無き者が羽虫の様に扱われた者は、自らの力が相手を凌駕した時に免罪符を自分に与えてしまう。


 自分はこの者達に――()()()()()()()()()()()だ、と。


 やられたからやっても良い。

 盗られたから盗っても良い。

 自分達は、()()()側に立ったのだ、と。


「仮に彼等が武力で権力を奪取し、その騒乱の中で彼等に好意的で良心的であった美しい貴族の令嬢が居たとする。その時レジスタンスの兵達は彼女を手厚く保護するだろうか?」

「それは……」

「うん。答えは否だよ。彼等はその令嬢を襲うだろう、確実にね。そうする事が当たり前の様に、そうする権利が自分に有るかの様に彼等は令嬢を凌辱するだろう。そしてそれはグレイス帝国の版図全域で展開される」

「……確かに、過去にもその様な例は枚挙にいとまが御座いませんね」

「これはもう彼等の民度がどうとかの問題でもないんだよ。一種の熱病みたいなものさ。加害者に回った者達にも後々には罪の意識が生まれる事も有るのだろうけれど、その時には新しい体制による変化に対応するに追われる事になる。罪悪感すら風化するだろう」

「ではミリウド皇太子に略奪暴行の一切を禁じる令を出させては如何でしょう? 破れば厳罰に処すると付けて」

「無理だろうね」

 それは自軍が優勢であり余裕がある場合に使える手であり効果が有る手だ。

「彼等は挑戦者だよ。劣勢であり後も無い。枷を加える余地は無いだろう。それこそ成否に直結する。実際はどうとかでは無く、成否に関わるという不安を拭えない」

 仮に令を発したしてソレを破った者がいたとしても、果たしてその者を処罰出来るかとの問題も残る。

 実際には処分は出来ないだろう。

 一人二人であれば処罰もあるだろうが、おそらく数は膨大。そしてその者達が居なければ勝利もあり得なかったであろう事は皇太子のみならず皆が知っている事となれば、処罰も躊躇せざるを得ない。

 それもまた無視出来ない。

 理不尽な血涙の上に築いた次代が、不幸な今代とどれほどの違いがあると言うのか。

 その事に苦慮せざるを得ないのも次代である訳だ。

「ではやはりダーウェス様の仰る様に、我々が今代の全てを排除し、然る後空位を皇太子に渡すという方向が宜しいかと。多少の過干渉もそれを上回る悲劇の前には些事に過ぎないでしょう。ですがその場合、準騎士団の扱いをどうするかとなりますね」

「それだね。レジスタンスには大人しくして貰う算段を何とか取るとしても、準騎士団は戦場に出て来ざるを得ない」

「ですが騎士団と準騎士団はその装備の違いや配置などで見分けは容易かと。準騎士団を殺すなという程度の事は我々には容易でしょう」

「それは分かるよ。しかしなぁ……」

 もう一手欲しいんだよね。

「準騎士団とレジスタンス。それだけを残して帝位を渡したとしてミリウド皇太子が上手く国政を行えるかという処がね。出来ればもう少し人材を残して上げる事が出来ればその後の憂いが減ると思うんだけど……それがどうにも」

「そこまでダーウェス様がお考えになる必要もとは思いますが、そうですね。確かに国政を動かすとなるとそれなりにノウハウを持った者でなければならないでしょう。酒場の談義で政治を動かす訳にも行かないのですから」

「時間があれば有能そうな人材を風の矢筒で挙げさせるか……或いはレジスタンスに接触して人材の目処を付けるか……どちらにしても時間が足りないな」

「ミリウド皇太子に人材を選ばせ提示させるというのは如何でしょう」

「う~ん。皇太子はなぁ……」

 確かに見識も見分も広いとは聞くし人格者でもあるという。

 だが、彼は為政者としての帝王学も修めては居るだろうし、それなりのネットワークもある筈だ。

 おそらく彼は()()()()()()()()()だろう。

 効率良く国土や領地を治める為に、ある程度の悪意は呑み込む。

 清濁併せ呑んで一つの国としての実利を取る位はやってのけても不思議じゃない。

 だがそれは頭がすげ変わる程度の政変である時に有効な手だろうし堅実な方法だろう。

 今は違う。

 今回に限り、(うみ)は出すのでも削ぐのでもなく()()()()()のだ。

 法も理も届かない常識の外からの侵略者が国を蹂躙するのだから、膿んでいる者に対して一切の配慮を排して当たる事が可能だ。

 後の彼にしても、全ては侵略者が勝手に行った蛮行であると言い切って問題無いのであれば、出来得る限りの都合の良い絵餅を描いても問題無い状況。

 僕としてもこの状況は大いに活用したいのさ。

「なんとかして僕等の方で判別したいものだね。貴族や文官、商人なんかの中にも度し難い馬鹿者も居れば有能な人材だって居るだろう。皆が皆好き好んでガーベルの体制に従っている訳では無いと思うんだよ」

「そうですね。それに準騎士団とて全員が皇太子を是としている者達ばかりでは無いでしょうし」

 だったら彼が幽閉されている訳も無いからなぁ。

 準騎士の中にも膿は居るだろうさ。

「遅かれ早かれ悪意は生まれるのだろうし、多かれ少なかれ人の治世は汚れを内包するものだろう。だが最初の一歩位は綺麗なままで初めても良いのではないかと思うだけなんだ。仮にそれが束の間の幻想だったとしても、魔島に相応しいと言われたグレイスの歴史に勝る事万倍だろう」

「必要となるのは善悪の選別、ですか。皆殺しよりも余程難しく、さてその様な方策が有るのかどうか」

 やはり圧倒的に時間が足りない。

 いや、オークを抜いたとしてもグレイス帝国の兵士とてかなりの数だし、貴族や豪族を含めると膨大な数に上るだろう。

 もはや時間の問題というよりは手段、方法の問題と言えるか。

 だが出来ればクリアしておきたい問題だ。

 目の前で思考に耽るラビエラに視線を送る。


「ねぇラビエラ。僕はこの島を手に入れると言ったね」

「はい。それではグレイス帝国はやはりダーウェス様が」

「いや、それは無い。僕は国が欲しい訳じゃない」

「ではいったい」

「うん。僕はね――」

 

 結局の所、僕はこのワグナスの理不尽が気に喰わないんだ。徹底的に。

 だったらと、僕は僕の理不尽をこの魔島に叩きつけると決めたんだ。


「この島に存在する全ての生殺与奪の権利が欲しいんだ」

「ダーウェス様」


 そう。

 圧倒的に――徹底的に――絶対的に――およそ不条理と怒声を浴びせられる程独善的に、僕は僕の意を押し付けたいだけだ。

 国も王も関係ない。

 人も魔も分け隔て無く。

 ただ僕の気に触れたら殺される()()()()()()。と誰しもの魂に刻み込む程の確信的な畏怖を、僕は全てに植え付けたい。


「その悪意の先には僕が居る。魔王の立ち位置としては上々だと思うんだけどね」




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