第35話 エルフとの契約
「……ゥ……」
僕の前で眠るドルトに目覚めの兆しが見えた。
やがてゆっくりと目が開き出す。
「……ココハ」
「やあ。目が覚めたかい?」
「ッ! オ前ハ」
ぼんやりとした意識の中で、僕の存在を知覚した様だ。
「僕はダーウェスと云う者だ。君を癒した者だよ」
「癒シ? ……ォオ……」
自分の右腕を見て驚いている様だけれど今まで気が付いていなかったんだね。
あの決闘の後、僕はエストリアとドルトの傷を癒しておいた。良いモノを見せて貰ったお礼の様なものだ。
「君達の雄姿に対する、ほんの気持ちだよ」
「……感謝スル」
「あぁ」
勝手にした事で感謝されるのはむず痒いけれど、円滑な関係を持つには大事な事だよ。
ゆっくりと起き上るドルトを見て流石はオーガと感心する。
まだ起き上るのは早いと思っていたのだけれど、もう起き上れるとはね。流石の体力だ。
身を起こして周囲を見渡している様だが。
「ここはエルフの里だよ。知り合いの家さ」
「……ソウカ……俺ハ負ケタノダッタナ」
「……違うよ」
「?」
随分とマイナスな思考をしたみたいだけど。
「単純に怪我人を休ませる場所を借りただけだよ。捕虜でも虜囚でもない」
「ダガ俺ハ決闘ニ負ケタ」
「それはシェーラと話をしてくれ。もっとも、既に君から出した条件は決まているのだから確認する程度だけど、まぁそう悲観する事も無いよ」
「ソレハドウイウ」
「外に出れば分かるよ」
「?」
ゆっくりと立ち上がったドルトは、僕と共に部屋から出てテラスに向かう。
「ッ……コレハ」
ドルトの眼下にはエルフの里が広がっている。
「まぁ、こういう事になったみたいさ」
そこには宴が在った。
アマゾネスとオーガが酒を酌み交わし、エルフと人間が混ざって語り合う姿が在る。
「……ドウイウ事ダ」
「そんなに不思議かねぇ?」
「! シェーラ」
振り向けば部屋からシェーラとサリウが姿を見せる。
「突っかかって来てんのはあんた等だからね。別にあたし等から向かって行ってる訳じゃないんだ。まぁでも、これからも偶にはやり合いたいもんさ。身体が鈍っちまうからねぇ」
「もともと貴方達は人間族には手出ししていませんでしたからね。安全をアマゾネスの方々が保証してくれるのならば歩み寄りはしやすいでしょう」
「ダガ我等ハエルフヲ」
「今ではエルフとの混血も少ないと伺いましたが」
「ソレハ、ソウダガ」
「遺恨は有れど拘らないのはこの大森林に住まう者の必定でしょう。それで未来に生きる事が出来るのならば過去を振り返っては居られない。ワグナスとはそういう島ですよ? 遥かな昔から」
「…………ソウダッタナ」
今日を生きる。
明日を生き残る。
ただそれだけが難しく厳しいこの大森林の現実の中では、彼等は未来への望みだけで生きて来たのだろう。
今までずっと、これから先も。
その為ならば憎むべき仇敵であろうとも手を取り合う。
それが、この魔島の自然な姿という事だ。
「取り合えずお前さんの初仕事は皆の酒を飲む事だ。んで、あたしに酒を注げ」
「……ワカッタ。シェーラ」
「あんたはどうするんだい? ダーウェス」
「後で行くさ。酒は残しといてほしいな」
「はは! それはあたしじゃなくてこいつ等に言ってくれ。底無しって話だよ」
「我等ハ従ウ側ダ。酒ハ残ス……ヨウ努力ハスル」
「あはは! 上等だよドルト」
シェーラは愉しそうに笑うと、ドルトの背中をバシバシ叩きながら皆の下へと向かって行く。
小さく手を振って見送る。
僕の望んだ世界が此処に在る。
まだ小さくて少ないけれど、数多の種族が穏やかに、ただ暮らせる日々が。
静かに見つめ眺める僕の横にサリウが並び、共に皆に視線を送っている。
彼女の気配をどこか心地良く感じていると――
「……一つ、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「なんだい? 改まって」
静かに問われ促せば――
「貴方は……誰なのですか?」
「っ……何を言うかと思えば。僕はダーウェス」
「ダーウェス様の器に入っている貴方はどなたですか? と問うているのです」
「……」
彼女は、その真摯な瞳で真っ直ぐに僕を射抜いたのだった。
◇ ◇ ◇
部屋の中に戻った僕等は真っ直ぐに向かい合う。
「……何故分かったんですか」
「再会の時に疑いはしました。貴方は厳密な意味では違う、と申されました」
確かに聞かれたし、確かに答えた。
だが――
「納得してくれていると思っていました」
「他の者には分からないでしょう。ですが……」
「昔の魔王ダーウェスを知る者には、ですか」
「空を堕とし魔王とは、それほど苛烈な方だったのですよ」
「……そう、でしょうねぇ」
変わるにも程がある、と云う事だろう。
「……僕の死と魔王の復活の時が重なった。僕は……あの魂を解き放つのは駄目だと思ったんです」
「そして貴方がその器に」
「はい。これは……僕の我が儘ですね」
改めて、彼女と向き合う。
「僕の全てを知った貴女は、どうなさいますか?」
全ては、彼女が決めていい。
僕を断罪するも罵るも自由だ。
だが残だけれど消えてあげる事は出来ない。
彼女が求めても……たとえ僕が望んでも、だ。
「私は本来の貴方を知っている者です」
「はい」
「その私の目から見て、今の貴方は…………とても好ましく思います」
「サリウさん」
彼女の表情は、今まで見た中で一番穏やかに見える。
「サリウ、とお呼びください。ダーウェス様」
深く頭を下げた彼女に、僕は胸に込み上げる何かを押し留めるに苦心した。
多分、僕は初めて、僕自身を受け入れて貰えたんだと思う。
「ありがとう……サリウ」
「付き従う者として当然の事に御座います」
「……そうか」
「はい」
顔を上げた彼女と笑い合う。
「空を堕とし魔王と面識のある者など私の他にはもう居りますまい。その私が、貴方をダーウェス様と言い切るのです。その道は決して安寧の道足りえないでしょうが、私のこの命尽きる迄、共に歩むと約束致しましょう」
「承った」
彼女の全てを僕は受け入れた。
彼女が、僕を受け入れてくれた様に。
だからこそ、僕は少しだけ彼女に渡したい。
「ならば新たな契約を貴女と結ぼう。貴女が僕に付いて来てくれるのならば、その証を君に刻むよ」
「既にこの身は貴方との契約を刻んでおりますよ」
「理解しているよ。だからこそ、僕は新たに…………君に刻むのさ」
彼女に手をかざし、僕は僕の力と理を以って彼女に干渉する。
穏やかな光が彼女を包み、消えた後に――
「……ダーウェス様、これは」
「新たな魔王と共に、歩んでくれるかい? サリウ」
「……この命尽きるとも、永遠に……」
サリウが静かに流した涙は、彼女の白い肌を滴り落ちる。
その身の漆黒を消し去り、透き通るような白い肌を取り戻したサリウと、僕は再び契約を交わした。
共に生き、歩むというだけの、契約を。




