第40話 ダーウェスVSシェーラ
「疾っ!」
「っ!!」
一歩だ。
シェーラが刹那に踏み出した一歩で彼女は僕と彼女にあった間合いを全て殺した。
………速いな。
僕が今まで見た剣で戦う戦士の中で、秀でた武を見せたのは数人だ。
ガラン、グルダ、エストリア、ドルト。
いずれも力の有る優れた戦士だったけれど、シェーラの技量は彼等とはケタが違う。
彼女がドルトと戦おうとしなかった事に納得が行く動きだ。
シェーラとドルトでは、その力の溝は大きいだろう。
けれど、だ。
右から振り下ろされた袈裟斬りをかわした瞬間、まるで同時かの様な左からの袈裟斬りが飛び込んでくる。
僕の立っていた地が砕ける様を、先程までシェーラが立っていた場所で見詰めた。
ピッ、と襟元に切れが走っている。
「かわした積りだったんだけどな」
「速いねぇ」
少し、間合いを掴み損ねたかな。
でも随分と嬉しそうに笑うねぇ。
また向かい合う。
「さぁて、あんたが速いのは分かってたけど、予想よりも大分だね」
「君も速いさ」
僕の予想以上でもあるのだしね。
「そんじゃあ次は逃がさない……炎よ踊れ我が怒りのままにっ――ファイナー!」
「っとっ!」
剣をだらりと下げたままだったシェーラが、その剣を振り上げれば地面から無数の炎弾が飛んで来た。
これほどの剣の冴えを持った彼女が魔法を放つのは意外だ。
放てる放てないではなく、この炎弾より彼女の斬撃の方が脅威なだけ。
その行使速度にも関心するけど、威力も十二分に有りそうだ。こいつは喰らうと不味いかな。
瞬時に魔力を展開する。
この程度の魔法攻撃で僕の魔法防御を貫けるとは思って欲しくないな。
全ての炎弾を受けきり防いだ。
「ん!」
炎弾が掻き消えた瞬間、その光の中から剣先が突き出てきたか。
彼女の強い魔晄を纏った剣先だ。
物体に纏わせた魔晄は魔法とは異なる性質を持っている故、魔法防御をすり抜ける。
右手に魔力を巡らせ魔晄を纏う。
「しょっ」
右手で剣を払い上げた。
魔晄を纏った僕の手を斬るのは容易ではないよ?
シェーラの剣をそのままカチ上げれば、そのまま左手にも魔晄を纏ってシェーラに向けて拳を繰り出すが……
「ふぅぅぃ~。あたしの剣を素手で受けるかねぇ」
「いやいや、真正面からでは危なかったかもね」
僕の拳をかわした彼女は笑みを浮かべる。
側面を叩けばこそさ。
正面からだと傷は付きそうだ。
「さてさて、その言葉を信じるとして……どんなもんかねぇ」
「……」
大上段に構えたままのシェーラが魔力を一気に高めていく。
「……シェーラ」
「……」
彼女が沈黙と共に剣に纏わせる魔力の量は膨大だ。その魔晄の輝きの強さが物語っている。
どうやら彼女は真正面から僕の魔晄を断ち切りたい様だ。
まぁ、それが可能なだけの威力があるかどうかだが。
「試すと良いよ……それが出来るのならばだけれどね」
「……」
その魔晄の輝きとはうって変わって、彼女から感じられる闘気は驚くほど凪いでいた。
静かに目を閉じていた彼女が、ゆっくりと瞼を上げる。
「……ダーウェス」
静かに一歩を踏み出した彼女を美しいと思った。
美しい……美し、い?
「……」
静かに、ゆっくりと、いっそ優雅と言える程の足取りで歩み寄って来たシェーラが、その長大な光輝く剣を掲げ振り下ろそうとし……
「っ!!!」
僕は咄嗟に右手で虚空を払い魔力の刃が視界の先の木々を切り倒した。
完璧な剣技であり、完璧な歩方であり、完璧な間合いであった。
まるで木偶の様に見惚れる程に。
僕の魔力の刃は彼女を捉えてはいない。
刹那、僕の背後から魔晄の光跡を残しながら振るわれたシェーラの大剣は――
「それ以上は許しませんよ?」
「……無粋だねぇ」
――ラビエラが左手に携える錫杖に受け止められた。
ラビエラの魔晄とシェーラの魔晄が一瞬大きく弾け、互いに得物を引いた。
ラビエラがこちらに向かっていたのは感知していたけれど、最後の瞬間は速かった。
何らかの魔法でも使ったのだろうか?
僕を庇うかの様にシェーラとの間に割って立つラビエラが静かにシェーラを睨む。
「これは何の真似ですか? アマゾネスの長よ」
うん。怖いモードのラビエラだ。
どうやら僕の背後を剣で襲うという行為に激怒したらしい。
一応は合意の上なんだけどなぁ。
「あたしは今ダーウェスとお楽しみ中なのさ。野暮な真似は止してくれるかい?」
「お楽しみ? ふふふ……それは上々」
「へぇ。あんたも……良いねぇ」
ラビエラの殺気が跳ね上がるのを、シェーラが楽しそうに見ている。
「では私が貴女のお相手を致しましょう。ダーウェス様に刃を向け…………よもや死を免れるなどとは思って居ないでしょうね?」
この殺気はかつてない。
僕が制止しようかとも思っていたけれど、これは駄目だ。
もう彼女は決めたのだろう。
シェーラとの命の削り合いを。
そしてシェーラも笑みを深めて受けた以上、ここから先は二人の問題なのかもしれない。
「……っく…………くく…………あっはははは!」
シェーラが当然笑いだした。
その高笑いには狂気は見えない。
「何が可笑しいのですか? 死など怖くは無いとでも?」
「はっ! くだらないねぇ」
ラビエラの言葉を興覚めとばかりに笑い飛ばしたシェーラ。
本当に死を恐れないとでも言うのだろうか?
覚悟は出来る。
乗り越える事も出来るだろう。
だが、本質的に恐れないのは無理ではないか?
生あるモノは死を恐れる故に、立ち向かうのだから。
「あたしにそんな言葉は意味が無いのさ」
「既に死を賭していると?」
「いんや」
シェーラはラビエラの言葉を否定し――
「もう死んじまってるこのあたしに、そんな言葉は意味が無いってのさ」
見な。と言うや、彼女は自分の身体を覆っている布帯を引っ張った。
自分の魔力を通していたのだろう。
彼女に引かれた布帯はなんの抵抗も無く彼女の身体から解かれ離れ、胸や腰に密着していた部分すら己の役目を解かれ元の長大な一本の布帯に戻る。
彼女の服は一本の帯のみで完結しており、そして今、その一本の帯は彼女の手に握られ宙に舞っている。
その褐色の美しい肢体は一糸纏わぬ美を露わにし、その赤髪が風に揺れ金の瞳が魔力を帯びて妖しく光る。
絶世の……などという言葉が陳腐に思える程の美がそこには在った。
ラビエラの美しさが月であるのならば、シェーラの美しさは紛う事無く太陽だった。
ラビエラすらも息を呑み、そして僕も、自分の視線を彼女の裸体から外せない。
彼女のその胸に、僕の視線も意識も吸い込まれてしまう。
僕の視線の先にある――その美しくも豊かな双丘の――――――間から抉り取られた心臓の変わり
に剥き出しで埋まっている……
「もう死んでんのさ。10年前にね」
真っ黒な拳大の石から目が離せなかった。




