第30話 決闘に賭す
「あっははははは!」
草原の真ん中でドルトと向かい合ったシェーラは大声で笑いだした。
どうやらリーヴァスの予想は的中したようだ。
「何ガ可笑シイ、シェーラ」
「はっ! これを笑わずに何を笑えっていうのさ」
楽しい、というよりは侮蔑が含まれる嘲笑だが、ドルトは静かに受けるのみだ。
「まさか今更代表者同士での決闘を申し込んでくるとはねぇ。あたしの知ってるオーガって種族は、どうやらもうどこにも居ないらしい」
互いの代表者を出し、その勝った方の種族に負けた方の種族は膝を折る。
おそらくはそういう旨の申し込みをしたのだろう。
現状、オーガが希望を見出すのは他に手は無い。
だがそれは、やはり分の無い賭けではあるが。
「コレ以上悪戯ニ戦イガ長引クノハ貴様モ本意デハアルマイ」
「あたし等とあんた等がぶつかって、戦いなんてものが長引くと本気で思ってるのかい?」
「我等ニモ意地ハ有ル。貴様達ニ忘レル事ノ出来ナイ爪痕位ハ残セル」
「たかだか小鬼の爪位、あたし等にはどうという事も無いんだけどねぇ」
「……ドウアッテモ受ケ入レヌカ」
「そうだねぇ」
これは無理だろう。
仮に受け入れたとしてもシェーラ達アマゾネス側に益が少な過ぎ……いや、益はあるか。
オーガとアマゾネスの間には力の強いアマゾネスが生まれる。であれば、これはアマゾネスにとってもそう悪い話ではない。
だが問題は決闘などしなくてもアマゾネスはオーガに勝てるという事だろう。
戦いに絶対はない。
如何なる強者であろうとも、何かの天秤が僅かに傾くだけで弱者に負ける事はよく有る事だ。
だからこそ、ドルトは決闘を申し込み、シェーラはそれを一笑するのだろう。
背景が見え過ぎている。
一族を存続させる為に打てる最後の一手と見透けてしまう。
それだけオーガが追い詰められている証なのだろうが、だからこそ普通は話に乗ってこない。
無論、普通なら、なんだけれど……
「俺ガ勝ッタ時ニハ、オ前達アマゾネスニ充分ナ土地ト繁殖ノ相手ヲ供給スルト誓オウ。俺ガ負ケタナラバ、我ガ一族ヲ貴様ノ好ニスルト良イ。繁殖ニ使ウモ良シ、戦場ノ盾ニスルモ良シ、全テハ貴様ノ自由ダ」
「……豪気だねぇ」
「ダガ! コノ決闘ヲ拒ムノデアレバ覚悟シテ貰オウ。我等オーガ族、ムザムザ滅ビノ道ヲ歩ムナドゴメン! 最後ノ一人ガ息絶エルソノ時マデ、我等ガ意地ヲ貴様達ノ魂ニ刻ミ込ンデクレル!」
「そいつは怖いねぇ」
「返答ヤ如何ニ」
「……」
さて、ドルトの、いやオーガ族の決意の程は分かった。
というより、やはりそこまで追い詰められていたかと云った感じだね。ゴブリン殲滅は彼等には痛手だったかな。
真っ直ぐシェーラを見詰めるドルトだったけど、シェーラは俯いてしまう。
「あぁ、これは」
「カカ、まずは一つ、と言ったところか」
顔を上げたシェーラはその口を大きく歪めた。
「……くっ……く、ははははははは! 良いねぇ! その覚悟ぉ」
「シェーラ」
「いいさドルト、あんたの必死に免じて踊ってやるよ」
ドルトは最初の賭けには勝った。
否、賭けを始めるところに漕ぎ付けた、かな。
「あたし等の最後の決闘と洒落込もうじゃないよ」
「……感謝スル」
ドルトとしても感謝の一言だろう。
アマゾネスには必要の無い決闘だ。
彼が彼女に提示した商品など、彼女達はその気になれば自力で手に入れる事が出来るモノなのだから。それも、そう苦労する事無く、だ。
それを知りつつも彼が賭けに出たのは、彼女達アマゾネスの、自分達オーガをも大きく凌駕するその戦闘に対する欲求に賭けての事。
より困難な戦いに、より理不尽な戦いに、より不毛な戦いにこそ、彼女達は独自の価値を見出し得物を手に取るのだから。
だが問題はこれからだろう。
アマゾネスが決闘を受けるかどうかの賭けには勝った。だが肝心の賭けがこれからだ。
全ては彼、ドルトが決闘に勝たなければならない。
それは彼女達を決闘の場に引き摺り出す事よりも遥かに難度の高い話だ。
「そっちはあんたで良いのかい? ドルト」
「無論ダ。ソチラハシェーラ、オ主デアロウ」
「あはっ! 冗談言うんじゃないよ」
「ナニッ?」
流石にこれは僕も驚く。
確か、リーヴァスに聞いた話では一番強いアマゾネスが時の一族を率いると聞いていたのだが、僕が見渡す限りシェーラ以上の力を有しているアマゾネスが居るとは思えないのだけれど。
「シャル! あんたがやんなっ!」
ん? 大きく声を張り上げたシェーラに応えたのは――
「え~! なんで私なんですか~。デュー姉さんとか居るじゃないですか~」
「いいから来なよっ」
「え~、別に良いですけど~」
アマゾネスの集まりの中から出て行ったのはアマゾネスにしては小柄な女性だ。
むしろ娘と言っていい、まだ十代に見える彼女は桃色の長髪を横で結っており、その服装はまるで浴衣の様な和風にも見える服だ。
何故アマゾネスは露出に拘るのかが疑問になるほど、その着崩しは見事に肌を見せているが、気になったのはその肌の白さだ。
「褐色の肌ばかりではないのだね」
「アマゾネスにもいろいろ居ますので。ですが一様に言えるのは」
「ラビエラ?」
「慎みが足りません」
「……同感だよ」
ゆらゆらと、ふらふらと、という言葉がぴったりの足取りでシェーラとドルトの下へと辿り着いたシャルは「どうもぉ」とゆっくりとお辞儀をしてドルトをぼんやりと眺めている。
「オ前ガ相手デハナイノカ」
「はっ! 馬鹿も休み休み言いなよ。あんたとの格付けはもうとっくに終わってるじゃないか。あたしは弱い者虐めは趣味じゃないのさ」
「……」
勝てると分かって居る相手には食指も動かないと笑うシェーラに、ドルトは無言だ。
本当ならば舐めるなと言いたいのだろうが、自分が舐められる事で一族の存続が僅かでも濃厚になるのならばという事なのだろう。
僕は少し、このオーガに好感を持ち始めていた。
守る者の為に自分を貶める事が出来る存在は、僕にはとても雄々しく見える。
「別に馬鹿にしやしてないさ。このシャルはあたし等の次の代の長候補筆頭さ。うちの若い連中の中じゃあ頭一つ抜け出てるからね」
「だったら次の祭りに連れてって下さいよぉ~。あ~、じゃあ~、このオーガさんを細切れにしたら、私も祭りに参加させてくれる~、ていうのはどうです? 姉さ~ん」
「考えとくよシャル。でもあまりドルトを甘く見るんじゃないよ? あたしがあんた位の時分にゃあ、結構煮え湯を飲まされてるからねぇ」
「あら~、じゃあ少しは楽しめそうじゃないですか~」
にこにこと笑って、腰に下げていた長刀を抜刀した。
どう見てもシャルの身長よりも長いだろう長大な刀を易々と抜刀して見せる業は、彼女の実力を伺わせるに充分だ。
ドルトもそれを見て察したのだろう。
自らの大剣を構えた。
「ふん」
楽しそうに笑顔を浮かべるシェーラは、静かにその手を上げ、ドルトとシャルは互いの視線をまっすぐに絡める。
「それじゃあ」
その手を振り下ろし戦いの始まりを告げる――直前。
「お待ち下さい」
――シェーラの背後で気配が動いた。
振り下ろす手を静かに戻して振り返ったシェーラの視線の先に――
「なんの真似だい? エストリア」
「シェーラ様に、願いの儀が御座います」
「……言ってみな」
「はい」
その真摯な顔をシェーラに向けたエストリアは、真っ直ぐに告げた。
「オーガとの最後の決闘、その役目、どうか私にお命じ下さい」
エルフのエストリアがアマゾネスの代表に? おいおい、これ通ればドルトの運気絶頂って感じじゃないか?




