第31話 戦いの場に立つ者は
シェーラの視線に怯まずにエストリアは真っ直ぐに向かい合う。
「あんた、自分の言ってる意味分かってのかい?」
「分かってます」
「へぇ? どうさ」
「この決闘に、アマゾネスとオーガ、そして我等エルフの未来が掛かっているかと」
正確な回答を示したエストリアに対し、シェーラの気勢が上がった。
思わず彼の身が硬くなるほどだ。
「そこまで分かっていてあんたは自分に戦わせろってのかい? シャルを舐めてるのかドルトをなめてるのか、どちらにしても笑えないねぇ。もしかしたら……あたしを舐めてんじゃないだろうねぇ」
だったら面白い、と舌なめずりをして唇を歪める。
だがエストリアは膝を付いたまま決意を滲ませた。
「この決闘が終われば、どちらが勝つにせよオーガとの闘争には一定の決着が付きましょう。ですが、我々エルフには未来も過去も御座いません。全ては現在の線上です。我々には……オーガに対し思うところがあります」
「へぇ」
少し、シェーラに興味が湧いた。
「つまりあんたはオーガに落とし前を付けようって積りかい」
「我が同胞の多くがオーガによって失われました。どちらにしても決着を見るのであれば、せめて最後に我々エルフの意地を、奴等に刻みたいのです」
今回の決闘も、その端はアマゾネスがエルフを囲った事が発端とも言える。
この東の大森林において、エルフは常に搾取される立場であり逃げる立場であったのだろう。
それ故に彼は自ら志願したのだ。
過去の遺恨とこの先のエルフの立場を確保する為に。
だが問題は、彼等エルフは当事者でありながら部外者でもある。
この決闘は両陣営を背負った実力者が戦うモノだ。
族長であるドルトと、次代を担うシャルとの戦いに異を唱える者は居ないだろうが、エルフの戦士が片翼を担うというのは話が違う。
役不足。
それが皆の見解であり、どうやらシェーラの決断の様だ。
目を細めたシェーラはゆっくりと口を開こうとするが――
「お待ちください」
「……珍しいね。あんたが出てくるなんてな」
エルフ族の長老であるサリウが、その漆黒の姿を見せた。
「このエストリアは我がエルフの里で一番の戦士です。どうかこの者の願い、聞き届けては頂けないでしょうか」
「ったく、幾らあんたの頼みでもねぇ……あたし等全部の命、そいつには少し荷が重いだろうさ」
「この命に賭けて! 決してオーガに遅れなど取らぬっ!」
「だからあんた程度の命一つでどうなるもんでもないって話をしてんだろ」
二つの種族の未来を賭けた戦いの場に出るには、些かオッズが悪すぎるだろう。
だが「ならば」とサリウが自らの胸に手を当てる。
「私の命も賭けましょう」
「あんた……」
「エストリアが敗北した時には、私の身を貴女に渡しましょう。首を刎ねるも良し、僅かに生き残ったこの黒き古エルフを売るも良し、オーガに与えて蹂躙するも良し、貴女の好きにするがいいでしょう」
「っ! 長老! それはっ!」
「黙しなさい、エストリア。私はシェーラ殿と話しています」
エストリアを一喝して、そのままサリウはシェーラと睨み合う。
彼女の覚悟の程は理解した。
しかし、それは僕としても黙って見ているのはどうかと思う。
彼女は過去の僕を知る数少ない人だ。
荒ぶる暴君であり空を堕とし魔王の影を残す人を、僕が放っておくのは駄目だろう。
僕は一足飛びで彼女達の下に歩み寄る。
「ではそれに僕の命も追加して貰おうかな、シェーラ」
「っ! ダーウェス?」
「遊びにきたら面白い事になっているからね、僕も混ぜて貰うかな、と」
僕の登場に一同は面を喰らった顔を見せている。
「ダーウェス様がその様な事を言われる必要は御座いません。これは私共の問題で」
「そうつれない事を言わないで欲しいな。それがサリウの問題なら僕にだって問題さ」
戸惑うサリウに微笑み掛けて、シェーラを見る。
「どうだろう? 良い話だとは思うんだけどな。あ、ちなみに今なら東の隠者も付いて来るよ? 分の悪い賭けに出るだけの配当には成るんじゃないかい?」
勝手にリーヴァスも含めてしまったが、まぁ良いだろう。
本気で嫌なら彼はいつでも消えるだろうし。
僕等の問いに、しばし考えたシェーラは「っかー!」と頭を掻き出した。
「だからさぁ」
溜息交じりにシェーラが口を開けば――
「勝つとか負けるとかは正直どうでもいいんだよ」
? それは大分前提が変わってくる。
「本気で勝ちたいならあたしが出れば済む話だろう。でもこいつはただ勝てば良いって話じゃないのさ、これはねぇ」
勝つか負けるかの話だと思っていたのだけれど?
そう思っていた僕は、どうやらまだまだアマゾネスを理解していなかった。
「祭りだよ! 互いの一族を賭けての大博打さっ! どうだい? 猛るじゃないさっ!!」
「シェーラ……」
そうだった。こういう一族だったんだ。
「たった二人が双方の一族を背負って戦うんだよ? これが上がらずに居られるかってんだよ。寧ろ他所様の決闘にだって割って入りたいくらいだねぁ。しかも自分の一族が秤に乗ってるんだよ? なのにあたし等が戦わないなんて話がある訳ないだろう! こんな祭りを、どうして他にくれてやれるんだよ」
要するに、自分達の楽しみの邪魔をするなという事だ。
「あんた等も自分達の祭りは自分達で仕込みな。なんなら決闘の後に一戦交えたって良いさ。見分役位はしてやるよ」
「……」
それはただの意趣返しだ。
不毛であり終わりも見えない。
遺恨を残さず断ち切るためにエストリアは申し出たと思うのだが、さすがに戦闘種族は考え方が違うんだと実感した。
さて、どうするか。
と考えていれば――
「別に良いじゃないさ、姉御」
声のする方を見ればデューが僕等に近付いて来た。
「あんた」
「あたいはエストリアに賭けるのも良いと思うんだよね。それはそれで楽しそうだし」
「デュー殿」
エストリアに視線を送るデューは、穏やかに微笑む。
「あんた達の未来にあたい等の未来も乗っけて、戦かってみるかい? エストリア」
「……貴女の未来も、勝ち取ってみせる」
「あはっ! 上等だ」
笑顔なデューはそのままシェーラに笑みを見せる。
「姉御、あたいはコイツに賭けるよ」
いや、デューの援護は有り難いのだが、それでシェーラが動くとも思えんが。
「そうか……ならそれで良いさ」
「ありがと! 姉御」
驚くほどあっさりとシェーラが了承した。
どういう事だろう?
「シャル! 戻りなっ!」
「はい~? 良いんですか~?」
「あぁ! この場はエストリアに任せるよっ! あたしの一存だけど文句はないね」
「ん~……私はいいですよ~。じゃあ頑張ってくださいね、え~と……エルフさん?」
「いいから行きな」
シャルを下がらせたシェーラは、エストリアの肩を叩き、頼んだよ、と笑みを見せた。
デューはエストリアの前に立ち向かい合う。
「場は整えてやったよ。これで満足かい」
「感謝します、デュー殿」
「はんっ! 別に構わないさ。あたいに出来るのは此処まで、あとは、まぁ」
視線を移せば、そこには大剣を手に持つドルトが見据えている。
「ご武運を……エスト」
「ありがとう……デュー」
デューが皆の下に戻る。
手を振り上げるシェーラの横にサリウと僕が控えた中、僕等を挟んだ二人が各々の武器を構えた。
オーガは大剣を。
エストリアは弓を斜めに掛け矢筒を背負い、レイピアを抜き放つ。
「じゃぁ……派手に踊りなぁっ!」
シェーラはその腕を大きく振り下ろす。
「オーガ族の族長、ドルト」
「ワグナスのエルフ族、戦士長エストリア」
二人は構え、気勢を解き放ったのだった。
「「参るっ!!」」




