第33話 戦いの天才
「ふっ」
「ヌッ!」
無造作に、なんの小細工も無くエストリアは自分の持つレイピアをドルトに向けて投擲した。
ドルトは造作も無い様にレイピアを握り止めるが――
「……ナニ?」
その視線の先にはエストリアは居なかった。
否、視覚し、知覚する限りの空間の何処にも、その存在は確認出来ない。
不意にドルトが飛び退くが、その頬に傷が走り近くの気に矢が刺さる。
傷と矢から放った場所を特定し振り向くが、そこにはやはり誰も居ない。
「フン! 忌々シイエルフメ」
――そのエルフを欲していたのは貴様達だろうに――
「ソコカッ!」
持っていたレイピアを投擲するが、それは森に消える。
――そこに何かあるのか? 鈍愚な獣よ――
「ヌカセ!」
大剣を振るう左に薙ぎ払うが、やはり空を斬る。
――だから――
「グッ!」
その背に矢が刺さる。
――どこを見ている――
「ヌゥ」
まさか僕にも感知出来ないとは思わなかったなぁ。
「姿どころか気配も大気の乱れも、まさか魔力も感知されないとは思わなかった。魔晄は纏っているだろうに」
「ふんっ。森の中のエルフが本気で姿を消したら追うのは無理だろうさ」
姿を消すのは難しい問題じゃない。
そんな魔法も存在するし、そんなアイテムも存在する。
エストリアが纏っているマントは間違いなく姿隠しのマントだろう。それを身に着ける者の姿を完全に消し去る魔道具。
しかし気配を消すとなると、それなりの技術。いや、かなりの業が必要に成るとダーウェスの知識が言っている。エストリアはそれだけの腕前だと云う事だろう。
だが、それでも僕には感知出来る筈だ。
彼が魔法を使い、魔晄を纏う以上は必ず魔力の痕跡は残る。どしたって残る。
それが感じられないのは不自然だ。
まるで――
「彼の魔力が森の存在と一体化しているみたいだね」
「私達は森に愛されておりますから」
「はっ、過保護なこった」
あの森が、エストリアの魔力を覆い隠しているかの様だ。
「ハン! 小賢シイ」
ドルトは大剣を正眼に構え目を閉じる。
どこの武士だよおい。
見るのではなく感じる、と言ったって、そもそもその感じるモノが無いのだけど。
直後、ドルトの首筋から血が線を引く――が、僅かに動いたドルトが大剣を薙ぐ。
ただ空を斬っただけだが、再びドルトは正眼に構えた。
次いで右脇腹から血を噴き出したまま剣を振るが、それも空を斬る。
直後、左太ももに矢が刺さるが彼は何も動じず立ち尽くし、右腕から血を噴き出しながら剣を薙ぎ、また構えを戻す。
再び背中に矢が刺さるが、彼は微動だにしない。
「どんな思考なんだかなぁ」
斬られた先には敵が居る。そこを振るう。
矢の先には大剣が届かないから無視をする。
射られるに任せ、ただレイピアの斬撃にのみ追って斬りに行くなんてねぇ。
流石に戦闘種族。頭のネジが数本飛んでるな。
幾ら身を削ったところで、どうしたって致命傷は避けねばならない。
それを無視していい程、エストリアのレイピアは甘くは無いだろう。それはドルトも理解しているだろうに。
「発想は飛んでいるけど面白い。でもそれでエストリアを捉える事が出来るとは思えないな」
「既に戦場は一対一ではありません。森はエストリアの味方ですから」
ドルトの額に傷が走る中、ドルトは大剣を薙ぐ。
「グッ!」
その大剣が大木に深く刺さる。
大剣を止められたドルトの胸から血が噴き出すが、ドルトは大きく拳を振るい武器を木より抜き、また構えた。
「これは時間の問題かな?」
「あぁ。そろそろ潮時だなぁ」
「シェーラ?」
流石に此処からは無理ではないかい?
「言ったろ? あの筋肉男は天才だって」
「何か別の手が?」
僕には今一つ思い浮かば無いのだけれど。
「別の手なんざ無いさ。ただ今のままだねぇ」
「だったら無理だろう? まぐれ当たりを期待するのかい?」
現状、ドルトはよくやっている。
不可視の一撃を肌に感じた刹那の回避だけで神業だというのに、そこから敵の位置を特定して反撃まで試みている。
確かに彼は天才なんだろう。
だが、その才を以てしてもやはりコレが限界だ。
後手は所詮後手だ。
「逃げなきゃいいのさ」
シェーラは事も無げに言い切った。
「あら? 充分逃げては居ないと思いますが?」
「あはっ! 逃げてるじゃないさ。逃げてなきゃエストリアのレイピアは根元まで刺さってるじゃないか」
「ふむ。ではシェーラはレイピアをその身に喰わえ獲ってエストリアを斬れと言っているのかな?」
「それじゃあ終いだね。そんなにヤワなモノじゃないだろ、エストリアの斬撃は」
「だったら」
彼女の見ている先は、サリウとも僕とも違う。
本当に言葉の通り。
「だから言ってるじゃないか。捉えられる自信が付けばそれで良いのさ。目処が付きゃあ」
話しているうちに、ドルトは正眼の構えを解いた。
「あいつは逃げないさ」
なんだろう?
ドルトの動きが止まる。
「……大体分カッタ……」
――なにが分かったと――
静かに佇むドルトの身体が仄かに光を帯びる。
あいつ、オーガのくせに魔晄を操るのか!
本来オーガは身体能力は高いが魔法的才能は得ていないと聞いていたが……エルフか!
「ドルトはエルフとの子供かい?」
「あいつの父親がエルフさ。もっとも、あいつだって魔法が使える訳じゃあない」
「でも身体能力は上がるんだろうなぁ」
「それは大した事はないさ。オーガって奴はとことん魔法と相性が悪いんだろうねぇ」
それは種族特有の性質というものなのか?
「ではアレはコケ脅しですか? エステリアも舐められたモノです」
「いんや。本来は無い筈なんだが、あいつはたった一つだけ、魔晄を以って出来る事があるのさ」
「……それは?」
多分、回答の必要は無いだろう。
見ればドルトの全身が黒く変色していく。あの質感は――
「肉体の硬質化。あの不器用なオーガが手に入れた、最強への切符がそれさ」
――コケ脅しを――
「ナラバ来イ。我ガ全テデ応エヨウ」
刹那、ドルトの首に火花が散る。
レイピアが首に当たるが、ドルトはそのまま首から火花を巻き散らしながら振り向きざま大剣を振り切った。
避けず、逃げず、斬られるままに迎え撃った。
否、斬られていないままに斬りにいった。
ガキィン! と鈍い音を響かせ折れたレイピアの剣身が地に刺さった。
次いで何かが大木に衝突したかと思えば――
「ぐはっ!」
木に打ち据えられたエストリアの姿が見えてきた。
なんとかレイピアで受けきれた様だが、やはりレイピアではドルトの大剣を正面から受けきるのは難しい。
「サア、決着ヲ付ケルトシヨウ、エルフノ戦士ヨ」
「……ぐぅ」
黒きドルトは木に背を預け地に尻を付けたエステリアに、己が大剣を振り下ろしたのだった。




