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第36話 大森林の暮らし



 ドルトとエストリアの決闘を経て、このワグナスの東の大森林には一つの流れが確立されていた。

 今日もラクエルの里にはオーガやエルフやアマゾネス達が訪れている。


「今日は良いアジラスが獲れたんだ。どうよ」

「うん……悪くないな。キリコの実と青蜜草とではどうだろうか」

「あ~、青蜜草じゃなくてミカリダケは無いかな。出来れば十程欲しいんだけ」

「それで良いなら十五渡そう」

「オッケーだ」


 今のところ魚介類は人間族の専売特許になっている状態だ。

 そしてエルフ達は森の木の実や薬草、山菜など、森の恵みの採取に関しては他の追随を許さないのは当然だろう。

 物々交換で成り立つ大森林において、需要と供給はそれぞれの得意分野に特化する形を自然と取っていった。

 不意に「おおおおおお」と歓声が上がる。

 見れば四人のオーガが巨大な何かを里に持ち込んで来た。

「ブラックべアか、初めて見たよ」

「大きいー!」

「凄ーい」

 里の一人が驚いているが子供達は物珍しそうにはしゃいでいた。

 ブラックベアは体長八メートルもある凶暴な魔獣だ。

 本来は大森林の中の一定の場所に生息しているが、最近、群れから逸れた一頭が南寄りの人里の畑を荒らし家畜を襲っていた。

「思ッタヨリモ弱カッタ」

 どしん! と地に音を響かせてブラックベアの巨体を横たえる。

「感謝します。では報酬を」

「頼ム」

 里の一人が収納魔法を展開して敷いた布の上に様々なモノを出していく。

 その上には炊いた米やパン、野菜や加工済みの魚などが多く乗せられていた。

「確カニ」

「このブラックベアも、解体した後で貴方達の分も取り分けておきますよ」

「手間ヲ掛ケル。デハコレデ」

「またよろしく」

「ウム」

 一人が収納魔法で品物をしまい、オーガ達は森に消えて行った。


 オーガはその戦闘力を以って狩りに特化していた。

 ブラックベアなど人間には手に余る魔獣であろうとも、彼等オーガにとっては狩りの対象に過ぎない。

 だがオーガには食材をそのまま食する風土があり、肉だろうと毛だろうとそのままかぶり付いていた。

 だが現在は多種族との交流を経て、オーガの中に食文化というモノが変革を見せ始めているのだ。

 まだ自分達で全てを賄えはしないが、ある程度の下準備をすれば焼いたり煮たりという事は始め出している。

 多種族はオーガに対して、狩りの得物と引き換えに下拵えを済ませた食材などを提供していた。

 そして人間族は多種族にはない畑作の文化がある為に、彼等の提供する農作物は大森林における食文化の推進を促すのに大いに貢献する形となる。

 時には今回の様に人間の手に余る事態には、一定の報酬を提示してオーガやアマゾネスに討伐を依頼する事もあった。



「ダーウェス様」

「ん?」

 なんとなく里を眺めているとラビエラが僕の部屋へと入ってきた。

 その肩付近に風の精霊が見える。

「サリウが何か言ってきたのかい?」

「一度来ていただけないかとの事です。南の件でしょう」

「無理をさせたかな?」

 見れば精霊はにこやかに首を振って楽しそうに飛び回る。

 どうやら無理はさせていないらしい。

 僕がエルフに頼んだのは南の動向だ。

 巨人族はタイタンを信仰しているが、それはそのまま知力の有無も示している。

 交渉しだいでは共存も可能だと思い、彼等の調査を頼んでいた。

 アマゾネスやオーガではそのまま戦闘になってしまうので、ここはエルフに頼むのが最適だろう。

「それとリーヴァス様が北に発ちました」

「あぁ。くれぐれも無理はしない様にとは言ってあるよ」

「別に倒していただいても問題ないのですけれど」

「まぁ、彼等が正面からぶつかれば周囲の被害も馬鹿にはならないからね。ちょっと相性が不味いから」

 ヒュドラとリッチが戦ってしまうと、毒だの呪いだのが乱舞する事だろう。

 正直、そのあとの北の湖が汚染されてしまうのは避けたい。

 今はまだ調査だけでいいのだ。


 大森林に生息する多種族が一定の繋がりを以って共生を始めた以上、今度はこの大森林を小さな箱庭にしている四恐の対処に移る事になる。

 巨人族はともかくヒュドラに関してはただの強大な魔獣でしかなく共生の可能性は皆無だ。

 いっそ僕がさっさと討伐してしまえばいいのだろうけれど、問題は湖畔の向こう側。


 グレイス帝国。


 キーサス山脈の向こう側には、国が存在している。それがグレイスと言われる国だ。

 かつてこの島に魔素が立ち込める以前から国は存在し、交易も盛んに行われていた。

 だが、魔物や魔獣が跋扈し、島周辺を海獣が漂う様になってからは交易も失われ国も衰退していく。

 だが死滅はしない。

 この大森林でも命が繋がっていた様に、山脈の向こうでも人々の営みは形を変え、国を変え、されど連綿と続いていたのだろう。

 そして現在、このワグナスに存在する唯一の国はグレイス帝国となる訳だが、この魔島に存在するに相応しい、闇なる力に満ちた帝王が暴威の支配を敷いているという。


 その暴威がこの大森林に及んでいないのは皮肉にも四恐が存在する故だ。

 どうやら帝国もこの大森林に侵攻を試みてはいるらしいのだが、その度に四恐に弾かれているという。

 この森には奪うに値するだけのモノなど何も無いとは思うのだが、それはこちら側に居るからこそ言える事だ。

 何も見えない向こうからすれば、まるで四恐が何かを守っているかの様にも思えるのだろう。

 その手は定期的に伸びてくるらしい。


 だから今はまだヒュドラもタイタンも倒してしまう訳にはいかない。

 まだ大森林の生活圏は纏まり始めたばかりなのだから、高めの波風はもう少し後にして貰いたいものだ。


「ではリーヴァス殿が戻り次第、エルフの里に伺うと伝えてくれるかい?」

 嬉しそうにコクリと頷いた精霊はそのまま窓から外に飛んで行った。

「お待ちになられなくとも宜しいのではありませんか? 東の隠者とも呼ばれるリーヴァス様に何があるとも思えませんが」

「僕もそう思うけれどね」

 つれないじゃないか。 

「ラビエラとリーヴァス殿は僕の両目であり、両手であり、両翼だと思っているよ。君達に対する要らぬ心配は僕にとっては必要な事なのさ」

「勿体ないお言葉に御座います」


 畏まるラビエラに微笑みかけて、僕はまた外の景色に目を向ける。

 ようやくここまで来た。

 そして、ここから繋げていかなくてはならない。



「ワグナスを手に入れると始めた僕等の歩みはまだまだ終わらない。これからも僕を助けて欲しいな、ラビエラ」

「……この命に賭けて、必ず」



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