第44話 美しき決着
「おおおおお、っああぁっ!!!!」
「あら?」
ラビエラとシェーラの戦いに割って入ったデューは、その手にしている盾で大炎球の業火を受けきってみせた。
魔法の残照が消えた後には、ビキリッ! と音を立てて盾が真っ二つに割れはしたが、あのラビエラの魔法を受けきってみせるとは大した魔法防御能力だ。生半可な代物じゃあない。
「……君の仕掛けかい? サリウ」
視線は戦いの場に向けたまま、デューと共に現れた気配に聞いてみた。
「此度の一件、ダーウェス様に対しての無礼の数々、この身を以て償いましょう。ですが……お許しください。私達エルフにも、彼女達に対して思うところも有るのです」
「ふふ、咎めはしないさ。君の立場も理解しているつもりだよ?」
「畏れ多い事です」
深々と頭を下げる彼女を促し隣に並ばせる。
今、この周辺には僕が結界を張っている。
音や振動はもちろん、魔力の波動も外には届かない筈。無論、立ち入る事も、だ。
そんな中、デューがああしてあの場に立っている以上は、それなりの存在が彼女に力を貸しているのは明白。
「僕の結界をぬけて一気にこの場に来れる者など、君達3人以外には居ないだろうからね」
「あの御二方と並べて語るのはご容赦ください。私の力など、御二方の足元にも及びませぬ故」
「ふふ。そういう事にしておこうか」
ラビエラの魔法を受けきった盾に魔法を付与したのもサリウだろうに。
謙遜したければそれでも良いのだけれど、一つ、聞きたい。
「僕をこの場に誘い出したのは君のアイデアかい? それとも」
「無論、シェーラ様の願いで御座います」
「……そうか」
彼女の死に場所と、彼女を送る相手に僕を選んだ、か。
「私には彼女の決意を、無下にする事が出来ませんでした」
「では何故デューをこの場に?」
サリウの助け無しでは来れないだろうに。
彼女に心変わりでもあったのだろうか?
「何故でしょうね……私にも計りかねているのです。自分の行動を……シェーラ様の願いを叶えて差し上げたいと思うと同時に、私は彼女に生きて欲しいのでしょう。そしてデューが来た。彼女、何かの確証があって私の下へ来たのでは無いのですよ? 予感、とでも言うのでしょうか。そんな虫の報せに動かされて。シェーラ様を探し、ダーウェス様の不在に気が付き、私の下へと駆け込み願ったのです」
「ふふ、そうか。眩しいね、彼女達は」
「はい。実に」
見守る僕等の前で、デューは割れた盾を捨て自分の斧を持ち構えた。
彼女はやる気満々だ。
さてさて、どうする?
「これはこれはデュー様。それはなんの真似でしょうか」
「はっ! あたいも自分でやってて馬鹿みたいだって思ってんだけどね。あんたこそ、姉御に何してんのさ」
デューの殺気が跳ね上がった。
まぁ初めから戦う気満々だろうからねぇ。
「シェーラ様はダーウェス様に対して牙を剥きました。それは即ち死を意味するのですよ。貴女も……死者の列に並びますか?」
「かっちーん。面白いなぁ、それってあんたが勝つ前提じゃん。姉御が出る迄もねぇ。あたいがちょっくら揉んでやるよ? お嬢さま」
一歩。デューが踏み出そうとした時。
「待ちな」
この場で、もっとも通る声が支配した。
「あんたは下がりな、デュー」
「姉」
「これはあたしの祭りだよ。最後の、ね。あんた……あたしの祭りをぶち壊そうってのかい?」
どけ、とデューを押し退けて一歩前に出るシェーラの腕を、デューが強く掴む。
「……」
「放しな」
「……ぃゃだ……」
「……放せ」
「嫌だよっ!!!」
はっきりと拒絶し、彼女はシェーラの前に立ちはだかる。
「もう勘弁してよ! こんな、こん……もうボロボロじゃん姉御っ! もう…………休もうよ」
「……デュー、あんた」
泣きながら、それでも行かせないと立ちはだかるデュー。
きっと彼女にも分かっているのだろう、シェーラの身体の状態も、彼女の時間が、もう残されていない事も。
アマゾネスとして、シェーラの決断を肯定したいと思って今まで付いてきたのだろう。でも、最後の最後で、情が理を上回ったのかも知れない。
シェーラの望みで希望でもあると誰よりも理解しているのに、それでも彼女はシェーラを失いたくはないと叫ぶのだ。
叫ばざるを、得なかったのだろう。
でも、それでも……それはやはり、駄目だろうなぁ。
「ありがとよ、デュー」
「……」
「でもさぁ……頼むよ。皆が待ってる。姉さんもきっとあたしを見てくれてる」
「……うん」
「あたしはさ……最後まで、やっぱり戦って、生きて、逝きたいんだ」
一度だけ、肩をポン、と叩いてシェーラはデューを越えてラビエラと向かい合う。
「野暮ったい真似して悪かったねぇ。何なら一発貰おうか?」
「ふふ、構いませんよ。家族の想いというモノは何物にも変え難いものです。無粋とは言えないモノですので」
「けっ。痒い事言ってくれんじゃないか」
「ふふふ」
二人の表情は穏やかだった。
もう、決める積りなのだろうと皆が感じ取れる。
背後ではデューが真っ直ぐに見つめていた。
勝利を信じる様に、生還を、願う様に。
ゆっくりと剣を左肩に担ぎ、力を籠めているシェーラ。
左手首の出血は魔力で止めているのだろうが、片手剣でラビエラの守りを切り裂けるのは、もう全力しかあるまい。
左肩から跳ね上げての袈裟斬りだろうけれど、さてさて、肝心なのはその見え見えの一振りをどうやって当てるか、だろうなぁ。
あの技量があれば普通に考えれば間合いには入れるかも知れないけれど、残念ながらラビエラに一日の長が有りそうだ。
さて、シェーラも無策って事は無いだろうねぇ。
「それじゃあ……祭りを締めようかぁぁっ!!!」
「っ!」
砲声一発!
シェーラは自身が霞む程の勢いで跳んだかと思えば、右手が握る長剣を全力で投擲した。
一陣の光線と化して飛来する長剣を、ラビエラはそれでも難なくかわす。
どれほど速かろうとも直線的な動きの攻撃をかわすのは容易だ。
「無駄な事を……」
轟音を共に地面に突き刺さる剣だったが、その威力はやはり恐るべきモノがあり、周囲に土煙が舞い上がる。
この程度で目暗ましに成ると思っていたとしたらシェーラの考えは甘い。
視界のみで戦う者などは未熟者でしかなく、この場に未熟者は一人も居ないのだから。それは、我々傍観者を含めても、だ。
当然の様にラビエラの知覚はシェーラを捉え、彼女が着地した場所に意識を向けた。が――
「っ!」
そこには一糸纏わぬシェーラが居た。
その右手は長大な布帯の端を握り、その先は大きく広く、そして長く宙に漂っていたが。
「……ぃ、くよっ!」
「なっ!」
なんとっ!
布帯が、消えた!?
いや、見えなくなった。
どうやらあの布帯全てが鋼糸で出来ている様だ。
見えないくらい細い鋼糸の集合体で出来た帯。
それが解かれた時、一体どれほどの数の威力を持つのか分からない。
数百か? 数千? 万は無いだろうが、それにしても尋常じゃない数なのは確かだろう。
幾条にも渡る見えない斬糸がラビエラを襲う。
即座にラビエラは魔晄を全身に帯び、その輝きは光度を増す。
あれほどの数の鋼糸を先ほどの様に光輪で防ぐのは不可能だろう。
だからこそ、ラビエラは防ぐ事を止め、ただ受け切る事を選択して魔晄を纏った。
これが魔法攻撃であれば球状の魔法防御で事は足りるのだが鋼糸はそれでは防げない。これは魔法使いにとっては天敵とも言える攻撃だろうな。
だがそれは通常の魔法使いならの話だ。
僕の左目を持つラビエラの魔力は桁が違う。
対して、いくらリーヴァスの賢者の石を持っているとはいえ、操る糸の数が尋常でないという事は、その一本一本の持つ威力は最大限のそれには遠く及ばない。
つまり、あの攻撃ではラビエラの魔晄を貫く事は出来ない。
例え幾千幾万であろうとも、だ。
きっとシェーラも理解している。
無論、ラビエラも承知だろう。
土煙と相手を押し留めるに足る無形の斬波。
それら全てを囮にし、シェーラの姿は消え、気配も消えた。
残るは周囲に満ちる彼女の魔力のみ。
先程の攻防と同じではあるが、今度は魔力の通った鋼糸の球の中にラビエラがいる。先程よりも感知は難しいだろう。
シェーラは一撃で決めねばなるまい。
これだけの魔力を引き出した以上、もはや賢者の石の魔力が尽きるのも時間の問題だ。
剣を持たないシェーラがラビエラの守りを貫くには、最大の魔晄を纏った、残る右手での貫き手くらいか。
ラビエラの持つ錫杖よりも遥かに短いリーチを掻い潜るのには一体何個の奇跡が必要になるのかな?
本当は魔法を使えば一気なんだろうけど、ここで僅かでも集中が掛けるのはキツイか。流石のラビエラもそんなリスクは! おいおい
「……我が声を聞け業火の弓。我が手に来たれ大地の剣……」
この状態で詠唱とか。ラビエラも全力か、魔晄も集中も高まる一歩だ。だが、どこかで隙が生まれるか? 生まれればその時が――
「我が耳の届け撃風の槍よ。我が身に宿れ津波弾く盾!」
魔力が集束した、瞬間――
シェーラの踏み足が大地を掴み、その伸ばした貫き手がラビエラの背を穿とうと伸びた刹那、振り返ったラビエラの錫杖がシェーラの胸の賢者の石を、貫いた。
「姉御おおおおおおおっ!!!」
「――――オーネストカーヴァイル……」
デューの叫びと共に聞こえる詠唱の完成と呪文の発動。
膨大な魔力が弾け飛び、彼女を覆っていた鋼糸の檻は吹き飛んだ「っ! ひゅ」なっ!
瞬間、ラビエラの喉から剣が突き出た。
否、喉に剣が、突き刺さった。
それも背後、首の裏から眼前に突き抜ける形で、だ。
よろめくラビエラと共にシェーラの胸から錫杖が抜けるが、シェーラはただその場に立っていた。
ふらついたラビエラは、まるで何事も無かったかの様に身を正し、剣を無造作に掴んで首を半分斬る様に横に切り出し放る。
首の傷は、あっという間に塞がった。
僕の魔力を前に、その程度の傷は無意味なんだよ、シェーラ。
ラビエラを殺したければまず左目を抉り出す事だ。
その上で、確実に心臓でも抜き出さない限り、僕の恩寵を受けた彼女に死はないのさ。
甚だ不条理だとは思うけれどね。
「……あの剣の投擲。あの時に既に剣に鋼糸を巻いてあったのですね。私の隙をついて命を穿つ為に」
陽動の為でも土煙の為でも無い。
幕が下りた後の、最後の隙を狙っての必殺の為の投擲。
自分自身すらも囮に使い、彼女は、賭けたのだろう。
「ダーウェス様より加護を頂いている私にはこの程度での死はありません。ですが私、ラビエラ・キリハが我が名と我が一族の誇りに掛けて称えましょう」
ラビエラの表情は、とても穏やかで、慈愛に満ちていた。
「ワグナスの大森林、第四十八代目族長シェーラよ……キリハの巫女たる私を貴女は確かに越え討ちました。その栄誉、我がキリハの一族が忘れる事は無いでしょう」
綺麗な月が穏やかな灯りを灯す静かな湖畔。
一糸纏わぬ姿で佇み、微笑みを浮かべながら雄々しく逝った女傑の雄姿を見て、僕はただ純粋に――
「見事だったよ」
――美しいと思った。




