第39話 アマゾネスの祭り
エルフの里で開かれた宴に加わった夜、僕は里から少し離れた小さな湖にやって来た。
宴の最中、僕の傍で揺らめいた風の精霊が伝えてきたのは、サリウが二人で会いたいという伝言。
そうして指定された湖に来てみれば――
「良い月だねぇ……あんたもそう思わないかい? ……ダーウェス」
「ふふ、僕もそう思うよ、シェーラ」
サッカーボール程の徳利を片手に酒を煽りながら、シェーラが楽しそうに話しかけてきた。
僕の目を覗き込む様に見詰めてきたかと思えば――
「綺麗な瞳だねぇ、あんた」
と僕に盃をチラつかせた。
「……美味しい」
「はは、良い酒だろう。とっておきさ」
「うん。確かに良い酒だね」
喉を通る酒の熱さ。
呑み終わった後に残る酒の香り。
中々に強い酒だとは思うが、別段呑みにくい事も無い良い酒だった。
月を眺め、湖に浮かぶ月に見惚れる。
旨い酒に良い肴だ。
「……いくんだね」
「あぁ。まぁあんたのおかげでもあるけどね」
彼女達は西の覇者に挑むと決めた。
5年後ではなく、準備が整い次第にだ。
後顧の憂いが無くなったという事だろうけれど……
「……踏み留まれないのかな」
「無理な話さ」
でも止まって欲しい。
だけど彼女達は止まらない。
それがアマゾネスだと言われてしまえばそれ迄なのけど。彼女達の習性まで否定する権利は僕にはないのだから。
「デュー達だって覚悟の上さ。それにシャル達も後には残る。あたし達は、いつだってそうして来たんだ。これからだって、そうしていくのさ」
「それは誇りかい? それとも意地なのかなぁ」
「はは。どちらかと言えば意地なんだろうさ。でも、誇り高き意地さ。少なくともあたし達にとっては、ね」
「そうか」
「そうさ」
ならばもう、僕が言う事は無いのだろう。それはもう無粋だ。
ふ、と思いついた事がある。
「そう言えば一度聞こうと思っていたのだけど」
「ん? あにさ」
「デューは何か特別な立ち位置にいる人なのかい?」
「ん?」
理由は分からないが、シェーラが物事を決める際にデューの意見というモノは可也の重要度を占めている。
オーガの件を見てもそうだった。
「あのオーガとの決闘の時。エストリアが戦う事を貴女は認めなかった。サリウや僕の提案を簡単に蹴ったシェーラが、デューの言葉には即答で応じた。それも少しの逡巡も無くね。それがずっと気になっていた」
「別に気にする事でもないさ」
「そうかな?」
盃を煽った彼女は楽しそうにまた酒を注ぎながら笑って答えた。
「デューはあたし等の長だからね。従うのが普通さ」
「……はい?」
それは初耳だ。
というか
「貴女が族長なのだと認識していたのだけれどね」
「まぁ形の上ではそうさ」
「実質は違うと?」
周囲やデュー本人を見ているとそうは見えない。
皆、明らかにシェーラを長として動いている様に見えるのだが。
「デューの奴はね、シャルと同じだったのさ」
「それは時期族長候補という事かい? でも彼女はキーサス山脈へ行くのだろう?」
「あぁ。今度の祭りはあいつの仕切りだからねぇ」
「だったら……そうか」
同じ、ではなく、同じだった。であるならばそれは……
「今から十年前に、デューに後を託してあたし達は東の隠者に向かったのさ」
「……では貴女が」
確かにリーヴァスは言っていた。
全滅はさせていないと。一人、戯れに一人を残したと言っていたが。
「あたしは一人のこのこと生き残ったのさ。本当は惨めに生き恥を晒す筈だったんだけどね」
「君が族長に」
「デューの奴に押し付けられたのさ。だがあたしに拒否権は無いからね。まぁお飾り程度には働くよ。でも決めるのはあたしじゃ無くデューさ。そうじゃなきゃいけない」
「……そうだったか」
独り生き残り、次代を守り生きて来た。
彼女が盃を煽る姿は、どこか疲れたようにも見えるのは気の所為でもないのか。
そして今、彼女はまた残される。
アマゾネスが四恐に挑む時、精鋭五十人で挑むと聞いた。
そしてあの広場にはデューと四十九人の精鋭が居た。
そこにはシェーラは含まれてはいない。
彼女自身が言った様に、これはデュー達の祭りであり、前代の生き残りである自分の祭りでは無いという事なのか。
「やはり君も向かいたいのかい。あの山に」
「はは。あの山にあたしの場は無いのさ」
「そうか」
そしてまた、君は独り、残される。
彼女達にとってそれは苦痛なのかも知れないと、僕とは違う価値観を知った今は思う。
「これから君は、どうするんだい?」
「あたしかい?」
皆を見送って、そのまま暮らせるとも思えない。
僕等の里に誘おうかとも思ったのだが。
「あたしはあたしの祭りを始めるさ」
「君の、祭り?」
彼女が笑みを見えて盃を飲み干せ!! ……おいおい。
「……シェーラ?」
「へぇ? かわすのかい」
僕の持っていた盃が真っ二つに切れた。いや、斬られた、か。
身をずらさなければ頭もイッてたじゃないか。
「呑んでる振りって訳でも無かったろう?」
「はん! 魔晄を纏えば身心は強化される。対魔法の耐久度も、対毒の耐性もね」
「なるほど」
血中のアルコールも動きを妨げる対象として修復される訳だ。
まぁ毒にもなるだろうから道理は通るか。それにしても――
「それで?」
「あん?」
いや、不思議そうに見られても、不思議は僕の方さ。
「僕に向かって剣を振るう。それが君の祭りって訳なのかな」
「あはは! そうさ」
剣を担ぎ陽気に笑った。
うん。今日イチの笑顔だね。
「あの東の隠者を従える奴が目の前に居る。空を堕とし魔王とやらと戦える。これで昂ぶらない道理は無いだろうさ」
「……サリウからかい?」
シェーラが僕を知るとは思えない。
まぁ秘密にしている訳でも無いけれど
「責めないでやってくれ。立場上、あいつはあたしの願いを無下に出来ないのさ。あぁ、ちなみに此処にはあれは来ないよ。もっとも、あたしが剣を抜くとも思っていないだろうけどね」
「彼女も君がそれ程命知らずとは流石に思ってないだろうね」
「言うねぇ」
「そりゃ言うさ」
どう考えても、彼我の戦力差は如何ともし難いだろう。
それでも、彼女は来るのだろう。
今までそうであった様に。今、この時も、ただひたすら前に。
「一度だけ言うよ。剣を……引いてくれないかい? 今なら全てを忘れるよ?」
「優しいねぇダーウェス」
一度、彼女の金色の瞳が揺れたかと思ったが、その僅かに開いた口元から覗く犬歯を小さく舌舐めずる。
そうか……こんな時のシェーラが、最も魅力的なのだと実感してしまった。
そんな僕の前で、彼女は剣をまっすぐに突き出し……静かに構える。
「あたしの最後の祭りさ。派手に…………征こうかぁああっ!!!」
長大な両刃の剣を構えた美しい獣が、月夜の下でその美しい牙を僕に振るったのだった。




