第34話 決闘決着
ドルトが大剣を振り下ろしたのと、エストリアの姿が再び消えたのはほぼ同時だった。
「ヌ。往生際ノ悪イ」
その手に手応えが無いのはかわされた証だ。
姿勢を戻したドルトに数本の矢が火花を散らすが、彼の皮膚一枚も貫けない。
背の肩口が火花を散らしたかと思えば、振り向き放ったドルトの大剣が大きな金属音を放ちながら何かを吹き飛ばす。
景色が揺らぎ現れたのは頭から血を流すエストリアだ。
見れば、その手に持つレイピアのみが魔晄を纏っていた。
「う~ん。あれでも届かない、か」
「ま、度胸は認めるけどねぇ」
以前のガランと同じだ。
剣にのみ力を集中し、ただ斬る事に特化する。
中ほどで折れているレイピアに魔晄を集中し、かなりの剣戟になっている筈だ。
ガランとエストリアではそもそもの魔力の容量が違うのだから。
しかしそれでも、ドルトとて無傷では無いのだが――
「皮一枚、かな」
「それでも大したもんさ」
薄皮一枚。
僅かに切り傷を与えただけでシェーラが称賛するのだから、彼女の中ではエストリアの勝率など無いに等しいのかも知れない。
一族の命運が掛かっているというのに、彼女はまるで他人事だ。
もっとも、彼女達からしてみれば、別に勝負などどうでもいいのかも知れないが。
全ては力で覆る。
気に入らなければ反故にしてしまえばいい。
僕が見てきたこの魔島ワグナスとは、まさにそういう場所だ。
道理も条理も感情もなにもかにもが、力の前には無価値に等しい。
ただ生き残った者が勝者で、勝ち取る力を持つ者が正義だ。
それが、ワグナスの在り様だった。
オーガの必死の決闘は、アマゾネスにとっては戯れに過ぎない決闘である。
なんともやるせない話だなぁ。
「もうそろそろかな」
「もった方だろうさ」
僕とシェーラの予想を肯定する様に、エストリアは姿を消さずに折れたレイピアを地に落とす。
だが、僕等の横から――
「その様ですね、ダーウェス様。そろそろエストリアの勝ちも決まるようです」
「「……は?」」
思わずシェーラとハモってしまった。
「サリウ、君はエストリアが勝つと?」
「左様です」
「……根拠は何だい」
シェーラの視線がサリウを射抜く。
殺気とも取れないような気を含んだ視線を笑顔で受け止め、サリウは静かに頷く。
「先程のエストリアの剣がオーガに傷を与えましたので」
「はん! 毛程の傷だろう?」
確かに毛程の切り傷だ。
レイピアに猛毒でも塗っていたのならば話は違うのだろうが……塗ってたのか?
僕の疑問に気が付いたのかサリウは静かに首を振り否定した。
「剣で傷が付く程度の硬さであれば貫けるという事です」
「貫く? ……あいつに矢が効かないのは見てた筈だけどね」
「まぁ、普通の矢であればそうなのでしょうけれど」
「どういう意味さ」
「っ! そうなのか?」
「ダーウェス?」
怪訝なシェーラの横で、僕は一つの記憶に行き当たった。
僕ではない、ダーウェスの記憶にある、僕の記憶。
僕はサリウを見る。
「サリウ。彼の持つ弓がそうなのかい?」
「はい。一族の中で最も武に優れた者に伝えられてきました。ここ八百年程はエストリアが所有しております」
「なるほどね」
「なんだい、なにがなるほどさ」
勝手に納得してしまった僕とサリウに、若干の苛立ちを見せるシェーラ。
僕は笑みを漏らしながら、静かに告げた。
「サリウの予想が理解出来ただけですよ」
「あいつの勝利ってやつかい?」
「彼の持つ弓は精霊弓……剣で傷が付いてしまう程度の硬度では、おそらくどうしようも無いだろう」
「精霊弓?」
シェーラは聞いた事が無い様子だが無理もない。
何しろそんなモノは世界の何処にも存在しないのだから。
そう、ここに、あそこに、彼の手の中にしか存在しない。
「……かつて、遠い遠い昔に、我々エルフの民が空を堕とし魔王より賜った一張です。そして我らが里の最強の証」
「空を堕とし……聞いた事ないねぇ。で? なんでダーウェスが知ってるんだい?」
「そりゃあ、その魔王ってのは僕の事だからね」
別に隠す必要も無い。
ラビエラもリーヴァスも知っているし、サリウに至っては再会レベルだ。隠せる話でも無いしね。
「……はぁ?」
「知らなくても無理は無いさ。八千年前に封印さられて、つい最近まで封じられてたからね。で、あの弓は昔のサリウ達に僕が創って僕が与えた一張なんだよ。効果は見てれば分かる。ほら?」
「っ!」
慌ててシェーラが視線を送ると、そこには弓を構えるエストリアの姿が有る。
「何ノ真似ダ」
エストリアが引いたつるには、矢が番えられていない。
一瞬だけ目を閉じたエストリアは、次の瞬間――
「集え火の民!」
刹那、エストリアの両手の間に赤く光る矢が現れたかと思えば、そのまま赤光の線をドルトの右肩を貫き通り背後の木を貫いた。
一瞬遅れて背後の木が爆ぜた、とほぼ同時に――
「ッ! バ!」
ドルトの右肩が穿たれ爆ぜた。
ぼとり、と落ちる自分の右腕を呆然と眺めたドルトは、左手を右肩に添える。
「オオオオオ!」
絶叫するドルトを静かに見詰めるエストリアだったが、ドルトが落ちた右腕から左手で大剣を取るのを見、静かに弓を引く。
「……集え火の民」
「ヌウゥ!!」
再び走る赤光がドルトの右足を狙うが、僅かに掠めただけでドルトはエストリアに向けて駆けた。
彼の背後の地が爆ぜ、右の太もも外側が大きく抉られたのも気にせずに、ドルトはそのまま大剣で斬りかかる。
「オオッ!」
「……」
右腕を失い、右足にも深手を負いながらもその斬撃は大木をも切り裂く威力を持ってはいるが、もはやその速さはエストリアを捉えるモノではない。
姿を消したエストリアの気配を追うドルトだが「無駄だ」の声に振り返る。
姿は消えておらず、先ほどまで自分の居た場所にエストリアは立っている。何もないつるを引いて。
「舞え風の民」
両手の間に見えない何かが現れ周囲の景色を歪ませる。
エストリアが右手を開きつるが動いた刹那、ドルトは左手の大剣を盾として立て、身体中の力を強く硬める。が――
「コレハッ!」
衝撃は来ず、だが自分の周囲を暴風が包む。
大剣で斬り付けるが激しい火花を以って弾かれた。
暴風の竜巻に包まれたドルトは自身が竜巻の目に居る事を瞬時に理解し、最悪の予想に慄き真上を見上げる。
「アアアアアアアッッ!!!!」
「…………」
そこには、美しい死神がマントをなびかせ弓を構えている。
「弾け風の民」
風のトンネルを通り不可視の矢風はドルトに襲い掛かり、彼を包んでいた竜巻もまた、その威をドルトへ向け放ち全てが爆散した。
静かに舞い降りたエストリアは、眼前に倒れているドルトに近付き、静かに矢を番えつるを引く。
ドルトにはまだ息が有る。
とは言え、その身の色は既に黒では無く、腕を失った右の肩口からは大量の血が流れ出ていた。
もはやドルトに反撃する余地はなく――
「…………」
「…………」
無言で視線をかわす二人の間には殺意も敵意も既に無い。
「我ノ負ケダ……エルフノ戦士ヨ」
「……そうか」
ドルトは静かに目を閉じ、エストリアは静かにつるから力を抜いていった。
ドルトに背を向け歩くエストリアの前に、デューが立ちはだかる。
「ふぅん。そいつがあんたの奥の手って奴なんだね」
「対価に生命力を削る魔性の一張です。あと一回耐えられていたら倒れていたのは私でした」
普通の種族であれば一発も放てない。
それが精霊弓だ。
寿命という概念が存在しないエルフだからこそ使える武器。
しかしそれも連発して使用するならば五回使用できるかどうかが微妙なところだ。
「でも勝ち取ったのはあんただろ?」
「約束しましたからね……貴女の未来も……デュ……」
ゆっくりと崩れるように力を失ったエストリアを、デューは優しく抱き留めたのだった。
「…………お疲れ様……エスト……」




