第46話 予感は走る
その光柱が放った膨大な魔力の余波は鯨波の如く世界を駆け抜けた。
数多の存在がその知覚に何かを捉える。
それはキーサス山脈の高く険しき山の頂で――
『……やはり復活したのは彼の者なのですね』
西の覇者と呼ばれる白きドラゴンは静かにその光柱を見詰めていた。
リーヴァスの友より話は聞いていたが実際にこの身で感じる迄は信じ難かったのだが、此処に至りその確信は揺るぎ様がない。
『此の身の生ある時の中で再びまみえ様とは…………これも此の身の半身の導きなのでしょうか』
かつて、神話の時代にまだ幼かった自分は空を堕とし魔王とは交えてはいない。だがその大きな魔力と存在は遠く離れた自分の身を震わせるに充分だった。
『かつてとは違うとの話は何処までが信じるに足るのか……』
白きドラゴンは目を閉じ、やがて訪れる魔王との邂逅に想いを馳せるのだった。
それはとある王城で――
「まったく馬鹿げた話よ。忌々しい獣共が」
ワグナスに唯一存在する国家、グレイス帝国の皇帝ガーベルは大森林より立ち昇る光柱を睨みつける。
その膨大な魔力に四恐の何れかの魔力だろうとあたりを付けた。
不意に王の間の片隅で優雅に果物を摘まむ若者に視線を向ける。
「さっさと片付ける筈では無かったのか?」
忌々し気に話を振られ、若者も億劫そうに立ち上がれば、ガーベルを睨み返した。
「北の仕業じゃねぇだろ。奴もこの前の傷は癒えてねぇ筈だ。西でもねぇし南はそもそも魔力なんて出せねだろうしな」
「では東の隠者か」
「俺の見立てが甘かったのか、それとも……別の何かかもな」
「別のだと? それは何だ!」
「はんっ! 知らねぇよそんなの。知る訳ねぇだろ? 馬鹿かお前」
「貴様」
面倒臭そうに立ち去る男を忌々しく睨み、ガーベルは王座に深く腰を据える。
「我との盟約、忘れるなよ」
「三下悪魔が……無駄な心配するんじゃねえよ」
バルコニーに出た男の姿は次の瞬間、巨大なレッドドラゴンへと変貌を遂げていた。
『北との傷が癒えたら喰らって来てやるさ。それまでは大人しくしてるんだな』
その身に負ったヒュドラの毒傷を見詰めて、赤きドラゴンは王城を後にした。
「不遜なトカゲが。精々踊るがよいわ」
ガーベルは飛び去るドラゴンを嘲り、その姿を眺めて嗤う。
その真紅の翼に突き刺さったまま抜ける事は無い、漆黒の牙に唇を歪ませて。
それは大陸にあるとある神殿で――
「っ! まさか! …………誰かっ! 誰かっ!」
大聖堂にて祈りを捧げていた聖女の叫びに、数人の司祭が駆け込んできた。
「如何なさいましたっ! シールナ様」
「神託が! 至高神ゼクシナ様より御神託が有りました!」
「なっ!」
世界を二分する教会組織の一つ、崇輝教の大本山。その中で最高司祭と云われる聖女シールナ。
その彼女をしても神託は人生の中で三度目の奇跡。
そんな彼女の奇跡に、皆が心を躍らせてたのだが、その内容は期待とは真逆のモノ。
「南の地で大いなる闇が目覚めました」
「なんとっ!」
「南……それは、呪われた島では」
「魔島ワグナス……」
南と闇の二つのワードで連想されるのは魔が巣食う島であるワグナスしかありえないだろう。
世界には魔物や魔獣が溢れ、魔族や魔神、悪魔の類も存在している。
だがそんな事で今まで至高神から神託が有ったなどという話は聞いた事が無い。
であるならば、その復活した闇とはそれ以上の脅威と言う事なのだろうか。
「ゼクシナ様は我等になんと仰せに」
「かの女神は我等に救いの手を」
縋るような視線に、シールナは静かに首を振り、大聖堂に鎮座する女神像を見上げる。
「……分からないのです」
「シールナ様? それは」
「ゼクシナ様も戸惑っている様に感じられました」
「いったい……何が起こっているのでしょう」
シールナは神託を反芻する。
――南の地でかつて封じられた大いなる闇が蘇りました。されど……その闇は私の知る闇ではない。闇に闇たり得ぬモノが在る。心して道を選びなさい、私にもこの先は見通せない――
「一体何が蘇ったのでしょうか、ゼクシナ様」
祈る彼女に、再び神託が降りる事は無かった。
それは大森林の中、アマゾネスの集落で――
火を起こし、その煙を眺めながら祈りを捧げていたデューは静かに皆の前に立つ。
「あたいが四十九代目を張る。文句がある奴は出といで。さっさと済ませようじゃないか」
斧を担ぎ笑みを漏らすデューに、皆も笑顔を見せる。
「別に良いんじゃないかい」
「どうせ山に行く迄の話さ」
「あんたに付いてくよ。なぁ皆っ!」
一斉に賛成の声を上げる皆を嬉しそうに眺め、斧を掲げて雄叫びを上げた。
振り返り、もう一度煙を見上げる。
「見てろよ姉御。一発ド派手な土産を持ってくからね。そん時ぁ、また一緒に呑もうや」
皆、シェーラの身体の事は知っていたし、残された時間も理解していた。
デューから事の顛末を聞いた時にも大して混乱はない。
むしろ、戦い送ってくれたラビエラやダーウェス達に感謝の言葉を口にする者も居たほどだ。
それほどまでに彼女達にとって大切なのは結果ではなく道程だった。
どの様にして死んだか、ではなく。死ぬまでにどの様にして生きたか、が問題。
生きて、戦ったか。
それが全て。
だからこそ、最後まで戦ったシェーラの死を、誇りにこそ思え嘆く事は決して無い。
そして始まった彼女を送る宴の最中、天高く登る光柱を見た。
それは眩いばかりの光と共に、圧倒される魔力を魂の奥底まで染み渡らせる。
「な、なんだよ、アレは」
「おいおい、空でも堕とそうってんじゃないだろうね」
ただひたすらに戦慄を覚えるアマゾネスにあって、デューだけは不思議な感覚を覚える。
光が立ち上った方向に覚えがある。
「……まさか……」
漠然と、有りもしない空想が頭をよぎったデューだったが、その空想は、その妄想は、その夢は、どこか現実感を伴っている様に思えてならなかった。
そして追悼の為のアマゾネスの宴が、歓喜の宴と変貌したのはこの三十分後の事だった。
自分の心臓で鼓動を打ちながら、シェーラは帰って来たのだった――――




