第61話 大森林の人間模様
「ん?」
執務室となっている部屋の扉の前に気配を感じる。
「失礼します」
メイド長であるシルキーのマリアが入室してきた。
「エストリア様がお見えです」
「エストリアが?」
「はい」
おかしいな?
確かに風の矢筒からの報告を受ける予定にはなっていたのだけれど、エストリアはエルフの実働部隊の纏め役であって風の矢筒の頭領では無い。
報告は頭領のシルミアが来るはずだったのだけれど……
「お通ししても?」
「あぁ、よろしく頼むよ」
「畏まりました」
マリアが退室してから考えを巡らす。
シルミアが来れないのには理由があるのか……良くない報せでなければ良いのだけれど。
やがてマリアに促されて入室してきたエストリアが一礼して入ってくる。
「お目通り、感謝致します」
「堅苦しいのは抜きにしよう、エストリア。掛けてくれ」
「はっ」
僕も席を立ち、彼と共に応接用のソファーに腰掛け、彼と対面した。
「それで? 今日は南の報告を受ける予定だったとは思うのだけど、シルミアでは無く君が来た事には何か理由があるのかな?」
「はい。その件も含めてのご報告が御座いまして」
「ん?」
なんだろう?
何故かエストリアが困惑している様子なのだが?
「どうしたんだい? 遠慮せずに言って欲しい」
「はい」
意を決した様に姿勢を正したエストリアだったんだけど。
「実はシルミアが持ち場を無断で離れまして。その……現在この大森林から姿を消しております」
「…………はい?」
え?
それはつまり……あ。
「彼女が大森林に愛想を尽かした、て事かな?」
あぁ……風の矢筒の皆には働き詰めで酷使したからなぁ。これは不味い。
このままだと連鎖的に皆が離れて行くかもしれないな! 職場環境の改善は雇用主の重大な責務だ。即座に改善に動かなければならない。
「いえ、その……大変申し上げにくいのですが……」
「いいよ。僕としても大いに反省するところだからね。これからは充分に休養を取れるように配慮して」
「ラルトス殿を追ってグレイス帝国へ向かった様でして」
「うん。分かるよ。流石に連日の激務で心身共に疲――は?」
えっと……今何か見当違いな言葉が聞こえた様な……
「纏め役を担いながら誠に申し訳ございませんでした」
「いや、あのエストリア?」
「シルミアの気持ちには薄々気付いては居たのですが、まさか任務を放棄してまで後を追うとは思いもしませんでした。シャル殿とミーナ殿が共に居なければまた違ったのでしょうが……ともかく! シルミアを留められなかったのは私の不徳の致す処。もはや詫びのしようも無く」
「待った待ったっ!」
「は?」
なんだ? つまりは――
「君の話を要約するとつまり……シルミアはラルトスが好きでシャルとミーナが一緒に居るのが気になって一緒にグレイスに向かったと。てか、もしかしてシャルとミーナも?」
「? 私の目にはそう見えましたが? まぁ、ラルトス殿はその辺りの想いに気付いていない様子ではありましたが」
分かるよラルトス。それは僕も気が付かなかったよ。
ラビエラ位に分かり易いと良いのだけれど……どうなんだろう?
僕も彼女達との接点は少ないからなぁ。まぁ、なる様になるか。
「公私混同も甚だしく。捉えた暁には厳罰に処す所存です」
「ははは。いや、それには及ばないさ。任務を軽く見ていた訳では無いだろうし」
「しかしっ」
それでも尚、感情がそれを上回ったのだろうさ。
女の子はそれ位でも構わないと思うよ。
「それでも君が要点の報告は出来るのだろう? 無制限に何でも許す訳じゃないけど、彼女を過剰に働かせていたのは事実だよ。厳罰も覚悟の上で動いているのだろうし、それだけ想いも強いと云う事さ。それ位は汲んでやりたいな」
「では、お許しになる、と」
「実際、ラルトスの助けに為るだろうからね。情報収集能力に秀でているのは周知だよ。僕にとっても実りの有る話だというだけさ。ま、今回は僕からの密命が有ったとしておこう。後々、軽い罰でも与えてやってくれ」
「承知いたしました。我が配下への御配慮、畏れ入ります」
また頭を下げるエストリアを制して、僕は報告を促した。
エストリアもそれを把握し、頷いて姿勢を正す。
「南に布陣したグレイス軍ですが、現在十キロ後退した地にて行われているオークの補充。およそ十日で完了する見通しかと」
「ふむ。先の敗戦もあるからね。上積みもあるかもしれないか」
もっとも、オークの現生とてそれ程安易でも無い。
湯水の様に湧き出る訳も無し、それなりに時間も掛かれば限界もある。
万単位を用意するだけでも苦労するだろうし、見通し通りに失った分を補充するだけで一杯か。
「鬼族の討伐は?」
「あちらは一進一退の現状維持といったところ。やはり西の覇者が抑止となっています。ただ……」
ん? なにか含むな。
「問題が?」
「はい。北に一軍が布陣しました」
「ん? 北に? ……リュクトスの姿は見えているだろうに」
「おそらくは有事の際の陽動の為かと」
「ふむ」
南で戦端を開くと同時に北にちょっかいを出すとすれば、まぁリュクトスに前線に出て来て欲しくないって事なんだろうけれど……
「リュクトスと僕等が繋がっていると悟られた、か。これは先のどさくさに何人か森に喰い込まれたかな?」
此方の情報をある程度は掴まれていると見えるなぁ。ま、僕も同じく向こうの情報を探っている訳だからお互い様という事なのだろうけれど。
「現在、侵入者の捜索を行っております」
「手が早いね、よろしく頼むよ。情報がダダ洩れになるのは避けたい」
「御意」
それから、大森林の街道整備や巨人族による魔獣の報告。難民流入の件などの報告を済ませてエストリアは部屋を後にした。
「さて、問題は時間だなぁ」
敵が戦力を整える迄の時間も問題だが、同時にアマゾネス達の暴発も時間の問題だ。
目と鼻の先で敵が戦力を蓄えているのに、指を咥えて見ていると言うのが我慢ならないらしい。
何しろ斬りたい放題暴れ放題の御馳走が目の前にぶら下がっているんだからな。アマゾネスだけじゃなくオーガの目も血走っている。
殲滅班の士気は上がり過ぎて暴発寸前だ。
「戦闘種族にとっては平和な日常は苦でしかないのかねぇ。魔獣討伐を巨人族に依頼したのは失策か。アレで結構ガス抜きになってたからなぁ」
無駄な損害を出したくないからリュクトス達に担って貰ったんだけど、連中にとってはそのリスクも含めての生き甲斐だったか。
理解に難いけど、まぁ呑み込むしかないわな。
「取り合えずはシェーラとビルスに時間を稼いで貰うしかないか。此方としてはラルトスの成果を待ちたい訳だが……始まったら行くしかないんだけど」
戦う以上は彼方への配慮は二の次になってしまう。僕としては自軍の損耗を最小限に留めるに注力せざるを得ない。
結果、グレイス軍を殲滅する事に成ろうともね。
だが、それは避けたい。
準騎士やレジスタンスという連中が居るのであれば、帝国の再建も夢物語で終わるとも言えない。
だからこそ、その点において何らかの手を打っておきたいのだけれど……どうしたものか。
考え込んでいると「ダーウェス様」と声が掛かる。
「どうぞ」
「失礼致します」
僕の許可を経てラビエラが入室してきた。
ソファーに座って天井を見上げている僕に首を傾げる。
「ダーウェス様?」
「ん? あぁ、ちょっと考え事を、ね」
「考え事で御座いますか。わたくしで宜しければお聞かせ願いますか?」
「…………そうだね」
凡百の僕よりも上手い考えも浮かぶかも、か。
この世界の知識に関しては彼女に頼るところ大だしね。
「じゃあ、ちょっと一緒に考えて貰おうかな」
「はいっ」
嬉しそうに頷いてくれた彼女もソファーに座ってくれた。
なんで向かいでは無く隣に? とも思わなくは無いのだけれど、ラルトスも皆がこれ位分かり易いと苦労はしないのかもねぇ。




