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第45話 終焉の後に


 地面に斧を置き、膝を付いて静かに礼の形を取るデューが瞑目している。

 僕等が静かに見守る中、立ち上がったデューは斧を手に僕等に背を向けた。


「もう、良いのかい?」

「あぁ。姉御は満足して逝ったんだろ? ならあたいが何かを言う必要もねぇさ……手間掛けて悪かったね、ラビエラ。姉御を送ってくれて、ありがとな」

 不意にラビエラを見詰め感謝を示したデューはそのまま立ち去ろうとする。

「彼女を里に連れて帰らないのかい? 手なら貸すよ」

「ダーウェス様」

「ん?」

 僕を制したのはサリウだ。

「彼女達アマゾネスには埋葬の概念は御座いません。死者はただ戦場に屍を残すのみなのです」


 戦闘に特化した文化を持つ彼女達は墓に埋葬されるという習慣が無いらしい。

 戦う事を目的として、戦う事を手段として、戦った事を終着とする。

 戦場で死ぬ事こそを栄誉とし、看取られて床に死す事を恥としていた。

 過去、四恐に挑んだ者は誰一人戻っては来ず、ただの一人の墓も無いそうだ。


 シェーラを除いては。


「ようやく、さ。姉御は眠れたんだよ」

「四恐に挑み里に戻った者はシェーラ様以外居ませんでしたから。彼女はその恥辱を身に受ける事で散った仲間に詫びていると、そう申しておりました」 

「あたい等は嬉しかったんだけどね」

 ぎゅっと強く握った斧を僅かに震わせ、デューはそのまま夜の森へと消えて行った。



「お見苦しい戦いを披露しました。お許しください、ダーウェス様」

「ふふ、何を言うんだか。見事だったよ、ラビエラ」

「畏れ入ります」

 僕とサリウの下に来たラビエラが静かに微笑む。

 僕では此処まで彼女を満足させる戦いは出来なかっただろう。寧ろラビエラには感謝をしたい位だ。

 デューが消えた森を見る僕にラビエラは首を傾げる。

「ダーウェス様?」

「この先アマゾネスはどうなるのだろう……」

 シェーラを失った彼女達には、次の戦いも待っているというのに。

 だが始めから今度の遠征にはシェーラは頭数には入っていない様子だったし、もしかすると問題は無いのかも知れないけれど、精神的な部分もあるだろう。

 だがサリウは首を振る。

「四十八代目の族長が逝き、四十九代目の族長デューが生まれた。彼女達にとってはそれだけの話なのです」

「そしてすぐ、五十代目族長のシャルが生まれる、と」

「そうなるのでしょうね。彼女達にドラゴンが討てるとも思えません」

「この地のドラゴンはそれ程のモノなのかい?」

 ドラゴンと言ってもピンキリだ。

 神と同等の力を持つ個体も居るだろうが、大きなトカゲ程度のモノもいるだろう。

 この身の記憶にもある。

 かつてダーウェスが神や魔神、全ての種族と戦った際に、その強大な力で立ちはだかった数々のドラゴンを思い出す事が出来る。

 一番手強かったのは一匹のブラックドラゴンだったか。

 あのクラスが西に居るのであれば確かに攻略は不可能だろうが、そうそうあれほどの個体が存在するとも思えない。

「カカカ、西の相手はアレ等には無理だろうさ」

「……早いね、リーヴァス殿」

 暗闇から染み出して来たかの様な黒い気配から声がする。

 白い髑髏が見えたかと思えば、すぐにローブに身を包んだリーヴァスが現れた。

「そういえば君は西の覇者とは面識が合ったんだったね」

「カカ。何度か話をしたのみだがの。要件があるのは大概別件だったからのぅ。さて」

 一同を見渡し、最後に立ち尽くしたままのシェーラを見る。

「……ふむ。まぁもった方か」

「賢者の石かい?」

「うむ。失敗作にしては長持ちした方よ。まぁこやつ等がもう少し大人しく生きていればまだ数年はもったろうがのう」

「人体実験した者として掛ける言葉はそれだけですか?」

 割って入ったのはラビエラだ。

 ラビエラの言葉は冷静ではあるが冷厳でもあった。

 シェーラと戦った者として、彼女にも思うところが有るのだろう。

「なんじゃ巫女よ、我に詫びでも入れろとでも言うか? 勝者には敗者に対する絶対の権利がある、それがこの島の流儀よ。大陸から来た其方に非難される謂れも無いぞ」

「そうでしょうとも。時に東の隠者よ、その流儀…………()()()()()()()()、無論適応されるのでしょうね」

「カカ……それもまた一興か」

 ラビエラとリーヴァスの二人が互いに魔力を高めていく。

 まったく困ったものだ。

 過去の事をほじくり返して拗れるのは勘弁してほしいなぁ。誰よりも後ろ暗いのは僕自身だからね。何も言えなくなってしまうじゃないか。

 僕の見たところじゃあ二人の力は拮抗していると見ている。

 まぁ、どちらが勝ってもタダでは済まないだろうし、どちらも僕にとっては大事な仲間だ。笑い事で済ませられない範囲での揉め事は許容出来ない。

「ラビエラ、全ては僕等と出会う前の、この島の中での話だ」

「ダーウェス様」

「まぁリーヴァス殿のやり様にも思う所が無い訳じゃないけど、理不尽な戦いをけし掛けたのは彼女達の様だし、自業自得と迄は言わないけれどリーヴァス殿に非が在る話でも無いさ」

「……畏まりました」

 ラビエラが魔力を消した事で、リーヴァスも消してくれた。

 それにしても、と彼に視線を送る。

「君も見ていたのだろう。あまりラビエラを刺激しないで欲しいな」

「カカカ。久々に滾る戦いを見たのでな。すまなんだよ」

「分かってくれればいいさ」

 彼の使い魔が森に居るのは分かっていた。

 僕がこの湖畔に来た時から全てを把握しているだろう。だからこそ、彼はこのタイミングで此処に居る。


 そう、今、此処に、と云うのが全てだ。


「で?」

 僕が促せば彼は僅かに笑いを漏らして懐に手を入れた。

 どうやら、僕の意図を皆が理解してくれている様で助かる。

「なにせ昔の事での。些か探すのに手間を掛けたが、ダーウェス殿が欲するモノならこの通り」

 そう言ってリーヴァスが懐から出したガラスの筒には――


「そやつの心臓よ」


 その中にはシェーラの心臓が入っていた。

「ありがとう、リーヴァス殿」

「カカカ、礼など要らぬよ。ほれ、好きに使うが良いさ」

 そう言ってリーヴァスは心臓をサリウに渡した。

 心臓を見たサリウは僕に笑みを向け、筒より取り出し僕に頷きを見せる。

 僕がシェーラを抱き上げ地面に横たえると、サリウが静かに近寄り、僕は入れ違いに離れた。


「……精霊よ、我が願い聞き届けよ――――ミルーヴァル」


 呪文と共にシェーラの身体が光に包まれた。

 僕とラビエラ、リーヴァスが見守っていると、一分程で光は収まる。

 そこに在るのはシェーラに手をかざしているサリウと、静かに横たわるシェーラの姿だ。

 静かに立ち上がったサリウは僕等に振り返り微笑む。

「久しぶりに光の精霊に願いましたが上手くいった様です。肉体の修復は終わりました」

「ご苦労様、サリウ」

「いえ、私の望みでもありますから」

 斬られた左手首も、損傷していた血管や神経、古傷なども癒されている。

 こういう細かい作業は僕の様な力業には難しいものだ。

 もちろん、抉り出された心臓も彼女の身体に戻された。

 

 この世界に死者蘇生の概念は存在しない。


 だが、ある一定の条件さえ満たせば、似たような現象は存在している。

 この僕の様に。

「……ラビエラ、頼むよ」

「畏まりました」

 ラビエラはその杖の先に飾られている珠を横たわるシェーラの胸にかざす。


「…………我が前に五芒、我が上に六坊、流れ込め四方の祈りよ」

 淡い光がラビエラを包み込む。

 その魔力が徐々に高まり、全ては珠へと導かれていく。

「解く、解け、解かれん太古の御業よ。我身命を賭してこの世の理に傅き願わん――――ルミナフィルダーサミス……」


 一層眩しさ増した光が森に発生し、消えた時にはシェーラの傍に立つラビエラが居る。

 振り返り笑みを見せた。

「封印の解除は成功しました。彼女の魂は自分の器へと惹かれるでしょう」

「ありがとう」

 ラビエラは静かに、僕に場所を譲った。 


 あの最後のラビエラの呪文。

 あれは攻撃の魔法でも防御の魔法でもない、あれは封印魔法だ。


 かつて、空を堕とし魔王たるダーウェスの魂を封印しようと生み出された太古の禁呪。

 

 結局ダーウェスの封印には成功しなかったが、それは力ある他のモノの魂は封印する事が出来た。

 キリハの一族は僕を復活させる為にあらゆる可能性を試行錯誤した結果、あらゆる禁呪に手を染めたらしい。

 これはその一つだ。

 

 器の損壊と魂の消失。

 そして、生命力の消滅。

 

 それが死の定義であるこの世界において、器の修復を可能にし、魂の消失も回避した。

 ならば…………


 僕は力を纏う。

 それはどの属性でもない、ただの魔晄を纏うに過ぎない、純粋なる魔力だ。

 それを、高める。

 極限まで、高める。


「ダーウェス様のお力、これほどとは」

「カカ。いやいや、我も手加減されておったか」

「ふふ、遠き日を思い出します」

 三人が見守る中、僕はシェーラに傍に立ち、ただ力を高める事に集中する。


 まだだ…………まだ…………先まで…………


 魔力を越えて、それは神力とまで呼ばれる域に入り、まだ上げる。

 この世の理に、干渉する為に…………



「……………………戻っておいで、シェーラ」



 天にまで届かんとする魔光の柱が立ち上り、魔力の光が凝縮し宿り消える。

 僕等四人の中央で横たわるシェーラの胸は、静かに上下を繰り返していた。



「…………お帰り」



 仮初の十年を経てかつて途切れた命の営みが、今この時から再び始まるのだった。



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