第47話 ラルトスの日常
「…………ん…………んんっ! っはあああっ、っと」
一度、寝床の上で伸びをしてから起きた。
うん。今日もいい天気だ。
僕はラルトスと云う。
ラクエルの里の戦士団の一人。
ちょっと頼りなく思われがちだけど、一応この里では一番の癒しの魔法を使えるんだ。
まぁこの大森林には光輪教の教会がある訳じゃないから、全くの独学なんだけどね。
光輪教とは崇輝教と共に世界を二分する宗教だ。
もっとも、僕は世界を知りはしないんだけれどさ。
崇輝教が至高神ゼクシナを崇める宗教に対し、光輪教は光の精霊を崇める宗派だ。
でも違いは崇める対象の違いだけじゃない。それは恩恵にも表れている。
崇輝教の司祭や神官は入信し、教会で修行を積む事で至高神の恩恵である癒しの魔法を使う事が出来る。
対して光輪教には修行は存在しない。
光の精霊の恩恵を得られた者は光の精霊の導きにあう。
呪文も詠唱も精霊が僕等に与え、僕等は癒しの奇跡を行使できる様になる。
もっとも、それだって精霊にどれほど愛されているかという差や自身の持つ魔力の量なんかで差はあるんだよね。
僕なんかじゃあ怪我の治療や病の治療は出来るけれど、もっと重症、たとえば四肢や身体の部位の欠損なんかはどうしようも無いんだけど、噂じゃあエルフの長老なんかは失った部位の復元も可能らしい。
どれだけ精霊に愛されてるんだろうねぇ。
「さてと」
僕はそうそうに支度を済ませ家を出た。
最近は里も変わって忙しいんだよね。
全てはダーウェス様が来てから、僕等の暮らしは一気に変わった。
多分、良い方向に。
取り合えず僕は団長であるガランさんの家に向かった。
今日は西のヒルキの里から里長が来る予定になってるからその打ち合わせだ。
道中や里周辺の魔獣の対策は隠者様の使い魔がこなしてくれているから問題はない。
というより、あの使い魔達の方が余程怖いんだけどね。まぁ僕等に襲い掛かる事はないから最近は慣れたけど。
不眠不休で食事要らずって怖い。
でもそれだけの魔力を常時提供し続けているっていうんだから、やっぱりダーウェス様はどうかしている。
もう冗談みたいな人だ。ん? 人、かな?
まぁいいか。
「は~い」
僕がドアをノックすると開けて顔を出したのはセリナさん。
「あら? ラルトス君、おはよう」
「おはようございますセリナさん」
セリナさんは以前のゴブリン騒動の時、不幸にもゴブリンに浚われた人達の中の一人だった。
その後僕等がゴブリンの巣から皆を助けたのだけれど、不幸にもゴブリンの子供をその身に宿していた人。
彼女と、もう一人のカチュアさんは、自分達の腹を自分達で切って死のうとしていたけれど、団長がそれを止めた。
無理矢理に、強引に、ほとんど滅茶苦茶な話だったけれど、団長は彼女達二人の全部を肯定して、丸ごと全部受け入れて、なんと二人を同時に嫁にした。
正直、ラッツさんとか激怒ものだったし、実は僕等もちょっと引いてしまったんだけど、団長は一度決めたら後には引かないし、多分後悔なんか絶対にしない。
穢れを孕んだとされる彼女達は普通の集落では受け入れられないのだけれど、ここラクエルの里は別だ。いや、今となってはダーウェス様の庇護下にあるこの大森林の中で、そんな事を言う者は居ないんだろう。
今現在、セリナさんもカチュアさんも団長と幸せに暮らしているのだから、やっぱりあの時の団長の決断は正解だったという事かな。
いつも滅茶苦茶なんだけど、なんでか後になってみれば正解だったと思わせるのが団長で、そんなあの人に僕等は惹かれているんだと思う。
「団長居ますか?」
「ん? うちの人なら朝早くからいつもの稽古に出掛けたわよ。さっきカチュアが朝御飯持って行ったから、そろそろ休憩挟むころじゃないかな。行ってみれば?」
「げっ! まだやってたんですか団長。でも…………大丈夫なんでしょうか」
正直、命の保証は無いと思うんだけど。
「ふふ、あれでも楽しいみたいよ。最近じゃあ褒められる事も有るみたいね。褒められた日の夜なんかご機嫌でさぁ。あたしもカチュアもくにゃくにゃになるまで」
「ししっ失礼しましたああっ!」
「ふふふ、いってらっしゃい」
脱兎の如く退避した。
やめて欲しい。
独り身の僕には生々し過ぎるし、うらやまし過ぎるぞくそ団長! マジ死ねばいいのにっ!
あんな美人さんの二人をくにゃくにゃって……くにゃく…………ぉぅ、羨ましくなんかないやい!
僕が窪地になっている訓練場の迄辿り着くと、見下ろす道の傍らの芝生に座っているカチュアさんを見つけた。
座って訓練を眺めている彼女が抱えているのは団長の朝御飯なんだろう。
カチュアさんは僕に気付くと、
「あら? おはよう、ラルトス君」
「…………くにゃくにゃ…………」
「え?」
「っ! いえっ! おはようございますっ!」
「?」
しっかりしろ僕っ!
セリナさんが綺麗なお姉さんな感じであるならばカチュアさんは可愛いお嬢さんタイプな女性だ。
あぁ…………なんでくにゃくにゃ…………あ、すごい音がしたから視線を訓練場に向けた。
「ぐぅっああああっ!」
「ガランっ!」
「……ちっ! 惜しい」
「え?」
「いえ何も」
激しく吹き飛んだ団長に驚いたカチュアさんと、なんだろう、心配した僕が見当たらない。
いかんいかん。
少し首を振って切り替えよう。
団長はまだ起き上れないでいるが、なんとか生きているみたいだ。
その相手は? と言えば手にした木刀を肩でポンポンと弾きながら、朝から大きめの徳利で酒を煽っていた。
「一体何度言わせれば分かるんだいボケナス。多少は受けても上等だぁなんて程度の低い考えが通じるのは下手糞共の勘違いなんだよ。見切りも満足に出来ない内から安易な削り合いなんて覚えるもんじゃないよっ!」
「くっ! そぉあ! まだま」
「だからよぉ」
「ぐあっ!」
意気を上げて起き上ろうとした団長を刹那に肉薄して木刀で再び弾き飛ばした。
「立ち上がろうとしてるのになんで無防備なんだよアホタレ。だいたい寝過ぎだ馬鹿野郎。無駄吠えする元気があるなら攻撃に備えろカスが」
「っあああっ!」
団長は即座に立ち上がり抜き身のロングソードを構えた。
そんな団長を満足気にシェーラさんは眺めている。
彼女はこの前までアマゾネスの族長をやっていた人だ。
なにが有ったのか知らないけれど、ある日ダーウェス様達が里に戻って来た時に彼女も一緒に帰って来て、今ではそのまま里に住み着いている。
「あたしの居場所はダーウェスの隣だからねぇ。こいつと居ると、色々と退屈しなくて済みそうなんでね。まぁよろしく頼むよ」
という事らしい。
まぁ詳しくはホントに分からないんだけれどね。
族長の座をデューさんに渡した彼女は、今では僕等戦士団に稽古を付けてくれていた。
稽古、でいいんだろうか?
稽古なのかシゴキなのか、いや、あれは地獄と呼ぶに相応しい虐待なのかもしれない。
とにかく厳しいしとにかく苦しい。
任務が無い時の午後は大抵がシェーラさんの地獄タイムだ。
皆もう諦めの表情を見せ始めても居るけれど……なんか午後になると目から光を失う団員も続出している状況だ。
でも確実に僕等は力を付けて来た。それは間違いない。
このワグナスに生きる男として、それはもっとも重要な事で生死に直結する事でもある。
だから、きっと皆も耐えられるんだと思う。
それに加えて団長はこうして空いている時間を見付けては個人稽古を付けて貰う様に頼んでいるらしい。
本当に、いつか死ぬんじゃないかと心配にもなるけれど、団長としては大満足らしいから驚く。
今もまたシェーラさんに突撃をかまし、あ……人ってあんなに飛ぶんだなぁ…………まぁ、死にはしないか。
「まだ、掛かりそうですね」
「そうねぇ。ガランもまだまだ頑張れそうだし、シェーラさんも手加減はしてくれてるそうだから、もう少し掛かるかもね」
あれで手加減とか、本当に怪物だなぁ。
でも、まぁ仕方がないと切り替える。
「それじゃあ僕は失礼します」
「あら? いいの?」
「はい。あ、薬草渡しておきま」
「大丈夫、持ってきてるから」
抱えている者は朝食だけでなく薬草もある様だ。しかもチラリと見せてくれたのは、うん。かなりの重症まで考慮してるみたいだな。
ご愁傷様です。
カチュアさんに挨拶をして僕が次に向かったのは戦士団の拠点だ。
まぁ一応は団長に話を持っていくのが筋だから向かったけど、結局は拠点に向かう事になるとは思っていたから問題は無い。
ここには夜番の人も居るし皆の装備や人員や任務の差配なんかも此処で行う拠点だ。
「おはようございます」
「ん? おうラルトス、ちょっと待っててくれ。じゃあ三番隊はその通りに動いてくれ。あと五番隊、ミラスの集落から名指しの依頼だ、連絡して打合せしとけよ。ミルド! この前お前らがぶっ壊した装備な、あれが高くついたらしい、アイラがおかんむりだからとっとと土下座して来い。以上だ!」
「了解」
「分かりました」
「えぇ~、マジっすかぁ」
一通りの報告と指示を終えたラッツさんが僕に「待たせたな」と笑いかけてくれる。
ラッツさんは戦士団の副団長だ。
団長のガランさんがあの通りの人だから、はっきり言って細かい事には気が向かないし、皆を差配するには向かない人だ。
いつも自分で動いちゃうんだよねあの人。
で、実質的に戦士団を動かしているのはラッツさんって事になる。これは、まぁ昔からなんだけど。
「ヒルキの件か? 来るのは昼過ぎだったよな」
「はい。実は向こうの里長が漁場を見学したいと言ってきまして」
「うん? ……あぁ、警護か」
「はい」
まったく、急に言われても困るんだよねぇ。
一応は危ない魔獣とかは居ないんだけど確実に居ないとは言い切れない。そんなに安全な島じゃない事は向こうだって理解しているんだろうに。
まぁ西の方の里にしたら海自体見た事無いだろうし、興味を持っても仕方ないとは思うけれど、流石に警護も無しってのは不味いと思うんだ。
「二か四はどうだ?」
「二番隊は昨日、北の偵察から戻ったばかりですから流石に。四は昨日夜警でしたからね」
「流石になぁ……おっ! 七番空いてたろ」
「今日はシェーラさんとの訓練日です。副団長から彼女に言って頂けるのでしたら僕としても嬉しいですけど」
「お前は俺を殺す気かよ」
「ですよねぇ」
言えない。
実はシェーラさんは結構楽しんで訓練してくれてるのだから。
前にシフトを変えてずらした時なんて、次の訓練の時に…………あ、これ思い出したら駄目なヤツだ。
という訳で、今、九番隊まである僕等戦士団は絶賛フル稼働中なんだよな。
お偉いさんは簡単に言ってくれるよ。
「う~ん」
少し、ラッツさんは考え込んだ後に、「よし!」と席を立つ。
「んじゃ行くか」
「え? どこに」
「決まってる」
戦士団の上着を羽織り、ラッツさんは僕に付いて来るように促した。
うん。行く所なんて、決まってる。
困った時には、僕等はいつだって頼ってしまうんだ。
あまり良い事では無いのだろうけれど、それでも、思わず頼ってしまう。
問題を持ち込む僕等の事を困った風に、でも微笑ましそうに受け入れてくれる、僕等の希望に。
「ダーウェス様に相談してみるさ」
「ですね!」




