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第38話 シェーラの夢

 

 手に力が入らない……


 痛む身体を反転させれば綺麗な月があたしを見てた。

 あぁ……今日は、満月だったのか……

 

「……なぁ……月が見えないじゃないか?」

 あたしを影に納めた魔狼が獰猛な瞳であたしを覗き込んできた。

 首は一つ。あと、一つ。

 他の二つはあたしが斬り落とした。

「はっ……しつこい男は嫌われるよ。って……お前が雄かどうかも分かんねぇか…………じゃあぁ」


 刹那、あたしに噛みつこうとする魔狼の口の中に手を突っ込んだ。

「へへ……悪いねぇ、爆ぜな」

 口の中で魔石を握り潰す。

 火の魔石は魔狼の頭を吹き飛ばした。

「へっ……手癖の悪い女で悪いねぇ」

 右手は、もう駄目かねぇ。ま、いいさ。

「さぁて、姉さんとこに行こうか、ね…………ぁ…………」


 やっと起き上ったてのに、なんだかねぇ、この光景は。

 あたし等の大将である姉は……既に両腕を肩口から斬り落とされ膝を付いていた。

 周りに居た筈の仲間も、誰一人動いていない。

 膝を付き見上げる姉の前に居るのは



「この……死神め」

「カカカ。いや、それは我も目にした事は無いのう。しかし態々遊びに来たというのに存外不甲斐ないのう」

「はっ……言ってくれるねぇ……貴様がイイ男だったら違う遊びも出来たのにねぇ」

「カカ。それは我が血肉を失う前に聞きたかった事よ。さて、名残も尽きぬが夜も更けた。児戯は終いとしようか」

「はは。まぁ、楽しかったよ、東の隠者」

「そうかよ。我は楽しめなかったがな。では」

 骨だけの右手がかざされた瞬間、姉の上半身が弾けて消えた。


「……ぉ…………ぉおおおああああっ!!」

「ん?」

 声が、震えた。


 立て……

 立てっ

 立てっ!

 立てよっ!!!


 膝に力が入らない。だが這ってでも行く。

 この骸骨に、あたしらの意地を、刻んでやるっ!

 地べたを這いずるあたしの視界に、黒い布が見える。

「ほう、まだ息があるかよ」

「……ぅるさいよ……くそ骨」

「カカカ。吠えよるな、小娘」

 愉快そうに笑った声が聞こえると、あたしの身体が立たせられた。

 無骨な鎧騎士があたしを立たせる。

 オーガよりもデカいこの鎧の中は伽藍洞だ。それなのに強い。

 立たされて見渡せたのは累々と横たわる仲間のアマゾネスの死体だ。

 その幾つかには汚らわしい獣が喰らいついている。

「……はんっ! 簡単に殺せ、ると……思うんじゃないよ!」

「……ふむ」

 何もできなくとも、まだ睨めるじゃないか。

 ミスラの奴が前に睨むだけで殺せる魔眼の話をしてたっけね。ったく、変な猫モドキに首を飛ばされる前にあたしに詳しく教えてくれりゃあ良かったのにさ。

 あたしが睨んでいると、何かを思いついた奴があたしの服を引き裂いた。

 露わになったあたしの胸をその伽藍洞の中の紅い光が見詰めている。

「はっ! 骨の、くせにあたしを抱きたいのかい? くく……ナニが有るなら試すがいいさ、糞野郎」

「いやなに、少しばかり戯れをな……さて小娘よ、お主には我の実験に付き合って貰おうか」

「な、にを」

「カカカ。なに、ほんの戯れよ。喜べ、我が屋敷に招かれる者など三百年振りなのだからのう」

「は……今、殺さない事、を……後悔させてやる」

「カカカ。それは楽しみだ……ふむ。そういえばアマゾネスよ。お主の名も我は知らぬのだが……我を後悔させる者の名を、聞かせておくれ。カカカカ」

 あぁ。上等だよ。

 この名を刻んでやる。

 いつか、必ず。


「シェーラだ……あたしはシェーラ……それがお前に仇成す者の名だ」





「……あぁ……懐かしいな」

 久しぶりにあの時の夢を見た……

 もう十年経った。

 あたしが原っぱで眠っている間に、もう陽も傾いている。

「姉さ~ん。もう皆集まってますよ~。早く始めましょうよ~」

「今行くよ」

 身体を起こしてシャルと共に歩き出したあたしに「やっぱり私も~、駄目ですかぁ~?」と繰り返しの問答を向けてくる。

 本当に頼むよシャル。

「あんたを見込んで頼んでるんだ。もう勘弁してくれないかい?」

「ぶ~……まぁ、仕方ないですよねぇ」

「そうさ、仕方がない」

 あたし等を除けばシャルが一番腕が立つ。

 そんなあんたを連れて行ける訳がないさ。

 

 あたし達が向かったのはエルフの里だ。

 そこにはあたし等アマゾネスの他にエルフやオーガの姿もある。たまたま来ていたダーウェス達三人も居るな。

 そこにはさっきまでの悪夢に出ていた隠者の姿もあった。


 別に怨んじゃいない。

 あたし等が勝手に喧嘩を売りに行って返り討ちにあった。ただそれだけさ。

 あいつ等四恐はいつだってそうだ。

 黙ってそこに在り、そこに在り続ける。

 その強さに焦がれて――その非情さに魅せられて――あたし等はいつだって挑んでは消えて行く。

 

 そして今日、あたし等はまた動き出すのさ。

 オーガとのケリが付いた以上、戦士五十人が抜けてもアマゾネスはやっていける。

 もしオーガの連中が反抗したとしてもダーウェス達が黙って見ている事は無いだろう。

 だからこそ、あたし等は計画を早めた。


 五年と待たずに、西の覇者へと挑む事に。

 

「覚悟は良いかいあんた達っ! あたい等の祭りだ! 派手に行こうかっ!」 

 デューの掛け声に四十九人の戦士が雄叫びを上げている。

「今日は無礼講でいいだろ? 姉御」

「あぁ。皆で精々騒ごうじゃないか。あたしと飲み比べて勝った奴は一番槍ってのはどうだい」

「あはっ! 良いねぇ!」

 皆が笑って飲みだした。

 別に明日にでも攻めに行こうってんじゃない。

 これから色々と装備を整えて隊を組んで、よくて一月は掛かるか。

 まぁいいさ。

 じっくり準備して、祭りを楽しむとしようか。




 宴の喧騒も収まった深夜、あたしは独り、森の中にある小さな湖の畔に来た。

 少し呑み過ぎた。 

 酔いを醒ますには丁度良い夜風さ。

 そして――


「良い月だねぇ……あんたもそう思わないかい? ……ダーウェス」

「ふふ、僕もそう思うよ、シェーラ」


 あたしとダーウェスは、深夜の湖で二人、その瞳で見つめ合った。

 あたしを見詰めるその真紅の右目と深蒼の左目のオッドアイを、ただ純粋に――



「綺麗な瞳だねぇ、あんた」



――美しいと思った。




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