第41話 命の在処
「……アンデッド」
「いや……」
ラビエラの呟きを僕は否定してみる。断言が出来ないのは、僕も確証が持てないからだけれど。
「…………何をした?」
10年前に彼女が変わったのはリーヴァスが原因だろうが。
彼女の気配は死者のそれとは少し違う。
ただ生者のそれとも……どこか違うなぁ。
「10年前に東のあの骨と戦った時にね」
「リーヴァス様は一人を生かしたと言っていましたが、では貴女が」
「はっ! 生かしたねぇ」
今の姿を、有様を、果たしてそう称するのだろうか。
「あいつは最後の一人になったあたしを実験体にしたのさ。実験の果てに用済みにされて放り出されるまで半年間。くくく……あいつはあたしの身体を玩具にして、愉快痛快に遊んだって訳だよ」
「その結果がその身体、という訳ですか」
「あぁ。まぁ負けたのはあたし等だからね。あたしの扱いについちゃあ不満は無いさ。あの骨の権利ってヤツだね」
「リーヴァス殿にも困ったものだなぁ」
いかんいかん。
この世界の常識と僕の世界の常識の齟齬にまた苛立ってしまう。
リーヴァスもリーヴァスだがシェーラもシェーラだ。
この世界では、命も尊厳も軽すぎる。
まぁ、こんな極端な例は一例なんだろうけれど。
「あいつはあたしの心臓を抉り出して、この石ころを替わりに据えたのさ」
「それが実験の成果ですか? 貴女が成功例だと」
「かははっ! まさか」
自嘲気味に笑い飛ばしたシェーラは自分の胸の石を差す。
「あたしは失敗作なのさ。だからあいつは放り出した」
彼は何を目指したのか?
「動く死体の創造ですか?」
「いんや。あいつが創りたかったのは動く死体じゃない……生きる死体なのさ。その為の、こいつだ」
「生きる? …………っ! ではその石はまさか」
「あぁ」
ラビエラには思い当たる節があるらしい。
生きる死体とはなんだろう?
と言うか、生きている段階で死体では無いのだと思うのだけれど……いや、違うのか?
死体が動くのはゾンビだ。
ゴブリンゾンビも動く死体であったし、その創造はおそらく容易だろう。
目の前のシェーラの気配はゾンビのそれではない。
死体が生きているのであれば、それは死体だったモノに生命を宿したという事。であるのならば、リーヴァスの目指したのは蘇生する方策か?
しかし心臓を抜き出して蘇生というのもどうだ?
リーヴァスならば死者の復活くらいはやってのけそうだが、僕のダーウェスとしての知識の中でも条件さえそろえば復活を可能とするものは幾つかある。
そのいずれにも該当しないあの石は……あ! そうか
「……賢者の石、か」
「へぇ……意外と物知りじゃないかダーウェス。そうさ、あの骨はあたしの身体に賢者の石を埋め込んで命を創ろうとしたのさ」
賢者の石は魔道を極めんとする者の夢だ。
それは無から有を生み出せる魔道の触媒。
だがその最も目指す先は命の創造だ。
神のみに許された領域に足を踏み入れる為に。
ゾンビの様に呪いで動かすのではなく。
ゴーレムの様に魔力をもって自動的に動かすのではなく。
神々や精霊の力を借りて奇跡を起こすのでもなく。
ただ独力でこの世の摂理に抗う為に。
その鍵こそが賢者の石。
だが誰もそれの精製に成功した者は居ないと伝え聞くが。
「では貴女がリーヴァス様の成果、という訳ですか」
「そうさ。あたしがあの東の隠者の成果なのさ。もっとも、出来損ないの失敗作だけどね」
「失敗?」
現にシェーラは生きている。生きて、動いているのだが……やはりかとも思う。
彼女の気配はアンデッドのモノではないが、生者のそれとも違うと感じたのはそういう事か。
彼女の命は、壊れている。
生命力とか魔力とか、そういう次元じゃない。
この世界に、どこか馴染んでいないんだ。
「では貴女は」
「あぁ……あたしはもう長くない」
シェーラは布帯に魔力を通して身体に巻き付けていく。
「魔晄を使って身体能力を高めて無きゃあ、もう目もよく見えない。耳も、鼻もね。あたしの五感は殆どがイカレちまってるのさ」
先ほどの動きからは想像も出来ないのだけれど、それでも彼女の時間はもう残り少ないのだろう。
賢者の石はやはり夢の産物でしかないという事か。
「だけどあたしは動ける」
「……貴女は」
シェーラの金色の瞳が淡い光を帯び出す。
「動けるし、戦える……そうさ、あたしはまだ何も終わっちゃいないんだよ」
「……」
静かに剣を掲げるシェーラに、ラビエラも錫杖を掴む手に力を入れていた。
「あたしの最後の祭りなんだ、最後の火が落ちる迄……とことん行こうか?」
「…………良いでしょう」
ラビエラの言葉にシェーラが笑みを浮かべる。
彼女はシェーラの覚悟を、受け止めるに決めた様だ。
シェーラは魔晄を剣に纏わせると、一度だけ目を閉じたかと思えば刹那に猛り――
「ワグナスの大森林、四十八代目族長シェーラ……参る!」
――ラビエラはその左目に真紅の輝きを灯し微笑んだ。
「キリハ族が巫女、ラビエラ・キリハ……お相手仕る」
そして美しき二匹の獣の戦いが、星空の下にて始まったのだった。




