第59話 グレイス帝国の動向
グレイス帝国の襲来から二週間が過ぎた。
今のことろは更なる襲来は無い状態だが、このままの状態がこれ以上続くと流石に僕が耐えられない。
……子供達に、会いたいよおおおおお!
戦いに巻き込むわけにはいかないからグレイス帝国に対しては城が僕の拠点であると思わせているのだけれど、この二週間で里に戻れたのはたったの二度だけだ。
さっさとケリを付けなければ精神衛生上よろしくないな。
そして今日、ようやく待ちに待った報せがやって来た。
「ご苦労だったね」
「いえ。予定よりも遅くなり申し訳ございませんでした」
「かけてくれ」
「はっ」
エストリアに議室の椅子を勧め僕等も席に着く。
この場には僕とエストリアの他にラビエラとリーヴァス、それにサリウが居る。
「さて、それでは聞かせて貰おうか」
「はい」
僕がエストリアに頼んだ任務は現在最も重要な案件、グレイス帝国の内情である。
彼等がこちらに襲来する数日前に出発をして貰っていた訳だが、予定よりも時間が掛かってしまった様だ。
「現在、この大森林方面に陣を敷いて居るのは六軍まである内の二つ、第三軍と第五軍になります」
「此方に来たのは三軍だったかな」
「はい。グレイス帝国皇帝ガーベルの親書を託された、という事にはなっておりますが、進軍自体はアシュトナーレの独断によるもの。結果、その責を負わされる形で騎士団長の一人である伯爵のナイゼルが処刑されました」
「随分と短絡な話だね」
「帝国では珍しくも無い話で御座います」
貴族同士が足の引っ張り合いをしながらの執政とは……それで国民は報われるのだろうか。
まぁ、出来ない相談なんだろうなぁ。
そしてエストリアはこの数週間の間に風の矢筒が集めた情報を語ってくれた。
どうやら現在帝国の六軍の内、動いているのは三つの様だ。
第三と第五は僕等の方へ。
そして第四軍は僕等の西、キーサス山脈の向こう側で活動しているらしい。
それというのも一つの部族に対する侵略の真っ最中だとか。
「それで戦況は?」
「はい。部族に対し帝国は四万のオークを繰り出し殲滅戦を仕掛けています。よく奮戦はしていると思いますが数が違い過ぎますので、陥落するのも時間の問題かと」
「そうか」
しかし僕等に対してよりも理不尽な侵略を受けてからもう三ヵ月だという。
よく持ち堪えていると言って良いだろうね。
「鬼族、か。どうやら戦闘能力は高い様だね」
「カカ。あやつ等もまたアマゾネス等と同様の戦闘民族よ。違う点と言えば連中は同族同士でしか婚姻も性交も行わぬというところかの。あとはほれ! これさな」
言ってリーヴァスは自分の額から人差し指を指し示す。
「あぁ、やっぱり角が有るんだね」
「うむ? 会った事があるのかの?」
「いや、僕の知っている鬼という者がそうだったからね。まぁ、聞き流してくれ」
うん、でも会ってみたい気もするね。僕にとっては御伽噺の住人だからね。
ま、それを言ったらエルフなんてその最たるものなんだろうけれど。
「帝国軍がキーサス山脈に立ち入れば西の覇者が出て来る畏れがあります。彼等も無暗には深追い出来ないのでしょう」
「そこは鬼族が上手く立ち回っていると言ったところか」
「はい」
サリウとの会話でふと気になった。
「仮に鬼族がキーサス山脈に逃げ込んだ場合、やはり西の覇者は出てくるのかな?」
僕の言葉にサリウは首を捻る。
「どうで御座いましょう? 西の覇者との直接の面識は有りませんが、かの者が逃げ来る者に害を成したとは聞いた事がありませんが」
「ま、目の前まで現れれば取って喰うやも知れぬがの? 領域に踏み入る程度では目くじらも立てはせんであろう」
「リーヴァス殿?」
サリウとは違いリーヴァスは何かを知っていそうだが。
「我の友も彼のドラゴンの領域に逃げ込んだクチでの。今では膝元でゆるりと暮らして居る。なかなかどうして、西の覇者には覇者と呼ばれるに相応しき度量もある様だぞ?」
「それは朗報だね。なんだか気が合いそうだ」
話の分かるドラゴンであれば僕としても助かる。
何も好き好んでドラゴンと敵対したい訳じゃないしね。話し合いで済むのならばそれに越した事は無い。
けれど此処までならばそれほど時間を掛けずに情報も集められるだろう。
僕が知りたいのはもう少し突っ込んだところだ。
「それで? 彼の事は?」
そう、帝国の第二皇太子だというミリウド。
僕が今回風の矢筒に調べる様に頼んだのは、彼と彼を支持する者達の動向や、それを含めた帝国の内情だった。
「はい。今現在、かの第二皇太子は王城とは別の城にて幽閉されております」
「罪状は?」
「反逆罪、の疑いありとの事」
「疑い、ね」
それでも自分の息子だろうに。
まぁだからこそ殺害ではなく幽閉なのだろうが……それにしても疑いありなだけで幽閉か。
自分達特権階級が豊かに暮らせる事だけを優先していた筈の皇帝が、自分の支配だけを優先しだした。やはりガーベルとは分かり合えそうもないな。
というより――
「そこまで変わるか……オークを使いだした事といい、これはリーヴァス殿の予想が当たったか?」
「カカ。おそらくの。おおよそ三下悪魔でも取り込んだのであろうさ。上位存在であれば逆に呑み込まれようし、あやつ等ならば支配などと面倒な事は思索にも上らんわ」
「面倒な」
僅かな知識と僅かな力。
だがそれは常人から見れば異形の知識であり超常の力には違いが無い。
傲慢な皇帝がそれを手に入れたのならば今の現状にも添うという事か。
「反逆の疑い、と言ったね? 根拠は?」
「はっ」
エストリアは表情を硬くした。それなりに掴んでは来たらしい。
「グレイス帝国の準騎士団、ご存知でしょうか」
「あぁ」
あの時、あの諍いを納めた男は確か準騎士団の団長と名乗った。
貴族の騎士団よりも余程現状の認識が出来ていた。僕等と自分達の戦力差を、彼ははっきりと認識していたのだろう。
つまりは、それだけ腕が有る。
「準騎士団はその殆どが平民出身者、もしくはガーベルの執政に反発はしないまでも距離を保っている貴族達です。彼等は現皇帝よりもその第二皇太子であるミリウドに忠誠を示しています。もちろん水面下で、ですが」
「行政はともかく軍部は一枚岩では無いという事か」
「勢力としては微力です」
「うん」
単純な軍人の数であるのならばそれ程の差異は無いのだろうが、ガーベルにはオークがある。
各軍に五万として六軍合わせて三十万、か。
数だけ見れば恐るべしなんだけどな。
それを承知で忠誠を見せる。
エストリアが語る第二皇太子は魅力的な人物の様だ。
ミリウド・シュバイツ・ウル・グレイス。
グレイス帝国を調べていると必ずその名前が出てくる。
ミリウド殿下が居てくれたなら、と苦しい立場にいる者や辛い現実を耐えている者は口にした。
騎士団の民に対する無法を裁き、理不尽な内乱制圧を幾度となく防いで見せたという。
暴政を敷く皇帝や、自信過剰な兄と怠惰な弟。家族である王族との軋轢も深い。
それでも排斥されなかったのは、一応は皇帝も人の親という事なのか、もしくはまだ使い道があるというのか。
国民の暴発への緩衝材には使えるという感じかな。
「では準騎士団とミリウド皇太子が反逆を目論んだと?」
だとすれば迂闊もいいところだけど。
「いえ、この件に関しては皇太子は関与していません。ですが彼を慕う準騎士団が接触したのは……」
エストリアが示したのは、彼が接触しようと努力した組織だった。
「レジスタンスでした」




