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第58話 帝国の勇者


 剣は抜かず、その手を大きく広げて制止する。

 騎士団に背を向けシェーラとビルスに、ひいては僕に視線を向けた。

「この場の非礼は如何様(いかよう)にもお詫びします! ですからどうかっ! この場は剣を納めて頂きたいっ!」

「ダレス貴様っ!」

「ああぁん?」

「……ホゥ」

 怪訝な表情を浮かべるシェーラとビルスに対して恐れずに立ちはだかる。

 憤る貴族とは異なり、彼の掻く(かく)汗を見るに二人の実力は感じ取れているだろう。なかなかの勇気と言えた。

「私達の間には交流は無く、またこの魔の巣食うと言われた大森林の中にあって平静を保つ事が難しい我等の心中、どうか御計り頂きたい」

「充分平静に見えたけどねぇ。そりゃあたしの見間違いかい?」

「この場にて我等と事を構えたところで其方(そちら)にとって利するモノなどありますまい。まだ我等の間には溝を埋める事が出来る可能性もある筈です」

「さっきの話の中にゃあ利するモノってのも無かったんだがね」

「されどっ!」

「いい加減にしろ下郎っ!!」

「っ!」

 おい…………アシュトナーレは間に入ったダレスとかいう騎士を後ろから斬り付け黙らせたんだが……お前達は今まさに彼に救われるところだったんだけどな。

 斬ったとはいえあの程度の振りでは深くは斬れない。ましてや軽装とはいえ鎧を着ているからね。

 この正騎士達に両断出来る腕はあるまい。

 多少の傷は負ったのだろう。ダレスが膝を付いたのに気を良くした様子のアシュトナーレは剣を振るって血を掃う。

「卑しき平民上がりの分際で誰の前に立ち邪魔をするかっ! 蛮族の前に貴様の首から刎ねてくれるわ戯け(たわけ)がっ!」

「畏れながらっ!」

 更に剣を振ろうと高らかに掲げたアシュトナーレに対し、ダレスは身を返しアシュトナーレ達に対して膝を折る。

 その背に斜めに剣傷が走っていた。

「我等は皇帝陛下よりの言を大森林の民に伝え、その返答を皇帝陛下に持ち帰る事こそが任でありましょう。皇帝陛下の意に対し、受諾を示そうと拒絶を示そうと、まずはその答えを皇帝陛下にお伝えする事こそ忠義。拒絶の選択の権利は彼等に有りましょうが、その拒絶に対する我が帝国の応手選択の権利を有するのは使者たる我々ではなく皇帝陛下ただ御一人でありましょう!」

「はっ! 陛下も私と同じ選択を成されよう! たかだか蛮族如きが我が帝国を侮辱するなど、その死を以って罪を贖う(あがなう)他に術など無いわっ!」

無様(ぶざま)なっ!」

 ナイゼルが膝を付いているダレスの鎧を掴み立ち上がらせた。

「臆病風に吹かれるとは騎士の風上にも置けぬ奴よっ! 剣を抜くのが怖いのならば鍬でも持って田畑でも耕すが良い(よい)わっ」

 だがダレスの瞳は真っ直ぐにアシュトナーレに向かっていた。

「皇帝陛下が戦いの令を発せられたならばこのダレス、ただ一騎一槍を以ってしても敵陣に斬り込む所存。ですが侯爵、我等は皇帝陛下の令を聞いてはおりません」

「……ナイゼル卿」

「しかし侯爵っ……はっ」

 アシュトナーレに制されてしぶしぶナイゼルは彼を離すが、彼はそのままアシュトナーレに視線を送る。

「侯爵閣下。今この場にて剣を交え、仮に我等が勝利を収めたとしてもその後はどうなさいます。敵となった大森林の奥深くにあって我等の数は僅かに五十騎。門には巨人族の二人も居ましょう、森を出る迄にどれほどの敵に遭遇するかも分からず、またどれほどの魔獣が出るとも分かりません」

「……籠城という手もあろう」

「古来より籠城とは援軍が来るまで持ち堪える為の戦法です。ですが我等が籠城していると知る者など帝国には居ないのですぞ。剣を交えた事すら伝わらない。実質我等は孤立しているのです」

「我等が戻らねばそれと知れよう」

「それは何時です。してそれを知り軍を発したとしても、この城の存在すら我等は知らなかったのです。この城を見つけ出し我等を救い出すまで、この森全てを敵に回してたかだか五十の兵でどれほど持ち堪えられるとお思いか」

「……」

「アシュトナーレ侯爵閣下」

 今一度、彼はアシュトナーレに膝を折る。

「どうか今は皇帝陛下より賜った任務の遂行をこそ優先するよう、このダレス、身命を賭してお願い申し上げます」

「…………良かろう」

 アシュトナーレが剣を鞘に納め、他の騎士に目配せをすれば皆も剣を納めた。

 すかさずダレスが僕に膝を折り頭を垂れる。

「ダーウェス殿に置かれましては此度の所業、その心中には穏やか成らざるモノも御有りかとお察しいたします。ですがどうかお留まり下さいますよう、伏してお願い申し上げます」

 う~ん……惜しいなぁ。

「…………シェーラ、ビルス」

「なんだい、つまんないねぇ」

「御意」

 僕の言葉で二人も剣を納めて元の場所へと戻った。


「騎士の方よ、顔を上げて欲しい」

「では」

 あからさまにホッとしてる顔だ。

 まぁアシュトナーレにはああ言っていたけれど、彼自身は自分達が勝てるとなどは微塵も思っていなかった様である。

 彼我の戦力差を正確に認識出来るというのはそれだけで優れた資質と言えよう。

「僕としても戦いは望む所ではない。アシュトナーレ侯爵。とても残念な邂逅になってしまった事は僕としても遺憾ではあるが他の選択肢が有るでも無い。どうかガーベル皇帝陛下には残念だったとお伝えください」

「良いでしょう。ダーウェス殿の言葉、このアシュトナーレが確かに承った。一言一句違える事無く皇帝陛下にお伝え致しますれば、次の邂逅は戦場でと云う事に成るやも知れぬ。その時まで精々余生を楽しまれるが良かろう」

「お心遣い痛み入ります」

「ふん。その時が来れば、の話だがね……行くぞっ」


 ハッ! と返礼する騎士団と共に、アシュトナーレ達は謁見の間を後にした。

 最後尾に傷を負ったままで歩き出した彼に――

「僕に」――と声を掛け止まらせる。

「勇者たる騎士殿の名を聞かせては貰えないだろうか」

「……」

 彼は僅かに止まり振り返れば、その真摯な瞳を僕に向ける。


「グレイス帝国軍第三軍第六準騎士団団長、ダレス・ウィズリーと申します。では」


 僕等に礼を残し、彼は一団へと戻っていった。



 ◇ ◇ ◇



「オーク共と合流する。どうせあの集落を根絶やし喰らっている頃だろう! 合流次第帝都に伝令! 陛下の意を受け次第そのままこの地に雪崩れ込んでくれるっ!」

「はははっ! その頃には別動隊が蹂躙しているやも知れませんなぁ」

「確かになっ! まぁそれも良いわ! だがまぁ、あの城の女共位は残しておいて欲しいものよ。滅多に見れぬ上玉ばかり故なぁ」

「侯爵もお好きな事で」

(けい)はいらぬと申すか?」

「まさか。私はもともと好き者ですよ」

「ははっ! 言いよるわっ!」


 そんな愉快な会話をしながら城から馬で駆け出す一団を見下ろしたあと、僕はテーブルと共に据えられた椅子に腰を下ろす。

 帝国騎士が帰り、僕等が移動したのは長いテーブルが置かれている二十人程で使える議室だ。 

 僕の着席と共に皆も座る。


「さて、思いの外ストレートに言っては来たけれど、まぁ予想通りの展開ではあったかな」

 南からリュクトスが消え、北に確認出来た段階でグレイス帝国が南からちょっかいを掛けてくるのは明らかだった。

 難民から聞いている限りでは友好的な接触は図れないとは踏んでいたのだが、いきなり組み込もうとするとまでは思わなかった。

 もう少し絡め手でも使えば楽しいのにとも思うが。

「こちらの兵力も知らず、己が兵力に絶対の自信を持って居れば増長もするのでしょう。身の程を知らぬ、とはまさに彼等の為の言葉かと」

「カカ。まぁ良いさ。敵は馬鹿に限るというもの。楽に勝てるに越した事は無い」

 ラビエラとリーヴァスにしても予想を外さなかったという感じだ。

 そして打っておいた手もすんなり嵌った。

「僕の所の皆も殲滅班と一緒に上手くやったみたいだよ。南西から来た連中の殲滅は完了したみたい」

「どうやら本隊の一万も先ほど殲滅が完了した様です。ただ些か血の臭いが濃くなり過ぎました。少し森がざわついています。精霊の脅えが聞こえる」

 リュクトスに令で動いてくれた巨人族とシャル達が敵の別働隊を叩いてくれた様だ。

 本体の殲滅を報告してくれたサリウは、どうやら森の今後に不安を見せる様子だけれど。

「なぁに、しばらくはあたしも森に出張るさ。たまにゃあ実践もしとかなきゃ感が鈍っちまうよ」

「フム。我等モ動クトシヨウ。一万モノ怨嗟ト残留魔素ハ馬鹿ニハ出来ヌ故ナ」

「頼むよ、二人共」

 シェーラとビルスの言葉に僕も頷く。

 僕が霊脈を修正したとは言え、局地的に発生するにしては量が多過ぎる。

 かつての大森林並みかそれ以上の事態にも成りかねない。流石に一万の亡骸全てが魔素を取り込み魔物になるとも思えないが、獣が魔獣になる程度は乱発しても不思議じゃない。

 

 それにしても、とは思う。

「ダレス・ウィズリー、か」

「やはり気になりますか?」

「うん、まぁね」

 ラビエラに頷き、窓の外を眺める。


 彼は良い。

 惜しい。

 何故あれほどの男があの様な地位で、そしてあの様な(やから)の下に甘んじなければならないのか。

 だが一番気に成るのは違う事なのだ。


「サリウ。まだ報告は?」

「はい、まだ風の矢筒からは何も」

「カカカ。流石にそうそう尻尾は掴めんだろうて」

「まぁ。分かっては居るんだけれどね」

 思わず苦笑いしてしまう。


 グレイス帝国には光がある、と難民の中の数人は言う。

 ある。あった……確かに存在していると。


 圧政に苦しむ中で、暴政に耐え忍ぶ中にあって、人々の救いとなるべき希望の光たる存在が、かつては確かに存在していたという事実は在るのだ。



「ミリウド・シュバイツ・ウル・グレイス……グレイス帝国の第二皇太子、か……会ってみたいものだね」



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